優しい魔法入門
マリガンさんと一緒に船から降りると、さっそくおれは周囲を見渡した。
石畳の道路。
レンガ造りの町並み。
行き交う人々はみんな生気に満ちあふれている。
――素晴らしい!
ここが『マイラルの玄関』と呼ばれる港町レーリオか。
おい見ろよ! さっきからその辺を歩いてるやつら、ほとんど商人だぞ!?
さすがは商業国家! 他の大陸にモノを売りまくって繁栄してるだけのことはある!
しかも、どいつもこいつも目がキラキラしてやがる!
少しでも儲けてやろうって気概でみなぎってる!
いいねいいね! おれは魔法使いが第一候補だが、商人になるのも悪くない気がしてきた!
かつてのおれの目は、あんなにキラキラしてただろうか。
してた。
してたはず……だ。
だっておれはリア王だから。
あの世界のすべてを手に入れた男だから。
富も、
名誉も、
女も、
友だちも。
だがなぜだろう。
満ち足りていたはずのあの日々を思い出すたびに、おれの背中には悪寒が走るのだ。
もしこの世界に神さまがいて、戻れと命じられたらおれは戻るか?
口を開けば家を継げとしかいわない親の元に?
媚びを売ることとまたを開くことぐらいしか能のない女の元に?
おれのいうことにイエスとしか答えない機械のような友だちの元に?
――――戻るわけねえだろぉっ!!
戻らん!
戻らん!!
絶対に戻らん!!!
あそこにはもう二度と戻らない!
石にすがりついてでも、神さまを倒してでもおれはここにいる!
ここはおれの世界だ。
おれのための世界だ。
この世界を征服するために、おれは今ここにいるんだ。
町に着くとマリガンさんは、何か欲しいものはないかとたずねてきた。
就職(?)祝いに何か買ってくれるらしい。
マジかよマリガンさん。奴隷ごときにプレゼントとかお人好しすぎんだろ。
でもその申し出はすげえありがたい。おれは開口一番、
「魔法書!」
つーわけで今、おれは町外れにある古びた書店にいる。
ここはリグネイアから輸入された魔法書がたくさんおいてあるということだ。
魔法発祥の地リグネイアでは、今なお魔法の研究が盛んで、魔法使い養成学校なんてものもあるらしい。
すげえなリグネイア、一度は行ってみてえもんだ。
まっ、今のおれさまはぜんぜんそんなレベルじゃねえんだけどさ。
マリガンさんは素人ならこれがいいだろうと、一冊の魔法書を選んでおれに渡してくれた。
本はあまり厚くなく、表紙にはファンシーな魔法使いの少女の絵。その上には大きな文字でこう書かれていた。
『やさしいまほうにゅうもん』
それを見たとき、おれの背筋に衝撃が走った。
悪寒なんかじゃない。たとえるなら雷魔法に撃たれたような痺れる感覚だった。
でも、ぜんぜん嫌な感覚じゃない。むしろ心地よかった。
全身が戦慄いた。
胸の奥からこみ上げてくる熱いものを抑えることができなかった。
この気持ちを、なんと表現していいのかわからない。
ただただ、嬉しかった。
おれは、誰かにものをもらって、ここまで嬉しかったことがあっただろうか。
こんなチンケな児童書一冊が、どうしてこんなに輝いてみえるのだろうか。
わからない。
おれにはわからい。
もしかしたらおれは今、泣いているのかもしれない。
魔法書との出会い




