友だちの定義
テーブルの上に置かれたコーヒーを見つめながら、おれたちはミネアさんが戻ってくるのを待つ。
「飲んでいいのか?」
ミチルがおれに聞いてくる。
いや、飲めよ。むしろなんで飲まねーんだよ。
「いや、おまえが飲まないから」
おれはあれだ。
これ以上あのひとに借りを作るのはどうかなって思ってるだけだ。
おまえは無関係なんだからちゃっちゃと飲め!
「厚顔無恥なおまえが遠慮するなんて珍しいな」
うるせえバカ! おれはこれでも義理がてぇほうなんだよ!
おれたちがアホなやりとりをしてると、奥の部屋からミネアさんが弾むような足取りでやってきた。
「メグルマ商会の方と連絡が取れました」
――おお!
さすがはミネアさん、仕事が早い!
招待客を死なせた手前、音信不通になる可能性があったのだが無事繋がってホッとした。
おれは嬉しさのあまり思わずガッツポーズをとった。
おれたちは今、ミネアさんのご自宅にお邪魔している。
理由はもちろん、ヴァンダルさんを招待した商会と交渉して計画を再会するためだ。
最初は正直、躊躇した。
だってこの造船計画のせいでミネアさんは夫を失ったわけだからな。
それを再開したいから取り次いでくれって頼むのはこっちとしてもつらい。
嫌がおうにも夫の死を思い出させてしまうだろうからな。
だが商会と交渉するためにはこのツテを頼るより他ない。
汚れ仕事はおれの領分――つーわけで腹をくくってミネアさんに相談しにいったわけだ。
おれが話を持ちかけると、意外なことにミネアさんは乗り気だった。
嫌がられるどころかむしろ感謝された。
ミネアさんは、夫の夢を継いでくれる人が現れることを心待ちにしていたんだ。
「私にできることがあれば何でもいってください。ただ、くれぐれも無理だけはなさらないでください。あのひとの夢のために、誰かを犠牲になんてできませんから」
ミネアさんはそういっていたが、残念ながら聞けない話だな。
今から二国間を繋ぐ航路を作ろうってんだぜ?
しかも何百年もいがみあってた国同士のだ。
無理のひとつやふたつ通さずにできるものかよ。
ヴァンダル・ランドは命をかけた。
命をかけて海を渡り、命をかけて脱走した。
自分が直接行かなきゃ計画自体がご破算になると思ったからだ。
自分が脱走しなけなきゃ計画が頓挫すると考えたからだ。
それはおそらく間違ってはいない。
夢を叶えるためには間違ってはいないが、賢い人間の生き方としては間違ってるがな。
夢のためなら死んでも構わない。
本当にヴァンダルさんはとんでもないマゾ野郎だよ。
健康のためなら死んでもいいとかいってた近所のおっさんを思い出すわ。
長生きするために健康に気を使うんだろ?
希望に満ちた生を送るために夢をみるんだろ?
それに命までかけるのはハッキリいってバカのやることだね。
優先順位を間違えてるわ。
だからよ、ヴァンダルさん……あんた以上のマゾで大馬鹿野郎のこのおれが引き継いでやるよ。
馬鹿なあんたの馬鹿みてえにでかい夢を。
異世界で初めておれのことを「友だち」といってくれたあんたのためにな。
『メグルマ商会のゴリアテと申します。今回の造船計画を担当させてもらっています』
おお! ホントに声が聞こえるぞ!
マイラルにもあったが使ったのはこれが初めて。
やっぱすげー便利だな、この魔導通話機!
何しろ魔力が通るところならどこでも声を飛ばせるんだもの。地球の電話より何倍も優れてるわ。
マリガンさんは『ワイツ』って呼んでたけどこれって商品名だよな?
ウォーレンでもワイツで通じんのかな?
商会のほうじゃ「ミネアさまからワイツが来ましたがお取り次ぎしますか」とかいうやりとりをしてるのかな?
いやいや、そんなことは今はどうでもいい話。
交渉に専念しよう。
『ミネアさまから事情は伺いました。お悔やみ申し上げます』
なんだそりゃ、てめえらのせいでヴァンダルさんは死んだんだぞ?
他人事みたいにいってんじゃねーぞ!
……と罵ってやりたいところだが、さすがにそれは少々大人げないな。
国内事情の急激な変化は商会でも予想がつかなかっただろうしな。
『失礼ですがヴァンダルさまとのご関係は?』
「弟子です」
これはまあウソじゃない。
『では造船技術のほうは』
「もちろんすべて受け継いでいます」
これはもちろん大ウソだぴょん。
だがこういわないとすべての計画はオジャンなのだからしかたない。
ウソも方便よ。
「師のやり残した仕事を引き継ぎたい。調整お願いできますか?」
受話器の向こうではすぐに調整しますといっていたが、えてしてこういうのは時間が
かかるもの。
たぶんこれだけでも年単位かかるだろうね。
「ウォーレンの情勢はどうですか?」
『それも含めて詳細は追ってご連絡します。しばしお待ちください』
しばし……ねえ。
具体的な日付をいわないのは怪しいな。
まあ、今日のところは連絡が通っただけでよしとするか。
おれは謝辞と共にワイツを切った。
「さて、これから忙しくなるぞ」
何しろ次の連絡が来るまでに色々と勉強しなきゃいけないからな。
これはしばらく寝てらんねえな。
「おまえ、船なんて造れるのか?」
ミチルが意外そうな顔でアホなことを聞いてくる。
おれが船なんて造れるわけない。いつも一緒にいるおまえならわかるだろ。
「でもおまえ、自信マンマンで調整を頼むって……てっきりヴァンダルって人の仕事を知ってるのかと」
知ってるわけねーだろ。
こういうのはな、とりあえず訳知り顔で調整っていっときゃ向こうで勝手にスケジュールを組んでくれるもんなのよ。
調整は魔法の言葉。よく覚えとけ。
「バカ正直な奴だな。そんな調子だと誰かに騙されるぞ」
「とっくの昔に騙された後だ」
それで人間不信になりましたってか? アホか。
てめえの不見識で不幸になったのは自業自得だ。
それで鬱憤がたまるのは勝手だがそれを周囲にぶつけんなよ。
「まあいい。細かいことはおれがやるから、とりあえずおまえはその友だちへの復讐方法でも考えとけ。ただし合法的な方法だぞ。血生臭いのはおれが困る」
「なんでおまえが困るんだ。おれがあいつらをどうしようがまったくの無関係だろ」
「関係は大ありだ。すでにおまえはおれの商会のメンバーだからな。おまえの素行は商会の沽券に関わると覚えておけ」
「な、何ぃ……ッ!」
「おれに協力するってことはそういうことだぜ。嫌なら入らなくてもいいが、その場合船には乗せてやらん」
「……足下を見やがって」
そら弱みがあるならそこにつけこむさ。
これは友だち云々とは別問題。
もっともおれにとって「友だち」は、自分に都合のいい人間って意味だけどな。
ミチル、認めたくはないがおまえは強い。
用心棒として我が商会の役に立ってもらうぜ。
代わりにおまえもおれを存分に利用すればいい。
友だちってのはそういうもんだろ?
互いが互いに益をもたらす関係になろうぜ。
かつてのおれとヴァンダルさんのようにな。
友だちは選ぼう




