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訃報

 オーネリアス語はさっぱりなおれだが、ミネアさんの自宅はあっさり見つかった。

 もっとも顔写真を持っていたおかげなんだけどな。



 話には聞いていたが、けっこう裕福そうなご自宅だなあ。

 ほったて小屋で生活してる奴も多いこの貧乏村で、きちんとした一戸建ての家を持っているとはやりますな。



 うむ、これならおれが心配するようなことはなさそうだな。

 さっさと用件を済ませて帰るとしますか。



「あのーすいません! ミネアさんはいらっしゃいますか――――っ!」



 おれが玄関前で大声を張り上げると、家の主は不審にも思わずにすぐに対応してくれた。

 こういう良くいえば気さく、悪くいえば不用心なところが日本の都会とは違うところだ。



「ここでは見ない顔ですが……どちらさまでしょうか?」



 栗色の長い髪を後ろで束ねた妙齢の女性は、写真で見るよりもずっと魅力的に映った。



「おれの名前はリョウといいます。あなたの旦那さんにお世話になった者です」



 ミネア・ランド。


 32歳。女性。既婚。

 栗色の髪と藍色の瞳、それと口元のほくろがチャームポイント。


 性格は優しく、人付き合いがいい。

 特技は水泳。趣味は園芸。何もないところでよくコケる。


 朝は早く、かならず夫より早く起きる。

 朝食は米派。コーヒーより紅茶をよくたしなむ。

 今は専業主婦だが将来的には翻訳家として家計を支えようと日々努力している。



 おれにウォーレン語を教えてくれた恩人、ヴァンダル・ランドの自慢のお嫁さんだ。



「ウォーレンに渡った旦那さんについてなのですが」


「夫は――ヴァンダルは無事なのですか!? 向こうに行ってから連絡がまるでなくて毎日が不安で不安で……」



 ミネアさんがすがるような目でこっちを見てくる。

 やはりというか、旦那さんの話になると食いついてくるな。



 はぁ~~~~……湿っぽい話は嫌いなんだけどなぁ~~~~~~……ありのままを伝えるしかないよなぁ……やっぱ。



 おれはミネアさんに写真入りのネックレスを渡すと、ヴァンダルさんがウォーレンで国軍に捕まって奴隷になり、脱走に失敗して処刑されたことをかいつまんで説明した。



「ウォーレンはマイラルと違って国内情勢が安定していないからやめておいたほうがいいって何度も忠告したのに……」



 まあ、そういってやんなよ。

 話を聞くかぎり、夢みたいにおいしい話だったんだからさ。



 それにな、あのひとが危険を承知でウォーレンに行ったのは、あんたのためでもあるんだぜ?



 ヴァンダルさんはな、ウォーレンとオーネリアスを繋ぐ大型船を建造するために、オーネリアスの代表として呼ばれたんだ。



 今まではマイラルを仲介して資源のやりとりをするだけだったけど、両国を繋ぐ船と航路ができれば直接的な交流が可能になるだろ?

 たくさん船ができて、両国間の交流が盛んになれば、翻訳家として世界を渡り歩きたいっつーあんたの夢も叶いやすくなるって考えたんだ。



 まっ、残念ながら夢のようにおいしい話は、ホントに夢だったんだがね。



 ヴァンダルさんは入国した時期が悪かったな。

 ちょうど王さまがおっ死んじまってバタバタしてたんで、その辺の管理がテキトーになってたわけだ。


 だから、もうちょっと待ってりゃ解放されたかもしれねえのにな。

 もちろん解放されなかったかもしれねえけど。



 ……解放されない確率のほうが高いかな。



 何しろ入国許可を出したのは前の王さまだもんな。

 地球じゃそういうのは許されねーんだけどこっちの文化レベルなら平気で反故にするだろうなあ。



 やれやれ、世知辛い世の中だねえ。

 異世界もそう甘くはないってか。



「ミネアさん、ヴァンダルさんは最期まであんたに感謝していたよ」



 そしておれもな。



 あんたが翻訳家を目指していたから、それに感化されたヴァンダルさんはおれに言葉を教えてくれた。

 ヴァンダルさんが言葉を教えてくれなかったら、おれは今ここにはいなかっただろう。

 だからおれは義理を立てるためにここに来た。



 ……もう充分だよな?



 おれが何しようがヴァンダルさんは生き返らねえ。

 これ以上おれに何かしてやれることなんてねえし、あんただってそれを望んじゃいねえだろ?



 今からあんたは泣くのだろうが、目の前で女に泣かれるのはうざったい。

 おれはおれなりに恩を返した。

 泣かれる前にさっさと退散するぜ。



「待ってください!」



 おれが背を向けると、ミネアさんが慌てて呼び止める。



 まだおれになんか用があるのか?

 おれはもうないんだが……。



「あなたは、もしかしてまだ奴隷なのですか?」


「もちろん。ヴァンダルさんのように脱走する勇気は持っていませんので」



 ホントは鍵をくすねて定期的に脱走してたけど、そいつはナイショの話だ。

 ヴァンダルさんを利用して手に入れた自由だったしな。



「……そのような身の上で、わざわざここまで夫の死を知らせにきていただき……本当にありがとうございました」



 てっきりなんで夫を助けてくれなかったんだとなじられるかと思った。



 世の中感情オンリーで生きてる女ばかりじゃないんだな。

 それに人前で泣かない気丈さも持ち合わせている。



「礼はいいよ。おれは何もやってないしな」



 ……いい女だな。



 本当にいい女だ。

 人妻じゃなかったら惚れてたかもしれん。

 ぜんぶヴァンダルさんのいってた通りだ。



 おれは手でひさしを作り、オーネリアスの澄みきった空を見上げる。



 心配すんなよ天国のヴァンダルさん。

 この気丈さなら、独りでもしぶとく生きていけるさ。



 おっと、独りじゃなかったか。

 生まれたばかりの娘さんと仲良くな。



 ……おれもがんばって生きるかねえ。

大切な人の死を乗り越えて先へと進む

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