決闘
コープスの外れにある密林地帯。
人と魔の領域の境目。
ここがおれと田中の決戦の舞台だ。
少々葉っぱが邪魔くせえが足場はそこまで悪くない。
だいじょうぶ、充分戦える。
都心部からこれだけ離れれば邪魔者が介入してくることもあるまい。
時間は魔物の起きにくい正午を選択した。
おれさまは闇を好む闇の王だが、このぐらいのハンデはくれてやる。
ホントに闇を纏って強くなれるんなら迷わず夜を選択するんだけどな。
残念ながら夜の闇は、色々と便利な魔法が使える田中に有利に働くだろう。
田中とて夜中の外出は好むまい。
よって互いにとってベストな時間帯といえる。
「おれが勝ったらおまえにはコープスに滞在してもらう。おまえが勝ったならおまえの好きにしろ」
「リョウくん、こんなこともうやめようよ。今の僕たちじゃ勝負になんてならないよ」
――勝負にならないだぁ!?
んなこたぁおれが一番よくわかってんだよッ!
だが男には生涯で一度だけ、どれほど無理で無茶でもやらなきゃならねえ時があるのよ。
おれにとって今が、まさにその瞬間だッッ!!!
おれはここでおまえを倒し、すべての過去を精算する!
でなきゃおれは未来に進めねえっ!!
「警告しておく。自分にはいっさいの攻撃が通らないとはゆめゆめ思わないことだ」
おれは腰に携えた剣を鞘から抜く。
こいつはシグルスさんの鱗を使ってコープスの刀匠に造らせた特別製。
名付けるなら『竜鱗の剣』といったところか。
すでに何度も試し斬りをしているが、こいつはすさまじい切れ味だぞ。
光の勇者の加護とやらを打ち破る自信があるね。
マイラルの伝説の剣とどっちが鋭いか勝負しようぜ。
「抜きな田中。ここですべてを終わらせる」
「じ、実剣でやるのはちょっと!」
ちょっともそっともねえ。
実剣でやらなきゃてめえに攻撃が通らねえんだからしかたねえだろ。
いっとくが、おれはてめえをころす気でやるぜ。
でなきゃわずかな勝ち目もねえからな。
まあ、おまえも腕の一本ぐらいは覚悟するんだな。
「時間がねえんだから早くしろ。人が来る前に決着をつけるぞ」
「……冗談じゃ、ないんだね」
おれがかつて一度でもおまえに対して冗談をいったことがあったか?
おれは本気さ。いつだってな。
「抜けないなら、抜けるようにしてやるよ」
おれは剣を正眼に構え、すり足でじわりじわりと田中に近づいていく。
剣道はおれの専門じゃない。
だがそれでもいちおう有段者だ。
おまえのようなド素人に一撃叩き込むぐらいわけない。
決して隙を見せないよう、構えたままじりじりとにじりよる。
一足飛びで田中に斬り込める距離まで。
あと少し……あとわずか……。
…………。
……ここだッ!
「ッメェ――――――――――ンッ!!」
手応え――――なし!
やはりかわされたか。
あんなへっぴり腰でこの一撃をかわすんだから、やはり神の力は偉大だ。
だが、完全にかわしきれたってわけでもないみてえだな。
……額からうっすら血が滲み出てるぜ。
「リョウくん……!」
穏やかだった田中の目がどんどん鋭くなっていく。
友を見る目から敵を見る眼へと変わっていく。
ふん……額を斬られた痛みでようやく覚醒したか。
そうだ、おまえは普段はあんなんでもマイラルじゃ英雄だったんだ。
戦場を経験しておいて、いつまでも平和ボケのオタクのままじゃいられねえよな。
いいぜいいぜ。その眼が見たかった。
これからもその眼でおれを見続けろ。
田中が無言で剣を抜く。
それにあわせておれは正眼に構えていた剣を上段まで持ち上げた。
……気が変わった。
やはりおまえはここでころす。
シグルスさんの剣ならおまえの命に届くということは、今の一撃で確信した。
そしておれが手加減などできない性分だということもな。
ヴァンダルさんへの義理より、ミチルに恩を売ることより、オーネリアスとの約束より、大切なものが今できた。
おれとおまえ、このエルメドラに存在していいのは一人だけ。
田中太郎――――おまえはこのオーネリアスの地で果てるのだ。
おれはふたたび広がった間合いを詰める。
高々と剣を掲げたこの構えは、必殺の一撃を放つためのものだ。
振り下ろした時は自分か相手、どちらかが死ぬ時。
おれがもっとも得意とする構えだ。
一方、田中の構えは格好いいだけでまったくなってない。
マイラル流なのか知らんが素人もいいとこだ。
だが圧倒的な神の力から放てばふぬけた剣も必殺と化す。
おれとおまえの必殺――どちらが先に通るか、いざ尋常に……勝負!
ここだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
渾身の力を込めた必殺の斬撃を、田中の脳天めがけて振り下ろす!
田中は剣の腹で受け止めようとするがおれの――否、シグルスさんの剣を舐めるなぁっ!!!!
――キン!
小気味よい音を立てて田中の剣は中腹から折れた。
否! 折れたのではない。叩き斬ったのだ!!
マイラルの伝説恐るるに足らず!!
――――だがッ! おれの剣は奴の命にまでは届いていない!!!
おれの剛剣が田中の脳天をかち割る直前、巨大な光の障壁にそれを阻まれたのだ。
いや――これは、壁なんかじゃない!
強い殺意の乗った――――明確な『攻撃』だ!!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
田中の怒号が密林に木霊する。
同時に剣が弾き飛ばされ、おれの体が重力を無視して後ろに吹き飛んだ。
背中から未だかつて感じたことのないすさまじい衝撃。
ぶち当たった巨木がシャープペンシルの芯みたいにあっさりへし折れるが、それでも勢いは止まらない。
――……これが勇者の本気、か。
田中から放たれた光の波動はまるで大津波。
おれのような小舟は為す術もなく飲み込まれるのみだった。
「……リョウくん。君は、今まで戦ったどの魔族より恐るべき敵だったよ」
無様に地に転がるおれの耳に、田中の勝ち台詞が届く。
だがその声に余裕の響きはない。
ふふ……田中め、ようやくおれのことを敵と認識したか。
どうやら、あいつに少しは本気を出させることができたようだな。
だがな、まだ終わっちゃいねえぞ。
剣が盾になっておれの命を護ってくれた。
剣さえ無事ならまだ戦える。
だから、頼むぜ……シグルスさん。
おれは持てる限りの力を振り絞り、地面に張りついていた顔を強引にあげた。
一緒に吹き飛んだ竜鱗の剣は、おれの鼻先に深々と突き刺さっていた。
その刀身は顔が映り込むほど美しく、傷のひとつすらついていない。
さすがはシグルスさんの剣だ!
まだ勝負は始まったばかり!
さあ、反撃開始だ!
「……くっ」
だがおれの意気込みに反してこの体は、首以外まったく動かなかった。
そりゃそうだ。全身の骨がバッキバキに折れてるもの。
どれだけ動かしたくても物理的に動かんわ。
……ここまでか。
いい勝負だったとはお世辞にもいえねえが、それでも収穫はあった。
シグルス・レギンは神に敗けておらず。
敗因はおれの力不足がすべてだということ。
悔しくないといったらウソになる――――が……、
ならばよし……と、するか…………
………………
…………
……
決着!




