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終わりなき旅の始まり


 気づけばおれは自分の部屋にいた。



 あまり記憶にないが、どうやら酔っぱらってそうとう暴れたようだな。

 半ば強制的に部屋に放り込まれたみてえだ。



 おいおい、しっかりしろよマサキ・リョウ。陽介の幻影なんぞに惑わされてどうする。

 おまえはこれから人類の規範になるべき立場だろうが。今後は素行も正していかねえといけねえ。不良じみた言葉遣いもそろそろNGだ。



 いや……もうマサキ・リョウじゃねえか。



 国際連合理事長、世界の王、リグネイア一の大貴族、リョウ・エト・カルヴァン。

 それがこれからのおれだ。



「そうだな。操り人形のおまえは、誰かから与えられた肩書きにすがるしかない」



 開け放たれた窓に腰かけた陽介が、またおれに語りかける。



 こいつ、まだ消えていなかったのか。

 もう正体はバレてんだからいい加減にしとけや。



「おまえ、赤川陽介じゃねえだろ?」


「ほう。では誰だと思う?」


「決まっている。このおれだ」



 ――正解。



 陽介の姿がぐにゃりと崩れて田中へと変わり、さらにおれそのものに変貌していく。



「そう、おれはおまえだ。おまえの心の闇、エゴそのものだ。おまえをリア王とするなら、さしずめおれは闇の王といったところかな」



 ふん、やはりそうか。

 てめえとは生まれた頃よりの長いつきあいになるな。



「で、今さら何の用だよ。てめえと戦うのはもう飽きたよ」


「用件は今も昔も変わらない。その体、いい加減おれに明け渡しな」



 おれはおまえでおまえはおれ。

 表裏一体なんだから明け渡すもクソもねえだろ。



「だからさ、さっきからずっと忠告してやってるだろ?

 いつまでもさ、人形みたいに無意味でくだらない人生を送っててどうするよ。

 そろそろおれに、闇の王に身を任せろよ」



 その結果、第二の赤川陽介の出来上がりってか?

 おれよ、あまりおれを舐めんじゃねえぞ!



「おれに任せときゃ、このエルメドラを最高におもしろおかしい修羅の国に変えてやるんだがな。おまえだってそのほうがうれしいだろ?」


「てめえの愉悦に世界を巻き込むんじゃねえよ。断固断る」


「無駄な抵抗はよせ。結局おまえは陽介の同類。何もかも解放して楽になるか、死んだように生きるか、答えなんてとっくの昔に出てるだろ?

 せっかく異世界に来たんだ。向こうじゃ絶対にやれないことをやろうぜ!」



 ……どうやらこいつとの長きに渡る因縁に、とうとう決着ケリをつける日が来たようだな。



「てめえにおれの体は渡さねえ! 世界の平和はおれが護る!」



 おれはベッドを蹴り上げ、闇の王に突撃する。



「捉えたぜ!」



 おれは闇の王の横面を一発ぶん殴ってから、こいつの首を両腕で思いっきり絞め上げてやる。



 今度こそ、おれはこいつの息の根を止める!



 何しろ相手はおれだ。

 良心の呵責を感じねえから、いっさい容赦する必要がねえ。

 呼吸困難で窒息するまで――いいや、首の骨をへし折ってころしてやるよッ!



 どうだ、苦しいか?

 苦しいだろ?

 今さら泣いて謝ってもぜったいに許してやらん!



 このまま、



 このまま無様にしねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!




 だが、おれの心からの願いが叶うことはなかった。




 闇の王にとどめを刺そうとした瞬間、あろうことか奴の首を絞めていた両腕が両断されたのだ。



 くそ……あと少しだったのに……ッ!




「おまえは一体何をしているんだ」




 目の前にアーデルの顔があった。



 窓から入ってきたのか?

 ここ二階だぞ?


 なんでイドグレスに居るはずのこいつがおれの部屋に……っていうか、せっかくいいところだったんだから邪魔すんなよ。



「もう一度聞く。おまえはいったい何をする気だったんだ?」



 何って、見りゃわかるだろ。

 おれはおれの内にいる闇の王にとどめを……。




 ……あ、あれ?




 なんで、おれはロープなんて握ってるんだ?




 これはおれさま自慢の盗賊七つ道具のひとつだろ。

 他人の家に忍び込むために使うもので、自宅で使う必要なんてまるでない。



 ていうかこのロープ、なんで窓の外に縛りつけられてるんだ?

 なんでロープの輪っかが、おれの首にかかってるんだ?

 おれは何をしようとしていたんだ?


 まるで意味がわからない。



「ひさしぶりにおまえに会いに来たら、突然首吊り自殺をしようとしてて驚いたぞ。俺が止めなきゃ死んでたところだ」



 おれが……自殺?



 馬鹿をいえ!

 イケメンでリア充なこのおれが、自殺なんてアホなことするわけねえだろ!

 そういうのは進退窮まった非リア野郎がするもんなんだよ!



 だからこれは、これは、その……何かの間違いだ。



 間違いであってくれ……。



「理事長就任の重責で潰れてしまわないかと心配していたが……あいかわらずシケたメンタルをしているな。やはり誘いに来て正解だったようだ」



 アーデルがクイっと親指を窓の外に向ける。



「さあ出かけるぞ」



 で、出かけるって……いったいどこに?



「もちろん旅にだ。おまえもつきあえ」




 はあああああああああああああああああああああああっ!?




「おれのスケジュールは一年先まで埋まってる! 旅に出る余裕なんてあるわけねえだろ! おまえだってそうだろ、ロイヤルズの仕事はどうした!?」


「ロイヤルズなら辞めてきた」




 はあああああああああああああああああああああああっ!?




「戦後ラザから『おまえみたいな雑魚はロイヤルズ失格だからとっとと辞めろ』といわれてな。その通りにしてやったよ」



 ラザってラザフォードのことか?

 辞めろっていわれてマジで辞めるなんてバッカじゃねえのおめえ!

 無責任にもほどがあるわ!

 



「残念だが、俺はおまえのように責任感の強い男ではなかったということだな」



 マジかよ……てっきり逆だとばっかり思ってたんだがなあ。



「今まではシグルスさまのためにと仕方なくロイヤルズをやっていたが、世界が平和になった以上はもう我慢しない。とりあえずはマイラルだな。あそこには色々とおもしろいものがあるそうだ」



 ちょ、ちょっと待て!


 百歩譲っておまえがロイヤルズを辞めて遊び歩くのはいい。

 だがおれはダメだぞ。

 おれにはやらなきゃならんことがたくさんあるんだ。

 理事長として世界を平和に導く義務があるんだ。

 死んだヴァンダルさんとそう約束したんだ。



「先ほどすべて放棄して死のうとしてたくせに」



 くっ……痛いところを……。



 何はともあれ、またおれは生き延びたのだ。

 生きている以上はやるべきことをやるだけだ。



「おまえももう、嫌々生きるのはやめにしたらどうだ? いい加減気づけ、ここは地獄なんかじゃないということに」



 わかってるさ。

 とっくの昔に理解している。

 ここが天国でも地獄でもないってことぐらい。



 おれも自由に生きて構わないってことぐらい。



 だが今さらおれが降りたら、おれの命令でくたばった兵士たちに顔向けできねえ。

 おれに期待をかけてくれる王や仲間たちを裏切ることになる。



 だいたいおれは、他にやりたいことがねえ。



 魔法使いになりたいって思ったこともあったけど、その夢はとっくの昔に断たれている。自由を得たからといって何かが始まるわけでもねえんだ。


 だから、おれは、せめてみんなのために生きようと……。



「面倒だな。無理やり連れて行くか」



 アーデルはおれを担ぎあげると、窓の外へと飛び降りた。



「アーデル、おまえ本気なのか!?」


「むろん本気だ。シグルスさまの承諾もすでに得ている」



 事前に主の承諾まで取っているとは、本当に本気なんだな。

 だが、おれはまだ……おまえの本気に応えられるほどの覚悟が決まってねえ。



「貴族も理事長もおまえには向いてない。向いていないことを無理してやる必要はどこにもない」


「……おれに向いてることって何だよ」


「だから、今からそれを探しに行くんだよ。おまえの『旅』は、まだ始まってすらいないのだからな」



 ……。



 ……そうかな。



 そうかも、しれないな。



「さあ目を覚ませ。おまえの名前をいってみろ。おまえはいったい何者だ!?」



 おれは……おれの名前は、リョウ。



 どこにでもいるちっぽけな奴隷のガキ、ただのマサキ・リョウだ。

 それ以上でも、それ以下でも……ねえ!



「ようやく思い出したようだな。後は自分の足で歩けるな?」



 市街地を駆け抜けたアーデルは人気のない雑木林の中まで来ると、担いでいたおれを無造作に放り投げた。



「痛ぇなおい! もっと優しく降ろせ!」


「調子が出てきたな。では旅を始めるぞ。おまえはどこに行きたい?」



 無茶ぶりすんじゃねえよ!

 最低一年は仕事漬けの予定だったんだ!

 いきなりどこに行きたいかと問われても、答えられるわけが……。



 ……。



「イリーシャに会いたい」



 そうだ、あの女性ひとに会いたい。

 初恋だったあの女性に。



 今さら彼女と男女の関係になりたいってわけじゃない。



 ただ、あの時のおれは色々とおかしかった。


 とても不思議な感覚だった。


 あんなに誰かに愛憎を持ったことも、あんなに死にたくないと思ったことも、初めての経験だった。



 今まで意図的に避けていたけど……彼女にもう一度会えたら、何かがわかるかもしれない。

 おれが生まれ変わるための、何かきっかけが…………。



「決まりだな。まずはゴルドバ大陸へと向かおう」



 アーデルが木に繋いであった馬に飛び乗り、後ろに乗れと促す。

 おれが乗ると馬はいななき、勢いよく闇の中を駆けだした。





 なあ田中……どうやらおれは、異世界に来ても何も変わってなかったみてえだ。



 ムカつく陽介をぶっころしてやっても、

 愛する世界を救ってみても、

 結局、何にも変わらなかった。



 残念だ。

 無念だ。

 屈辱だ。



 生まれ変わったと信じていただけに、なおさら強くそう想う。



 でも、たったひとつだけ。



 信じられる『本当の友だち』がいるってところが、昔とは違うんだぜ?



 それが誇りであり、救いであり、おれが陽介に唯一勝っているところさ。



 独りでは無理でも、二人なら乗り越えられる旅もある。

 だからおれはこれからも、友だちと一緒にこの世界であがき続けて行こうと思う。



 どれだけ醜かろうと、

 どれだけみっともなかろうと、


 あがいて、

 あがいて、

 あがいて、

 あがいて、


 やりたいことを見つけて、

 おれの中の悪意を消し去り、

 最期は満足して死んでみせる。



「おれの人生は最高に充実していた」



 いつの日か、おまえに胸をはってそういってみせるよ。



 だからその日までおれは旅を続けるよ。

 自分探しという名の終わりなき旅を。




飼育係です。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


マサキ・リョウの人生という名の旅はこれからも果てしなく続きますが

物語としてはここで一旦区切りをつけさせてもらいます。

彼が本当にやりたいことを見つけて幸せを手に入れるか。

それとも闇の王に取り込まれて新たな大魔王と化すか。

もしくはそのどちらも選べずに自殺するか。

それはまた別のお話ということです。


「なろうで書くなら異世界転生!」ということで書き始めた今作ですが

予想以上の長編になってしまいました。

五つの大陸を巡った後に三人の神と戦うわけですから長くなって当然なわけですが

多少駆け足ぎみとはいえ最後まで書ききれて良かったです。

次回作の予定は未定で、もしかしたらこれで筆を置くことになるかもしれませんが

もし戻ってきたときはまたあたたかく迎えてやってください(笑)


以上、ご意見ご感想いつでもウェルカムです^^

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