神に捧げる生贄の羊
翌日、ティルノ遺跡はオーネリアス軍によって占拠された。
もちろん、おれたちが魔族を退散させた事実を確認するためにだ。
「確かに、こいつは認めざるをえないな」
オーネリアスは血でへばりついた竜の鱗が本物であることを確認してから、おれたちのほうに向き直る。
「諸君らを勇者と認めよう。このオーネリアスの名の下に商会を開くがいい!」
――よし、まずは第一関門通過!
おれは心の中でガッツポーズする。
「意外だな。てっきりビビッて逃げ出すものだとばかり思っていた」
「あんたやっぱ、あんな化け物がいるって知ってて黙ってたんだな」
「だって教えたら引き受けないだろう?」
当たり前だろボケがぁっ!
ナメとんのかおんどれぇっ!!
「いやいや、悪かったと思ってるよ。だから遺跡から追い払っただけでよしとしているのだ。本当なら倒してもらいたかったのだがな」
てめえだったら倒せるってか?
あの規格外の怪物を、そのちっぽけな剣でか?
やってみろよ、ええ? やれるもんならなぁッ!
「他にも色々と便宜をはかってやる。労には報いるからそう怒るな」
「……」
ま……怒るフリはこのぐらいにしとくか。
あんまりしつこいとオーネリアスの機嫌を損ねかねないからな。
「鱗は我が軍で回収して構わないか?」
「できれば数枚こっちに回してくれ」
「あんなもの、何に使う気なんだ?」
「まあ、色々とだ」
せっかくシグルスさんからもらった報償だ。全部こいつらにくれてやるってわけにはいかんだろ。
あのひとのいうとおり、使い道はいくらでもあるんだからな。
「魔族の鱗は希少品。あれだけでかけりゃその価値ははかり知れねえ。本当は全部欲しいところだが……『手付け金』としていくつかはあんたらにくれてやるよ」
「ちっ、やっぱ知ってたか。さすがは商人だ」
本当に食えない女だ。
さすがは邪神の信奉者の末裔といったところか。
……こいつら、遺跡の地下にある魔族製造工場について知ってんのかな?
知ってる。
と、考えるのが普通だろうな。
問題はどこまで知ってるかだ。
ヘタすりゃ今でも魔族と結託してマッチポンプをやってる可能性だってある。
仮にそうだとすれば、いやそうじゃなくともゴルドバ信仰のウォーレンがこいつらと交流したがらないのは当然だけどな。
こいつはもう、両国を繋ぐ航路がどうとかいってられる情勢じゃねえのかもな。
いや、たとえおれの憶測がすべてが事実だったとしても……おれはおれに出来ることをやるだけだ。
ここまでこぎ着けたんだ。
航路は絶対に作る。絶対にだ。
「そういえば商会の名前を聞いていなかったな。名簿に記入しなきゃいけないからあるなら教えてくれ」
名前?
そうだな、確かに商会を立ち上げるなら名前はいるわな。
もちろん考えていなかったわけではないがね。
「……『スケープゴート商会』でお願いするわ」
「オーネリアス語ではないな。してその意味は?」
――神に捧げる生贄の羊。
それがこの商会の名の由来さ。
「生贄とは穏やかではないな。贖罪のために商会を立ち上げるのか?」
「そうだ。何か問題でもあるか?」
「……いいや。ただ、存外つまらないことをやる男だと思っただけさ」
「別に贖罪のためだけにやるわけじゃねえけどな」
おれの持っているスキルの中で、この世界でも通用しそうなのが商いの知識だけなんでな。
使えるものを使ってるだけさ。
わかってるよ。
羊を犠牲にしたって人の罪が帳消しになるってわけじゃないことぐらいな。
ただ生贄にされた羊が哀れってだけだ。
おれの罪だって一緒さ。
こんなところで商会を立ちあげたところで、おれが迷惑をかけた人間が救われるわけじゃねえ。
所詮はただの自己満足よ。
でもそれってこの世で一番重要なことなんじゃねえの?
おれはこの世界に来て感謝ばかりしてきたから、ほんの少しだけ感謝されてみたいのさ。
まっ、田中ぐらいはどうにかしてやりてえとは思ってるけどな。
今から立ち上げるスケープゴート商会。
こいつを、おれをここに導いてくれたあんたに捧げるぜ――ゴルドバさん。
大いなる夢への一歩




