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女心と秋の空

 マイラル大通り名物、勇者像。

 はるか昔、魔王イドグレスをうち倒したとされる勇者の像だ。



 この像を見るために、かつては世界中から観光客が来たそうだ。

 今のご時世、そういうわけにゃいかねえんだろうけどさ。



 ちなみにイドグレスは過去三度勇者に倒され、その度に復活を果たしているそうだ。

 まさに不死の竜――いや、この世界の竜はトカゲ扱いされてるんだったな。だったら蜥蜴とかげの不死王だ。



 ちなみにこの勇者像、プレートがついていて勇者の名前が書いてある。



『トツカ・イチロウ』



 漢字を当てるとすると、戸塚一郎かな?

 まあ、まず間違いなく日本人だな。



 リリスお嬢さまから聞いていたが、勇者は代々異世界人だというのは間違いないんだろうな。



 お嬢さま自身そこまで詳しくは知らないそうだけど、魔王が復活するたびに異世界から光の勇者が現れて、魔王からこの世界を救ってくれるらしい。



 ただ返り討ちにあうことも多いそうだから、田中の野郎も安穏とはしていられまい。

 部屋の隅っこでガタガタ震えながら死なないことを祈れやボケナス。



 ――で、おれがなんでそんな場所にいるかっていうとだ……ありていにいうと待ち合わせだ。



 え、誰と待ち合わせしてるかって?



 そんなのリリスお嬢さまに決まっているだろ。



 同じ屋敷に住んでいて、なんでこんな場所で待ち合わせしてるかについては知らん。

 おれはただ命令どおりにするだけよ。



 ……それにしても、お嬢さま遅いなあ。



 約束の時間なんてもうとっくの昔にすぎてるぞ。



 なんか通行人からちらちらと見られてて視線がいてえわ。



 おめかしして来いっていわれたから、もらった服から一番良さそうなものを選らんで着てきたが……おれはこの世界のファッション事情なんか知らないんで、もしかしたら奇抜な格好をしているのかもしれん。



 お嬢さまはおれの事情を知ってるんだから、おかしな格好をしててもあんまり笑うなよ?



「すまない。身支度に時間がかかって遅くなってしまった」



 ようやくリリスお嬢さまのご到着…………んん?



 息をきらせてやってきたお嬢さまの体は純白のドレスに包まれていた。

 頭には美しい花飾りがあしらわれている。



 まるで花嫁みたいな格好だ。

 買い物するにはいささか不適切に思えるが、マイラルではこれが普通なのだろうか?



「では行くぞ」



 アイアイサー。

 今日は何を買うんですかね。



「ところで、出かける前に……何かいうことはないか?」



 んん?



 ……んーなるほど、そういうわけか。



「よくお似合いですよ、リリスお嬢さま」



 おれはおべっかを使うと、リリスお嬢さまは顔をまっ赤にする。



「う、うむ。おまえもその服装、よく似合っているぞ」



 あ、そう?


 そいつはよかった。

 どうやらおれのセンスはこっちでも通用するようだ。



「おまえはちゃんとした身なりをしていれば、なかなかの男前だな。ほれ、道行く婦人もおまえに注目しているぞ」



 そうなんだよなあ。シノさんのせいで最近忘れがちだけど、おれってイケメンなんだよなあ。ひさしぶりに思い出したわ。



 顔なんてどれだけ良くてもここじゃ生きていけないけどな。

 でもおれがマリガンさんに買われた理由には顔もあるだろうから、それなりに役得がないわけではないか。



 まあ、それは今は置いておくとして……そうかそうか、リリスお嬢さまもそういうお年頃か。



 身近にいる手頃な男と火遊びを楽しみたい。よくある話さ。

 後になると大抵は一時の気の迷いだったで終わる話でもある。



 女心と秋の空ってな。



 あいつらは理屈じゃなくて感情で動いてるからな。


 実に動物的だが決して悪いことじゃねえ。

 本能に忠実なのはいいことだ。


 クソにも劣る理屈をこね回すより溢れ出す感情を選ぶ。

 どこぞの偽善者より百倍はまっとうな生き方だ。

 おれだってできればそんな風に生きたい。



 だが……さすがにおれのほうは無理か。



 これでもおれは男だからな。

 生存のために感情より理性を優先するようできているのだ。



 そんなおれの理性が、今後リリスお嬢さまとは適度に距離を取って生活しろといっている。



 何しろ相手はいいところのお嬢さまだからな。

 奴隷のおれと万が一にも何かあろうものならいち大事だ。

 本来なら噂がたつようなことすらあってはいかんのだ。



 もちろん、だからといってリリスお嬢さまのご機嫌を損ねるようなことはあってはならない。

 ころされちまうからな。

 だからこう……できるだけ波風をたてず、かつこれ以上親密にならないよう配慮しなきゃならんわけだ。





 無理だろ。





 いや無理でもなんでもやるしかないんだが。



 あ……そうだ、シノさんたちに徹底的に邪魔してもらおう。

 こっちからも積極的に情報をリークしていけば、向こうが勝手に動いてくれるはず。

 時が経てばお嬢さまも自然と気づくはず。



 なんで自分はあんな男のことが好きだったんだろう。

 ちょっと顔がいいだけのクズじゃないか……ってね。



 おれが大昔につきあってた女もだいたいそんな感じだったよ。

 口には出さなかったけどな。


 当時のおれですらこの女には制裁を加えられなかったわ。

 あんまりにもそのとおりだったんでな。



 ただ、きっかけにはなったかな。

 おれがクズらしく暴君になるきっかけにな。


 今思えばバカげた話だ。


 結局じっちゃんと同じようなことしてんじゃん。

 同族嫌悪かよ。



 だがおれは、そういうのはもう卒業したんだ。

 これからは自分で自分のことが好きなれるような人生を送りたい……って、おいここはどこだ!?



 己の将来についてあれこれ考え事をしていたら、いつの間にかおれは薄暗い部屋の中に連れ込まれていた。



 どうも宿のようだが田中が泊まっていたような安普請じゃない。

 日本でいうところの高級ホテルってやつだ。

 しかもただの高級ホテルじゃない。ムーディなBGMとシャワーを浴びる音。そして何よりどんと置かれた馬鹿でかいベッド。



 こ、ここはまさか……ッ!



「はじめてだから優しく頼むぞ」





 おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!

主人公大ピンチ!

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