夢の続き
ラムダさんからもらった作業着に袖をさっそく通す。
……むむ、なかなかどうしていい着心地!
マリガンさんからもらった服よりよっぽど体にフィットしてるな。
まるではじめからおれ用にあつらえられているかのようだ。
この作業着はメドラタイトの魔力から人体を守るために特殊な繊維を使っているそうだが、実に軽くて動きやすい。
いいね、最高だね。ここに来て良かったわ。
おれは今、ウルジアから数キロ離れたメドラタイト採掘現場に来ている。
海沿いの村からちょっと内陸部に入っただけで石の海に囲まれた鉱山地帯だもんな。
平野の多いマイラルと違ってオーネリアスの地形は起伏に飛んでいる聞いてはいたが、実際行ってみるとビックリ仰天したわ。
これは旅行に行くにはもってこいの国だな。
様々な危険に目をつぶりさえすればの話だが。
作業着を着るとラムダさんから採掘作業のレクチャーを受ける。
レクチャーっつってもツルハシで穴を掘って黄緑色っぽい石を見つけたら運んで来いってだけだけどな。
ああ、当たり前だけど石は素手で触れちゃダメだってさ。作業中はちゃんと手袋をつけているから大丈夫だけどな。
それと、信じ難い話だが給料も出るらしい。
なんと日給100ルピ。
多いのか少ないのか……まあ、おれの感覚からすれば果てしなく少ないが、給料が出るという事実が重要だ。
マリガンさんのところにいたときは仕事をしなくても良かったが、給料も出なかったもんなあ。どれだけ低賃金だろうと出るだけありがたいわ。
ちなみに買われた時に払った金を返却すれば奴隷から解放されることも可能らしい。
おれがマリガンさんに買われた金額が500000ルピだから、わずか5000日ほど働けば解放される計算だ。
ラムダさんが十五年もこなせる仕事なんだからおれなら楽勝だな。
とはいえ、奴隷をやめたらどうすっかなあ……。
……どうするんだろうなあ。
やりたいことは決まっているが、叶えるための具体的な手段が思いつかない。
おれは本当に、誰かに指示されて生きてきただけなんだな。
このまま何も考えずに奴隷を続けるのはとても楽な生き方だけど、そんな生き方はもうしないと決めたんだ。
どれだけ辛く、苦しくても、おれは自分の足で歩かなきゃいけないんだ。
おっといけない。おれがまず考えるべきは十年後ではなく今現在だな。
今を楽しまなくては過去も未来も語れないぜ。
抗夫なんて経験なかなかできるもんじゃねえ。
メドラタイトという鉱石も実に興味深い。おれの将来の役に立つかもしれねえ。
今はここで色々と勉強させてもらうぜ。
……。
……ん?
今、見知った顔が横を通りすぎたような……。
「おい、ちょっと待て」
おれはおれをシカトして通りすぎていこうとする少年を肩を掴んで強引に止めた。
「おれに触れるな」
少年はこちらをにらみつけると掴んだ腕を乱暴に払った。
小柄ながらもガチムチな肉体。
そして何よりその鷲のような眼――これで確定。
「また会えたんだからあいさつぐらいしてけよ。おまえのほうが年下だろ?」
奴隷市場でおれさまと互角の勝負を演じた少年だ。
また会えるとは嬉しいぜ親友ぅ!
あの日つけられなかった決着、今ここでつけおっふうぅ――ッ!
――こ、この野郎!
おれの顔を見るなりいきなりボディブローをぶち込んできやがった!
不意打ちとは卑劣だぞ! 勝負はちゃんとゴングが鳴ってからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
おれの体がまるで紙切れのように宙を舞う。
投げられた?
このおれが?
こんなにあっさりと?
専門は空手だが柔道だって段持ちだぞぉ!?
投げられちまったもんはしかたねぇ! 受け身ををををををうごォッ!!!
「や……やってくれたなぁ……っ!」
受け身は成功したものの下は堅い岩肌だ!
ダメージは深刻! とにかく今は回復に専念しないと!
「前の時も思ったが、あんた結構できるな」
「これでもガキんときに英才教育ってやつを受けてたんでな!」
「なんだエリートの坊ちゃんだったのか。手加減して損した」
あ、あれで手を抜いてたのかぁ!?
確かに本気で投げたにしては、ちょいとばっかし勢いに欠けていたような……。
……まずいな。
もちろんおれさまは最強なわけだが……今日はちょっと勝てないかもしれない。
何しろ不意打ちだったからな。
不意打ちだからしかたない。
「いいとこの坊ちゃんが、なんで奴隷なんてやってるんだ?」
「今のご時世、まあ色々あんのよ。おめえこそただの奴隷にしちゃ強すぎるぜ。いったい何者よ?」
「おれは元拳闘士だ。これでも結構売れっ子だったんだぜ?」
「それがなんでこんな辺鄙なところで穴掘ってるんだよ」
「こっちにも色々あったのさ。色々とな」
とどめを刺しにきた少年を、おれは慌てて手で制する。
「ちょっと待て! 前もいったがおれはただおまえと友だちになりてえだけなんだ!」
「何度もいうが、断る」
「だからなんでだよ。これから一緒に働く仲間だっつうのに!」
「おれがここにいるのは、その仲間に裏切られたからだ」
聞くと当時、格闘議場の花形スターだった少年は、それを妬んだ仲間たちに無実の罪を着せられて奴隷の身に落とされたそうな。
出る杭は打たれる。
よくある話ではあるが……。
「おれはあいつらのことを友だちだと思っていたが、どうやらあいつらはそう思っていなかったようだ。おれは一刻も早くカネを稼いで奴隷の身分から解放され、あいつらに復讐しなきゃならない。忙しいんだ。だから邪魔をするな」
「仮に奴隷の身分から解放されたとして、その後どうやってウォーレンに戻るんだ? 知ってるか、奴隷として売られた犯罪者は国籍を没収されるんだぜ? 入国許可なんて降りないぞ」
「そのときは密航でもなんでもするさ」
「そんなことしたらモノホンの犯罪者だぞ。てめえを陥れた連中に大義名分を与えちまうだけだわ」
「しかたないだろう。オーネリアスとウォーレンの間には国交がないのだから」
「だったら作ればいい」
「……は?」
「だからおれたちで作るんだよ。両国を繋ぐ船と航路をさ。少なくともウォーレンの先代国王はオーネリアスとの交流を認めてたんだ。可能性は充分にある」
おれが熱弁すると少年はとつぜん笑い出した。
「夢物語だ。できるわけがない」
「できるできないじゃない。やるしかないんだよ。おまえはマイラルを経由してウォーレンに密入国しようと思ってるんだろうけど断言していい。それは100%失敗する」
ウォーレンもマイラルも密入国者に対する取り締まりは厳しい。
少年がいくら強くても国軍にはかなわないだろう。
それでもできると思っているのなら……そこまで頭がおめでたい奴に用はない。
「両国間に国交を作り大手を振って帰国し、身の潔白を証明しかつての仲間を弾劾する。たとえ夢物語だろうと、おまえが復讐する方法はそれしかないんだ」
おれの説得に、少年はしばし考え込むような素振りを見せる。
思った通りバカではないな。
つうか拳闘士はバカじゃできないからな。
訓練方法から攻撃の組み立て方ひとつに至るまで、何をするにも頭を使わなきゃできない。花形スターになるほどの強者なら尚更そうだ。
「……具体的には何をすればいい?」
――食いついた!
重い口を開いた少年に、おれは自信満々に宣言する。
「それを今から考える!」
うおおお! また殴りかかってきやがった!!
せっかちな奴っちゃなぁ、ホンマ!
「おめえのためにやってやるっつーんだからおめえも考えろよ! こっちはいちおうツテがあるから、そっちを当たってみるわ!」
……ヴァンダルさん。
あんたのためにできることなんてもうねえって思ってたけど、あとひとつだけあったわ。
あんたが目指した夢の続き。おれなりに紡がせてもらうぜ。
ダメ元なんでな、失敗しても恨まないでくれや。
拳闘少年再登場




