深夜の密会 その2
「私は八代目。先代からの又聞きの形になる故――今から話すことがすべて真実であるとは限らない。そのことは了承してもらいたい」
そういっときゃどんなウソをついてもぜんぶ先代のせいにできるもんな。
くだらねえ前置きはいいからさっさと話しなよ。
信じられるかどうかはおれが決める。
「かつて、我々はエルナと呼ばれる女神ソルティアの奴隷だった」
そいつは想像通り。
機械が動いたことは教えなくて良かった。
とりあえず今から話す内容がまったくのウソではないってことがわかるからな。
とはいえ……ふふ、あんたらもかつては奴隷だったってわけかい?
そういわれると、少しだけ親近感が沸いてくるよ。
「我らはソルティアの命により永きに渡りゴルドバの神徒――現在のウォーレンの民と戦い続けていた」
実に興味深い話だが、あんまり夢中になるのもよろしくないな。
何しろあの女、帯剣してるからな。
間合いに入らないようにしねえと。
「ゴルドバの兵は強かったそうだ。なぜなら才ある兵に自らの力を貸し与えて戦場に投下したからだ。ウォーレンやマイラルで『勇者』と呼ばれている連中がそれだ。今では我々もそう呼んでいる」
田中、おまえ人間兵器らしいぜ?
つうことは、おれには人間兵器になる才能がなかったってことか。
それを聞くとますます勇者なんぞにならなくてよかったと思えてくるわ。
「シエラ大神殿の地下施設『エルナーガ』は、そんな勇者に対抗するためにソルティアが用意したものだ。あそこはエイラと呼ばれる生物兵器を製造するための魔道具だ」
「エイラっつうのは今でいうところの魔物だよな? あれを魔族が作ったっつうのはまっ赤なウソだったっつうわけか」
「ウソではない。魔族もまた我々の祖先――その、なれの果てだからだ」
敬虔な神徒はエルナーガを用いて自らの体を改造強化し戦場に立った。
それが今の魔族の起源だという。
「じゃあ、あんたらは敬虔じゃなかったってことかい」
「そういうことになるな。何しろ我らは女神を裏切ったのだからな」
おっと、そいつは予想外。
裏切ったのは魔族ではなくおまえらのほうだったのか。
さてこの話、信用していいものなのやら……。
「私の祖先オーネリアス一世は、女神の奴隷であり続けることを良しとせず反旗を翻したのだ。大陸内の神徒を掃討し、非人道的な装置であるエルナーガを破壊することに成功した。そして大陸に自らの名をつけ独立を宣言したのだ」
その話が真実ならオーネリアスはまさに人類の英雄だな。
まあ、今のところは信用してやってもいい。
「それ以降、我らは神徒の名を剥奪され『蛮族』と呼ばれるようになった。オーネリアス一世はその呼び方をいたく気に入り、自ら蛮王と名乗るようになった。それが私の知るオーネリアス大陸の歴史だ」
何か気になる点があるなら聞こうとオーネリアスはいう。
とうぜん腐るほどあるが……あいつもぜんぶ知ってるってわけじゃなさそうだから聞くだけ無駄そうだな。
「魔族をイドグレス大陸に追いやったっつう話はどうしたよ?」
「どうもオーネリアスが反旗を翻す前にイドグレスが制圧していた大陸のようだな。詳しいことは私も知らん」
「つうかイドグレスって何者よ?」
「エルナーガの造った最高傑作らしい。詳しいことは私も知らん」
「自分の住処奪われて黙ったままっつうのはどういう了見よ」
「黙ってなどいない。こうして今も魔族と戦い続けている。オーネリアスの歴史は魔族との戦いの歴史よ」
「イドグレスが直接来ないのはどういうことだっつってんのよ」
「国のトップが最前線に来るわけないだろう。来たら馬鹿丸出しだ」
あんたは戦場で先陣きって戦ってるんじゃないんかい。
馬鹿丸出しじゃねえか。
「悔しいが魔族と我々の戦力差は歴然。こちらは防衛で手一杯。ここで魔王にまで来られたらオーネリアスはおしまいだろうな。幸運だと思うしかあるまい」
すっとぼけてるのか?
いや、そんな感じじゃないな。
本当に知らないんだろうな。
そらそうだ。何千年前かもわからん神話だものな。知るわきゃねえか。
「おまえのところのタナカ、あれはゴルドバの力を貸し与えられた勇者だろう。しばらく貸してもらうことはできないか?」
「どうぞ。今の話のお礼に何ヶ月かレンタルしますよ」
オーネリアス大陸に潰れてもらっちゃ困るしな。
まあ、あいつなら何とかしてくれるだろ……たぶん。
「今夜はタメなる話をありがとな。でもさ、そんな重要そうな話、おれにしちゃってもいいわけ?」
「地下施設を見られた以上はしかたあるまい。魔族と結託しているなどというおかしな勘違いをされても困るしな」
……帯剣はしてるが、殺気はない。
刺客を配置している気配もない。
さっき出された料理にも毒は入っていなかった。
マジでおれを殺る気はないのかもな。
「隣、いいか?」
「好きにしなよ」
近いほうがむしろ安全だ。
すぐには剣が抜けないからな。
あいつなら素手でも人をころせるのかもしれんが、ステゴロならおれも女には負けんぞ。
「おまえは今夜、王族しか知らないオーネリアス大陸の秘密を知った」
「口封じにころす気かい?」
「その気があるなら、そもそも話してすらいないさ」
ごもっとも。
じゃあ、何の思惑があって話したんだ?
「だが口封じはさせてもらおうかな」
オーネリアスはおれの顔を掴むといきなり、その紅いくちびるをおれの口に押しつけてきた。
「リョウ、おまえはオーネリアス王になれ」
は、はぁ~~~~っ!?
いきなり何いってんだこいつ。
女性の王国で男のおれが王さまになんてなれるわけねえだろ。
「当たり前の話だが、この都市にも男がいないというわけではないぞ。無論、先代の王にも伴侶はいた。私も子孫を残すため、そろそろ結婚せねばならない年齢だ」
「まさかおれにおまえの伴侶になれっていうのか?」
「ああ、私はおまえのことが気に入った。安心しろ、すぐに返事をしろとはいわん。魔族との戦いが終わった後で構わない」
――女王である私と婚姻すれば、それは盤石の後ろ盾になるだろうな。
最後にそう言い残すと、オーネリアスは城の中へと戻っていった。
「けっ」
結局、おれを始末する気はねえみてえだな。
五王といってもしょせんは女――甘ちゃんもいいとこよ。
結婚ねえ……いったい、おれのどこが気に入ったんだか。
蛮族の女も男は見た目で選ぶってか。
おれもオーネリアスの外見は嫌いじゃねえけどな。
こんな女尊男卑の国で王さまになったところで実権もねえただの案山子だ。
とうぜん自由もなくなるしまずロクなことはねえ。
ただ、籍を入れれば裏切られにくくなるっていうのは間違いないか。
娘を嫁に送り出して他国との関係を強化するなんていうのは戦国時代あるあるだ。
おれは男で奴隷だけどな。
ま……ころされなかった礼に検討ぐらいはしておいてやるよ。
検討ぐらいはな。
蛮族は人類の敵ではなかった




