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シスター寮侵入 その3

 ぶっちゃけた話、寮内には警備と呼べるようなものはなかった。


 衛兵に一度会ったかな? って程度。


 まるで城みたいな建物だがモノホンの城ってわけじゃないし、お偉いさんを護衛しているわけじゃないから警備が薄いのも当然か。

 それでも仕事はきちんとやるべきだと思うがね。



「とはいえ……最低限の備えぐらいはしているか」



 中央の尖塔を見上げながらおれは独りごちた。



 中央の塔の入り口にはきちんと鍵がかかっていた。

 面倒くさがってかけてないだろうと踏んでいたのでこれはちょっと意外。


 わざわざ部屋を隔離した甲斐があったってもんだ。

 こんなひたすら不便な住居、おれは絶対にお断りだがね。



 もしイリーシャがここに隔離されているんだとしたら……哀れだな。

 ボランティア同然の奴隷の世話役を買って出たのは本人の強い要望だったらしいが、おれが彼女の立場でもきっと同じことをいうだろうな。



 こんな場所、牢獄とたいして変わんねえよ。

 たとえ奴隷の世話だろうと外の空気が吸いてえわ。



 こいつは、おれが救ってやらねえとな。



 尖塔の窓からは光が漏れている。

 誰かがいるのは間違いない。



 おれは、さっきと同じ要領で投げ縄を塔に放り投げた。



 尖塔登りも二度めとなるとちょっとだけきついかな。

 ちょっとだけな。



 ――到着……っと!



 窓を蹴りあけて、おれは尖塔の中へと侵入する。

 さて、あたりかはずれか……。



 ……考えるまでもないか。



 尖塔の主は、はたしてイリーシャだった。

 やはり運命はおれを選んでいるってことだな。



 イリーシャはイスに腰かけて静かに読書をしていた。

 読書をしている彼女も美しい。実に美しい。ただただ美しい。

 彼女の美しさはとてもじゃないが形容できない。

 つまり彼女は美の化身なのだ。



 イリーシャは、窓から侵入してきたおれを認めると、目を皿のように丸くした。



 奴隷のはずのおれがこんな場所にいるんだからそりゃ驚くか。

 でも彼女は驚きはすれど拒絶はしまい。

 そんな性格だったらおれはここまで惚れてはいない。



 イリーシャは元孤児で、おれたち奴隷の境遇をよく理解してくれている。



 おれたちだって人間だ。

 おれたちだって生きている。

 身分なんて関係ない。

 おれと彼女の間に垣根なんかないはずだ。



 ――――なのに。



「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」



 イリーシャはおれを見た瞬間に悲鳴をあげたのだ。



 なぜ?

 なぜなんだイリーシャ?

 おれは君のことを助けにきたっていうのに?



 と、とにかくだ! 彼女の悲鳴を止めないと!!



 おれは本を捨てて逃げようとするイリーシャを慌てて捕まえるととっさに手で口を塞いだ。



 がりっ!



 鋭い痛みが右手に走り、おれは思わず口から手を離す!



 口を塞いだ手に噛みつかれたのだ。

 まさかあのイリーシャがこんな野蛮なマネを――そんなにおれのことが嫌いなのか!?



 だがそれでもイリーシャを逃がすわけにはいかない。

 おれは助けを呼ぼうとするイリーシャにふたたび襲いかかった。



 足を掴んでイリーシャを転ばせてそのうえに馬乗りになる。

 今度は噛まれないよう力を入れてしっかりと口を塞ぐ。


 落ち着けイリーシャ! 話ができねえだろうがよっ!





 ゴッ!





 今度は頭部を強い衝撃が襲う。

 頭から赤い血がしたたり落ち、おれのほほを濡らしているのがわかった。



 殴られたのだ。イリーシャに。



 何で殴られた?


 花瓶? 今、床の上に粉々になって散らばっている花瓶でか?

 あんな重いものでおれを容赦なく殴ったのか?



 なんで殴られた?


 おれとあんたはそんなに仲良しってわけじゃなかったけどさ……でも、ここまでするか?


 おれを拒絶するのか?

 おれを否定するのか?

 おれのことが嫌いなのか?



「ゆっ」





 ――――ゆるさんッッッ!!!





 おれはイリーシャの口から手を離すと、今度は彼女の細い首に手をかけた。



 そして――思いっきり首を締めあげるッ!!



 ゆるさん!

 ゆるさん!!

 ゆるさん!!!



 おれはイリーシャのことを信じてたのに!

 おれはイリーシャのことを愛してたのに!!



 このまま首を締めて気絶させてから外に運び出す。



 理由はわからんが、あんたはおれを拒絶した!

 弁明は盗賊のアジトで聞かせてもらおうかッッ!!!





 ドスッ!




 燃えるような痛み。



 次はどこだ?

 腹か? 腹なのか?



 腹から冷たくて硬いものが飛び出している。



 ――――剣だ。



 おれは後ろから剣で腹を貫かれたのだ。



 いったい誰だ?


 イリーシャではない。彼女はすでに泡を吹いているじゃないか。



 だったら、


 おれはゆっくりと後ろを振り向いた。



 そのまっ黒な鎧には見覚えがある。

 ロビンだ。こいつが悲鳴を聞きつけてイリーシャを助けるために部屋に飛び込んできたんだ。



「イリーシャから離れろ!」



 ロビンの鋭い蹴りがおれの横っぱらに叩き込まれる。

 これ以上腹は痛くならねえがプライドが傷つくぜ。



 ロビン、てめえ……イリーシャの警護を担当してやがったのか……ッ!



 だったらなんでわざわざ石切り場まで来た?

 いや、あの後に警護についたと考えるほうが妥当か!



 なんにせよ、てめえもゆるせねえ!

 今、この場でぶちころしてやる!



 だが、

 だが、

 だが、



 手に、足に、体に、力が入らねえ……ッ!



 どういうことだ、しっかりしろおれの体!

 てめえは腹に剣が刺さった程度で動けなくなるタマなのか!?

 これしきのことで動けなくなる程度の鍛え方をしたつもりはないぞ!!





 だが、どれだけ命じてもおれの体はろくに動かない。



 畜生! イリーシャはおろか、おまえまでおれを裏切るのか!?



 熱くなっていた体が急速に冷えてくるのを感じる。

 血と共に体からどんどん力が抜けていく。





 ――――――――死。





 おれは、しぬのか?



 ばかな、おれは未来の大魔法使いだぞ。



 選ばれし者なんだ。



 そんなこのおれがしぬわけがない。



 そうだこんなかすりきずでしぬはずがない。



 おれはまだなにもなしちゃいないんだ。





 う゛ぁんだるさん、あんたもこんなふうにしんでいったのか?





 ……いやだ。



 いやだ……しにたくない。



 しにたく……





 ………………



 …………



 ……










おしまい

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