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底なしの絶望


「燃えるような怒りと激しい痛みの中でしか生を感じられない。それがおまえという人間だよマサキ・リョウ――いや、今はリョウ・エト・カルヴァンだったかな」



 おどけるような仕草を見せてから、陽介は侮蔑の笑みを浮かべる。



「理由はわかるかい? それは君が、本当の意味で生きていないからだ」



 ……落ち着け。


 赤川陽介は死んだはずだ。

 こいつは幻想だ。酒が入りすぎて酔っぱらったおれのな。

 だから、挑発に乗るのは無意味だ。



「尊大な態度に騙されがちだが、君には自分というものがない。いや、自分がないのを自覚してるから尊大な態度で誤魔化そうとしているんだ」



 いいや、違うね。

 おれさまはリア王。

 世界で一番偉い人間。

 エゴの塊よ。

 おまえの指摘は的外れだ。



「いや、それすらも他人から与えられたものか。常日頃から尊大に振る舞えと、肉親に教育されてきたのだろう?」



 そうだよ。

 おまえは日本の王だ。

 王は王らしく振る舞えと。

 そう教育されてきた。



 でも、だから何だ。

 それもまたおれの意志だ。

 本当に王だと思っていたから、そうしていただけだ。



「マジックの目には、おまえが突然偽善者になったように映ったようだが実は違う。

 おまえにはもともと善も悪もない。ただ与えられた役割をこなしているだけだ」



 悪役を任せられたら悪を演じる。

 英雄を任せられたら善を演じる。

 ただそれだけの魂なき人形だと陽介はいうのだ。



 見当違いにもほどがある。

 少なくともおれは、エルメドラに来てからは自分の運命は自分で選んできた。

 そのはずだ。



「何度もいおう。おまえは変わったのではない。変わったと思い込んでいるだけだ。周囲がおまえに望むものが変わったせいでな」



 日本にいたときのおれは、王の振る舞いを求められていた。

 だからおれは王として振る舞った。

 気に食わない者は容赦なく処罰した。



 今思えば処罰した相手が本当に気に食わなかったかどうかも怪しい。

 本当にただ、なんとなくだった。

 認めよう。確かにこの頃のおれは操り人形だといわれてもしかたない。



 だがエルメドラでのおれは、何も求められてはいなかったはずだ。

 おれがおれの意志で世界を救うと決めたはずだ。

 周囲はむしろ鼻で笑ってたはずだ。

 だから陽介の言葉はまったくの嘘でたらめだ。




 なのになぜだ!

 なぜこいつの言葉が、どうしようもなく正しい風に聞こえるんだ!?




「エルメドラは居心地が良かっただろ? 何しろ周囲はおまえのことなんか歯牙にもかけてなかったからな。だからおまえは日本の王でも何でもない。ただのマサキ・リョウでいられたんだ。

 でも、もうダメさ。今のおまえは世界の王、リョウ・エト・カルヴァンだ。肩書きがついちまったらつかの間の自由も終わり。所詮誰かの操り人形にすぎないおまえは、それに殉じる以外の生き方を知らない」




 黙れ!

 黙れ!!

 黙れ!!!

 黙れ!!!!



 おれは自由だ!


 どこにでも行ける!!


 何にでもなれる!!!




「皮肉なものだ、奴隷だった時期が精神的には一番自由だったとはな。今のおまえは哀れな世界の奴隷だよ。周囲の望む英雄を死ぬまで――否、死んでも続けるのだ」



 亡霊がぁ! てめえ今度こそ、この剣で叩き斬ってやる!



 ――……ちっ、剣がねえッ!



 当たり前か、親善大使が帯剣なんてできるわけねえもんな。

 ていうか最近、稽古以外で剣を握ったことがねえな。

 それどころか剣の稽古の回数自体が減っちまった。

 剣の稽古をしていると、近いうちに戦争でもする気なんじゃないかと取られかねないから、自主的に控えることにしたんだよな。



 どうしてこうなった?



 あの剣はおれの魂だったはずだ!

 いつだって肌身離さず持っていようと思っていたはずだ!

 それを奪ったグゥエンに死の報復をしてやったほどに!



 なのになぜだ!?

 おれはいつの間に剣を携帯しないことが日常になった!?

 自らの魂と共にいないっつうのは一体どういう了見だ!!?




 おれはもう、マサキ・リョウじゃないのか?




「かつての僕は君の事をラッキーマンだといったが……その発言は訂正させてもらおう」



 ああ、そうだな。

 おれは幸運の星の下になんか生まれついてやしない。



「君ほど不幸な男を、僕は生まれてこの方見たことがない。君は死なないんじゃなくて、死なせてもらえないんだな」



 薄々思ってた。

 もしこの世界に神が――ゴルドバみたいな偽者とは違う、本物の神がいたとしたら、おれはきっとそいつから嫌われている。



「僕との戦いで死んでいれば、君は世界のために戦ったという満足感を胸に抱いて逝けただろう。

 その前にも、死ぬ機会はいくらでもあったはずなのに、君はどうやっても死ねなかった。あれほど死にたいと願い自ら死地に向かうような選択を取っていたにも関わらず……これはもう一種の呪いだよ」



 ――こんな非科学的なことを科学者である僕がいうのも何だけどね。



 そういって陽介は肩をすくめて笑った。

 胸糞が悪くなるほどよこしまな笑みだった。



「同情するよリョウくん。君は本当に哀れな男だ。断言してもいい。これからの君の人生が充実することは決してない。社会の歯車として、神の操り人形として、己の意志をころして……いや、自らの意志すら持てずに踊り続けるのだ。この先に待つのはどんな谷底より深く暗い」





 絶望。




 ああ、そうか。

 こいつのいうとおりなのかもしれない。



 おれはイケメンでも、リア充でも、奴隷ですらない。

 ただの魂なき自動人形オートマタだ。




 そんなおれが、これから進むべき道は――――――――



その先にはもう、何もない

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