シエラ大神殿
ティルノ遺跡はシグルスさんには狭くともおれたち人間には途方もなく広い。
この遺跡を一から調査しようと思ったらとんでもない時間がかかるだろう。
だがそこはシグルスさん。きちんと気になる建造物をピックアップしておれたちに教えてくれた。
ここはそんな建造物のひとつ。シエラ大神殿の中だ。
外見の立派さとは裏腹に神殿の中はボロボロだった。
かつてはきらびやかな殿内だったのだろうけど、今ではその面影すらない。
あまりにもひどい惨状で全盛の頃を想像することすらできない。
どうやら女神の魔力が及んでいるのは建造物だけらしい。
「なんでこんな話を受けたんだ? タナカを回収してさっさと逃げれば良かっただろう」
ミチルがおれにもっともな質問をしてくる。
ごもっともではあるが……おれがシグルスさんと交渉してる最中ずっとだんまりだったくせにやけに偉そうだなおい。
「……後ろ盾は多いほうがいいだろ?」
「まさかあの魔族と手を組もうっていうのか。正気かおまえ?」
うるせえな。なりゆきだよなりゆき!
正気かどうかはちょっと怪しいけどな。
ま……正気じゃこのエルメドラでは生き残れないってのは間違いないな。
「魔王の子と共謀するなんて、これはもうレイモンド商会と手を組むなんていう次元の話じゃないぞ」
「というかここにきて、レイモンドの連中の気持ちがようやくわかったわ」
今回の件でわかったことは魔族とは『話せる』ってことだ。
ヘタすりゃ人間より話せる奴らかもしれん。
そらレイモンドからすりゃ上客よ。
もしかしたら魔族相手に何かしらの情すら抱いているかもしれん。
「おれたちは魔王軍に荷担するわけじゃない。あくまでシグルスさん個人の知的好奇心を満たす手伝いをするだけだ」
「周囲はそうは思わんぞ」
「おまえたちが黙っときゃバレようがねえよ。上手くいきゃ最強の後ろ盾だぜ」
いや、これは盾ではなく剣だな。
最大最強の竜の剣。諸刃ではあるが使いようによっては最高の交渉カードだ。
……だいじょうぶ、おれならできる。
いや、できるできないではない。
やるんだ。この難局を見事凌いで好機に変えてみせる。
「こんなことなら密航したほうがよほどマシだったな」
「小事を成すために大事を成す。人生ではよくあることだ。もっともここまで極端なのは稀だろうけどな」
つまりミチル、おまえはラッキーってことだ。
だからさ……もっと今を楽しめよ。この狂気の沙汰をさ。
こんな体験ができる奴はそうそういないぞ。
それにしても、この神殿……めぼしいものが何もないな。
それは中を一通り見て回ったおれの率直な感想だった。
経年劣化で何もかも朽ちてるもんだからすげえ殺風景。
目立つものといえばせいぜいこの祭壇だけだな。
観光名所にもなっているって話だから、もうちょっと整備されてるもんだと思っていたんだがなあ。
人の手を加えたら文化遺産の価値がなくなるってことかもしれんが。
シグルスさんはこの神殿から気になる魔力の波長を感じたといっていたが……こりゃはずれだな。
次行こう次。
「RPGだとこの祭壇の下に階段があったりするんだよね」
シグルスさんに見逃してもらい、いつもの調子をとり戻した田中が、アホみたいなことをいって祭壇をアレコレといじっている。
あるわけねーだろバーカ。
階段っつうのは普通、利便性を求めて作るもんだぞ。
祭壇の下なんつう不便なところに作っていったい誰が何のために使うんだよ。
隠し階段にしたってもっと目立たない場所にこさえるわ。
つうかそれ文化遺産だぞ。ヘタに触って壊しでもしたら大変だぞ。
おまえに責任がとれるのか? え? え?
「あ、あったよ隠し階段」
え……えええええええええええええええええっ!!
田中に呼ばれてきてみると、確かに祭壇の下に大仰な隠し階段があった。
いやぁ……あるところにはあるもんですな。
これは自分の中にある常識だけを頼りにしちゃいかんという教訓にして次に生かそう。
「行くのか?」
「行くしかないだろ」
祭壇の下にこんなもん作るってことは、この下にはろくなもんが待っていないっつうのは容易に想像できる。
おれの直感もガンガン警告を鳴らしてるぜ。
『見て見ぬフリをしてここを立ち去れ』ってな。
おれは今から歴史の真実に立ち会うかもしれん。
「くっ」
くくっ……面白くなってきやがった。
笑いが止まらねえ。
ミチルには屁理屈をあれこれ述べたけど、本音をいえばただ遺跡の探索がしたかっただけなんだよなあ。
どうやらおれもシグルスさんの同類らしい。
いや人間だったら大なり小なりあって当然だろ。
――知的好奇心ってやつはさぁ!
玉座の後ろに隠し階段があることもある




