Re:ゼロから始める奴隷生活
今、おれは果てなき暗闇の中にいる。
すべてが混沌に包まれ何もない世界。
ここは、死後の世界なのだろうか。
死後の世界なんて信じちゃいなかったが、ホントにあったんだな。
まっ、異世界があるならそっちもあるか。
……なーんつってな。
さすがにそこまで頭がお花畑ってわけではない。
死後の世界なんてものが実際あるかどうかはともかく……今は、単に目をつぶっているだけだ。
つまりだ、おれは死ななかったってわけだ。
――当然!
おれは運命に選ばれし伝説の大魔導士(予定)だぞ!
後ろから刺されたぐらいで死ぬわけないだろ!
さてと……茶番はこのぐらいにして、そろそろ目をさまそうかな。
十分寝たし、さすがにもう眠くはない。
まぶたを開けると、そこには見慣れた鉄格子があった。
どうやらおれは牢獄に舞い戻ってきてしまったようだ。
だがこの牢獄、いつもとちょっと違う。
牢全体がガタンゴトンと細かく揺れているのだ。
牢の外は青空――じゃなくて黄緑色の空。
美しい草原にまっすぐに引かれた道が、どこまでも続いている。
賢いおれは現状をすぐに把握した。
シスター寮で衛兵に捕らえられたおれは、問題児としてどこかの奴隷商人に売り払われようとしている。
どうだ。だいたい当たってるだろ。つうかそれ以外に考えられん。
おい。
おいおい。
おいおいおいおい。
めちゃくちゃラッキーじゃん。
自分でいうのもなんだが、脱獄して神父の私有地に潜入するような犯罪者なんて殺処分が妥当よ?
それが職場を変えるだけで許してもらえるっていうんだから、実質無罪放免じゃん。
やっぱりおれって選ばれてるぅ~~~~っ!
……なんてな。
ホントはおれにだってわかってる。
ぜんぶイリーシャのはからいだってことぐらい。
腹の傷を治してくれたのもイリーシャだし、おれを殺さないよう頼んでくれたのもイリーシャだろう。
当然だ。彼女は世界で一番優しい女性だからな。
だったら、なんであのときおれを拒絶したんだろうな。
「……」
……。
…………。
………………そういや、おれ覆面してたわ。
自宅にいきなり覆面をかぶった男が侵入してきたら、そら強盗かなんかと思って悲鳴のひとつもあげるわ。
もしかしておれ、アホなんじゃね?
いやぁ~あっはっはっはっ! しっぱいしっぱい!
完璧超人のおれさまも、たまにはこういうやらかしをするわけよ!
でもそんな茶目っ気のあるところもおれのチャームポイントのひとつさ!
完璧なだけなんて人間としてつまんねーもんな!
あ~でも、笑ってるだけでもダメだなあ。
イリーシャにはちょっと悪いことをしてしまったなあ。
今度会ったら謝っとこう。
「……戻ってこれたらの話だけどな」
こんなことを考えている間も、おれを積んだ馬車はどんどん先に進んでいる。
ドナドナに出てくる子牛の気分をちょびっとだけ味わってるわけだが……いざ同じ立場になってみると悲しくもなんともないな。
さて、次はいったいどこで働かされるのかな。
イリーシャのもとから離れてしまうのは少し寂しいけど、出会いがあれば別れもあるもの。
富も人間関係もたいして積み上げちゃいない。
またゼロからはじめればいいさ。
ああ――新しい職場が今から楽しみだ。
第1章完結です




