世界の奴隷
今日はリリスお嬢さまにつきあって街に買い物に繰り出していた。
なんでメイドや執事に頼まないのかと尋ねたところ、おれと一緒がいいとのことだ。
当然執事やメイド、特にシノさんは反対したのだけれど、マリガンさんは娘の好きなようにしてやってくれと笑って許していた。
おれは今までマリガンさんのことをただの親バカだと思ってたけど、ここまで来ると娘のいうことを聞くだけのマシーンなんじゃないかとちょっと怖くなってくる。
いいのかよおれで。
おれは奴隷だぞ。しかもこの娘にはそうとうひどい目にあわされている。
二人っきりにしたら危ないとか思わないのか?
復讐するかもしれんぞ?
やらねーけどな。
まあ、昔はちらっとそんなことを考えたこともあったけど、今はなんつーか……彼女に感謝しているからな。
リリスお嬢さまは箱入り娘だ。
蝶よ花よと育てられ何にも知らずに生きている。
世間はもちろんのこと倫理観すら備わっていない。
それはきっとマリガンさんの悪徳なのだろうけど、おれはそんな無知で無邪気な彼女に救われてもいるんだ。
自分も、何も考えなくていいって思えてくるからな。
マイラルにきてからおれは、あまりに考え事をしすぎている。
しかも本当にくだらない、とるに足りないことばかりを。
リリスお嬢様に従っていれば、きっと何も考えずに一生を生きていける。
『なんだ、やっぱり昔とまるで変わらないんだね』
――――……まただッ!
『親の人形、王の人形ときて、次は小娘の人形かい?』
また田中の声がッ!
『君は誰かに依存していると安心するんだ。ホント根っからの奴隷体質だよね』
どこからともなく聞こえてくるッ!
おれの心と体を蝕もうとしているッ!!
『僕は君のことを軽蔑するよ』
黙れえええええええええええええええええええええええええええええッ!!!
おれが奴隷だぁ!?
ああ、そうだ! そうだとも!
認めてやるよ、今も昔もおれは奴隷だ!
いつだって何かに束縛されて生きてきた!
束縛されてなければ落ち着かないぐらいにな!
おれの……おれの現実は、これっぽっちも充実なんかしちゃいなかった!
昔のてめえと違ってな!
だが今のてめえはどうだ?
神さまにいわれるがままに勇者になって、
いわれるがままに魔物退治をさせられて、
周囲からおだてすかされて、
お次は魔王討伐ときたもんだ。
イドグレスはヤバいぞぉ。
風の噂で聞くだけでもその恐ろしさがビンビンに伝わってくる。
しかも魔王の棲むイドグレス大陸はマイラルの反対側にあるそうだ。
きっとクソ長い旅をしなきゃならんだろうなあ。
――おまえがやるんだよ?
バリバリのインドア派で、虫も殺せないような性格のおまえがやるんだ。
なあ、田中。
それは、おまえの本当にしたかったことか?
もちろん違うよなあ?
断言してもいい。
おまえはただ、周囲に流されているだけだ。
おれはおまえのことなら何だってわかるんだ。
ホントはやりたくなんかないよな。
旅も殺しも。
家に引きこもってマンガとアニメざんまいの日々を送りたいよな。
でもできないんだ。
なぜならおまえは奴隷だから。
神の、
大衆の、
エルメドラの、
世界の奴隷だから。
あはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!
ようやくだ!
ようやくおまえは堕ちてきたんだよ!
このおれと同じ奈落になぁ!
哀れだなあ!
かわいそうだなあ!
でもだぁれも助けちゃくれないんだ!
だっておまえは奴隷だもの!
これからも、たとえ魔王を倒したとしても、おまえは勇者としての品格を求められ続けるんだ!
民も、貴族も、王も、恋人すらも、おまえを勇者としてしか見てくれない!
おまえが何かするたびに、周囲は厳しい目で見るだろうなあ。
たぶん勇者さまはウンコしないとか思ってるやつもいるだろうよ。
そいつらのイメージを守るためにおまえはガンバり続けなけりゃいけないんだ。
ははっ、おちおちセンズリすらこけないな。
それが死ぬまで続くんだ。
てめえの性格じゃ開き直るのも無理だろう。
賭けてもいい。今後てめえに安息が訪れる日はねえよ。
世界の奴隷として永遠に生き続けるんだ。
永遠に!
永遠に!!
一ルピの得にもならない伝説とやらになるために!!!
我が身を犠牲にして伝説になれよ勇者タナカさまよぉ!
おれはそんなてめえを軽蔑するけどな!
ははははははははははははははははははっ!!!
「リョウ!」
――――はっ!
リリスお嬢さまに声をかけられて、おれは我に返る。
「何をボォーっとしとる。早く荷物を持て」
「あ……すいません。少し考え事をしておりました」
お、おれは……いったい何をそんなに勝ち誇っていたんだ?
仮に田中が世界の奴隷だったとしても、誰かをどれだけ蔑もうとも、おれの境遇が変わるわけじゃねえ。
おれが考えるべきは田中のことじゃない。
おれ自身のことだろ?
他人なんかどうでもいい。
おれは、おれのことだけを考えていればいいんだ。
おれはリア王――いや、これからリア王になる男だ。
いつまでも闇の王きどりでいちゃいかんだろ。
「考え事など許さん。私といるときは私のことだけ見よ」
「……はい! すいませんでした!」
……ありがとよ、リリスお嬢さま。
くだらない妄執から、少しだけ目が覚めたぜ。
やっぱりおれは、あんたに救われてるみたいだ。
闇の王終了




