知の奴隷
そう、最初からあの伝説はおかしかったんだよ。
いくら魔族をオーネリアス大陸から追い出したからって、他の大陸を制圧されてたら意味ねえじゃん。
オーネリアスの民的には英雄かもしれねえけど、根本的な解決になってねえよ。
敗走した魔王と軍が大陸をひとつ乗っ取れるほどの力を持っているっつうのも怪しい話だわ。
それよりも、オーネリアスで製造された魔族が他の大陸に侵攻したって考えるほうがよほど自然だとおれは思う。
そんな両者がどうして現在は戦っているのかまでは不明だが……この遺跡を調べ続けていけば、その理由もわかるかもしれない。
「……とりあえず、シグルスさんに報告するか」
これ以上ここを調査しても徒労に終わるだけだろう。
おれは田中たちを呼び寄せるとひとまず地上へと戻った。
地上に戻ったおれたちはさっそくシグルスさんに地下で得た情報を報告した。
「信じられないかもしれないですが、すべて事実です。機械が壊れてしまったため証拠を提出することはできないのですが」
そうなんだよなあ。
何の証拠もなしに納得しろっていうには少々話がぶっ飛びすぎてるんだよなあ。
あれ、おれたちもしかしてぶっころされちゃう?
「他の遺跡も調べてみろ。話はそれからだ」
シグルスさんはおれの証言を否定も肯定もせず、淡々とそう告げた。
ちっ、こんなことなら写真機でも持ってくればよかった。
現場の画像を見せりゃ少しは信用されたかもしんねえってのによ。
その後、おれたちはシグルスさんの指定した建造物すべてを入念に調査した。
その建造物すべての地下に同じような施設があったが、機能はすべて停止していた。
この施設が何を意味するものなのか、確たる情報は何ひとつなかった。
ただ……おれにはここがもう、魔物や魔族の製造プラントにしか見えなくなっていた。
ヤバい。
ヤバいぜオーネリアス大陸。
オーネリアスのクソアマは宗教的対立とか抜かしていたが、これはもうそんな次元の話じゃねえ。
対立してるのは宗教じゃなくて人類とじゃねえのかよ?
すべての建造物の調査が済んだ頃には日が暮れかけていた。
夜は魔物の楽園。
そろそろ帰らないと手遅れになる。
「確たる証拠は見つからず、か」
だが、この竜がおれたちを無事に帰してくれるかは……まだ、わからない。
「すみません。お役に立てなかったかもしれません」
「いや充分だ。きさまらはよく働いてくれた。約束通り報償を渡そう」
シグルスさんはその長い首を器用に使い自らの体の一部を咬みちぎると、鮮血と共に鱗を吐き出した。
「我が血も鱗もそれなりに使い道がある。有効に活用するがいい」
あ、ありがてえ……けど、鱗でけえなおい!
どうやって運ぶんだこれ!
ま……まあ、後日オーネリアス軍に回収してもらうしかねえか。
やっぱ思いつきで行動するのはダメだわ。
「オーネリアス大陸では、このティルノ遺跡は魔族の攻撃により真っ先に破壊されたと伝わっている」
シグルスさんがボソリとつぶやいた。
「それが真実だとすれば、何かしらの理由があって魔族は、女神を裏切ったのかもしれんな」
「シグルスさん……」
「もっとも、ロギアたちは未だに自らを神徒と呼び、女神を崇拝しているがな」
――謎はますます深まるばかりだ。
シグルスさんは、実に嬉しそうにそういった。
そんなシグルスさんを見ていると、おれもなんだか嬉しくなってくる。
「シグルスさんは、常に上を向いて歩いておられるのですね」
だから、おれはつい……いわなくてもいいことを口走ってしまった。
「この世に敵なんていないほど強いのに、それで満足せず更に上を――天にいる神々の姿を見ている」
「勘違いするな小僧。我は神と戦おうと思っているわけではない」
――我はただ、知りたいだけなのだ。
知りたい。
知りたい。知りたい。
知りたい。知りたい。知りたい。
ただ、それだけ。
他に理由などない。
シグルスさんは己が知的好奇心の奴隷であることを隠すことなく告白した。
「我は若造故、世界のことを何も知らぬ。だが我は知らぬということが許せぬのだ。だから我は旅を続ける。そのために今まで力を蓄えていたのだ」
おれも日本では敵なんていなかった。
誰もかれもがおれにひざまずいた。
そんな地位をおれにくれたじっちゃんやパパは偉大だったとは思う。
けど、あいつらがおれより上だなんて感じたことは一度たりともない。
おれは、周囲にいる奴らをずっと見下ろして生きてきた。
ずっとずっと、うつむいて生きてきた。
「おれも、あなたのように上だけを向いて歩きたい」
だがエルメドラでは違う。
地位も名誉も何にもない。
力だってシグルスさんやオーネリアスはもちろんのこと、そこにいるミチルや田中にすらまるで及ばない。
この世界でおれは凡人だ。
きっと下から数えたほうがはるかに早い。
だからここでは上だけ向いて生きていける。
それはとても幸福なことだ。
「おれも、この世界のことをもっと知りたいと思います。今日はあなたのお手伝いができて光栄でした」
でもホントはさ、日本でもそうするべきだったんだよ。
あっちにだってすごい奴らはたくさんいたはずなんだ。
あっちにだって面白いことはゴロゴロ転がっていたはずなんだ。
ただおれが見ようとしなかっただけでな。
形ばかりの地位と権力を与えられ自分を見失ったおれと違い、シグルスさんは魔王の子という立場に囚われず我が道を選んで進んでいる。
そんなシグルスさんのことを、おれは尊敬しているんだ。
今日もまた価値ある出会いのあった有意義な一日だった。
「きさま、もう一度名をいえ」
「え?」
「次は覚えてやるといっているのだ。人間に興味はないが同志とあらば話は別だ」
……もしかして、おれのことを認めてくれたのか?
おれはシグルスさんの気が変わらないうちに、もう一度名を名乗った。
「また会おうマサキ・リョウ。次もまた色々と手伝ってもらうぞ」
シグルスさんは大きな翼を広げると、暮れなずむエルメドラの空へ高々と舞い上がった。
きっと次の遺跡に向かったんだ。
「マリガンさん……トカゲに翼は生えていませんよ」
エルメドラは広い。
シグルスさんの巨体でも易々と周りきることはできないだろう。
だから、こんなところでちんたらやってる暇はない。
あのひとは忙しいんだ。
「もうじき日が暮れる。おれたちも行こう」
シグルス・レギン。
飽くなき知の追求者。
またお会いできる日を楽しみにしていますよ。
謎はまだ明かされず




