囚われの身になりました
気がつけばおれは、冷たい石畳のうえに転がっていた。
どうやらおれは魔法使いのおっさんの電撃魔法を食らって気絶してしまったらしい。
ここはどこだろう。
鉄格子があるから、きっと牢獄なんだろうなあ。
理由はまったくわからんが、どうもおれは不審者として捕らえられてしまったようだ。
もうあのおっさんを師とあおぐのはやめた。
いつかころしてやる。
幸い身体に痛みはまったくない。
動ける。ぜんぜん動けるぞ。どこにも異常はないようだ。
意外とショボいな魔法。いや、きっとあのおっさんがヘボいんだ。
不思議なことに疲労も消えてる。
口は渇いてるし腹は減ってるけどまだまだ余裕。
そこらへんのオタクどもとは鍛えかたが違うのよ。
あとはこの鉄格子さえなければ逃げられるんだけどなあ。
さすがのおれさまも鉄格子を引きちぎるパワーはないのだ。
でもためしにやってみよう。
もしかしたら異世界に来たおかげでパワーアップしてるかもしれん。
……ダメでした。
しょうがない。助けがくるのを待つか。
具体的にだれが来るかはわかんないけど、おれが勇者なら、なんかこう……運命の力ってやつで助かるんじゃないかな。
そんなことを考えていると、
かつん。かつん。かつん。
だれか足音が聞こえてくる。
さっそく助けがやってきたらしい。
やっぱおれって選ばれてるぅ!
おれのところにやってきたのは筋肉モリモリのマッチョマンだった。
手に棍棒のようなものを持っているところをみると、どうやら戦士タイプらしい。ふむふむ、なかなか頼りになりそうだ。
少々おれの美的センスから外れてはいるが……特別にパーティに加えてやってもいいな。
「お~い! はやくここから出してくれぇ~~~っ!」
おれは鉄格子を揺さぶりながら男に懇願した。
めしゃり。
……なんだ、今の生々しい音は?
男が持っていた棍棒をすごい勢いで振り下ろした。ような気が……
おれはおそるおそるといった感じで、格子を掴んでいた自分の手をみる。
右手の指が五本とも、曲がってはいけない方向に曲がっていた。
ひぎぃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!
痛い!
痛い痛いいたいいたい!
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!
指が! おれの指がァ!
涙が、脂汗が、そして何より血がとまらない!
ジャンボジェットの直撃のときは一瞬だった!
魔法使いの魔法ではすぐに気絶してしまった!
はじめてだ。こんなにも生々しい痛みを感じたのはッ!
しかも痛みが……ひかない!
時間が経つにつれて、おさまるどころかどんどん酷くなっていく!
痛い、痛いよぉ――ッ!!
この苦しみから逃れるためならなんだってやる!
神さま仏さま! このさい悪魔でも構いません! だれでもいいから助けてくれええええええええええええっ!!!
あ……あれ、急に痛みがひいてきたぞ?
おかげでオーバーヒートしてた頭が冷えてきて、現状を冷静に判断できるようになった。
目の前に、清楚なローブを来た少女がいた。
艶のある美しい長髪。
まるで琥珀のように光り輝く褐色の肌。
見つめられるだけで吸い込まれそうな黒い瞳。
艶のある魅惑のくちびる。
なんという美少女――いや、女神だ!
ついにおれの前に女神がご降臨なされたのだ!
女神のしなやかな指が、おれの右手に触れている。
彼女の手のひらは、あたたかな光に包まれていた。
その神秘的な光におれの手も包みこまれていく。
するとどうだろう。あんなにぐしゃぐしゃだったおれの指が、どんどん治っていくではないか。
回復魔法だ。
実際にかけられるのは生まれてはじめての体験だった。
あたりまえの話だけど。
女神はおれの手を治すとすぐに牢から出て、男に会釈をして帰っていった。
牢はすぐに閉じられて、牢番と思しき男もすぐに去っていった。
獄中にまた静寂がおとずれる。
だが、おれの胸はさっきから、うるさいほどに高鳴りっぱなしだった。
ここにきてから酷いめにばかり遭っているけれど……どうやら悪いことばっかりというわけでもないらしい。
女神降臨