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今を楽しむ

 ……この前の迷子騒動以降、リリスお嬢さまの態度がますますおかしい。



 まずおれを拷問にかけることがなくなった。



 いや、つねづね頼んではいたよ?



「おれを拷問にかけるのはやめてくれ」ってさ。



 そのためにおれはマイラル語を覚えたわけだしね。



 でもこれまでは「ペットで遊んで何が悪い」と突っぱねられ続けてきたのだ。

 そのためにパパに買われて家に来たんだろうっていわれたら、おれはもう返す言葉がないわけよ。



 それが次第に回数が少なくなってきて、あの日を境にとうとうピタリとなくなった。



 拷問がなくなったのは結構なことだが、嵐の前の静けさのような気がしていささか不気味なのだ。



 そしてよくおれの部屋に来るようになった。



 実はこれがわりと困る。



 まず他人の目だ。



 お嬢さまがおれの部屋に通うことを、当然ながら周囲は快く思っていない。

 男の執事たちはある程度おれに対して理解があるけれど、シノさんを筆頭にしたメイドたちは強い嫌悪感を露わにしている。



 曰く奴隷の部屋に入るなんて汚らわしい。

 男の部屋に入り浸ってイタズラでもされたらどうする――と。



 そりゃまあ、おれもごもっともな意見だとは思うよ?

 でもしゃーねえだろ、お嬢さまのほうから来るんだから。



 マリガンさんも「娘の好きにさせてやって欲しい」しかいわねえし。


 ただ娘のイエスマンってだけじゃねーか。

 そういうのは愛情があるとはいわねえぜ。


 最初は素直に尊敬してたけど、あのひとはあのひとで色々とダメなひとだ。



 まあ向こうさんの事情はひとまずおいておいて……一番困るのは、おれのプライベートが侵害されることだ。



 雇い主の娘に毎日通われてみろよ?

 気まずいってレベルじゃねえぞ?

 下手なことはいえねえしな。



 でさ、いつもおれの過去ことを聞こうとするのよ。

 これがまた困るんだよな。



 だって「実は異世界から来ました」なんていえねーじゃん。



 頭おかしいひとだって思われちゃうじゃん?

 まあ、あんまりしつこくねだられるから、ついいっちゃったんだけどさ。



 そしたら、わりと普通に受け入れられた。



 どうもエルメドラに地球という星から来訪者が来ることは、そこまで珍しいことではないらしい。

 少なくともマイラルでは普通に受け入れられているとのことだ。



 つうかこの国の開国者がそうなんだとさ。

 マイラル・トツカ・ベルサークは、おれと同じく日本人の血をひいているらしい。



 前から気になってたけど「トツカ」ってもしかして「戸塚」って書くのか?

 戸塚さん異世界に来て建国したの? すげーな、シンデレラストーリーじゃん!



 だからっつーわけではないんだろうけど、地球人――特に日本人はここでは羨望の目で見られるらしい。

 シノさんが新参ながらわりと発言力を持っているのもそれが理由だ。



 おれも日本人だと明かせば奴隷から解放されるかもしれないとお嬢さまがいうが、それは丁重に断った。

 おれは今の立場であることを気に入っているからだ。



 もちろん、よくねーことだとはわかってる。



 でもおれは、そういう生き方しかしらねえし、できねえんだ。

 認めるよ。ぜんぶ田中のいうとおりさ。

 いや、本人がいったわけじゃねえけどさ。



「おれはお嬢さまの奴隷でいいですよ」



 そういうと、リリスお嬢さまはとても喜んだ。

 こんなことで喜んでもらえるなら、いくらでもいってやるんだけどな。



 まあ、そこまではいいとして……本題はその次だ。



「日本でおまえは何をしてたんだ?」



 何をしてたんだって……なんていえばいいのさ。



 日本を裏から牛耳る大財閥の御曹司をやってましたっていえばいいのか?

 で、権力をカサに暴れ回ってましたっていえばいいのか?

 毎晩女遊びして弱いものいじめして遊んでましたっていえばいいのか?



 いやいや、さすがにそれはまずいっしょ。

 お嬢さまがシノさんみたいになられても困るしな。





 ……わかってるんだよ。

 自分が悪いことをしてたってことぐらいな。





 でも当時のおれは、悪いことぐらいしかすることがなかったんだよ。

 いつもイライラしてて、何をしてもどこか虚しくて……常に刺激を求めていた。

 生きている意味に疑問を持ちたくなかったんだ。



 だからおれは考えるのをやめたんだ。



 なんでもできる。

 なんでもやれる。

 そんなおれはリア充なんだって思いこむことにしたんだ。



 ああ、そうだな。

 ようやく気づいた。



 おれは、おれが嫌いだったんだ。



 おれが一番憎んでいたのは、田中ではなく自分だったんだ。

 おれの内に巣食うあいつは、田中じゃなくておれ自身だったんだ。



「おれは向こうのつまらない生活に嫌気がさして、こちらに逃げてきたんです」



 だから――あまり詮索しないでください。



 おれがそういうと、リリスお嬢さまは初めて会ったときと同じ花のような笑顔を浮かべた。



「ならば深くは問うまい。こっちの世界で存分に楽しめ」



 ……気軽にいってくれる。



 マイラルにゃ見たくもない過去がわんさか転がっている。

 だったら無視して未来を見ろっつっても、今のところ憧れの魔法使いになる足がかりすら掴めない。



 まあ、シノさんが使えるんだからおれも使えるようにはなるんだろうけど……あのひとはおれに魔法を教えてくれないだろうし、それ以前にあのひとを師と呼ぶ気にはなれねえわ。



 やれやれ、本当に困った箱入りお嬢さまだよ。



 だが、ま……余計な詮索をしないことについては、感謝しないこともない。

 毎日部屋に来るのをやめてくれると、もっと感謝できるんだけどな。

 あんたの相手をしてたら勉強ができねーよ。

今を楽しめなければ過去を懐かしむことも未来に思いを馳せることもできない

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