新たな牢獄
「あー疲れた」
社交パーティから帰ってきたおれは、ネクタイを緩めてソファに身を投げ出す。
おれ、やっぱこういうの超苦手。すげえ気疲れするもん。
隅っこで酒を飲んでるだけで玉の輿狙いの女がわんさか寄ってきてうざったいことこのうえない。やっぱおれは、戦場で戦ってるほうが性にあってるわ。
機人との戦いから今日でちょうど一年ぐらい経ったかな。
結局おれは、イルヴェスサの勧誘を断りきれずにカルヴァン家の一員となった。
今のおれの本名はリョウ・エト・カルヴァンだ。
元犯罪者を名家の血統に入れるとかちょっとどうかしてるよなあ。
イルヴェスサやアリンダさんはともかく、こいつらの我がままを承諾した他の連中も大概だわ。そんなおおらかさだからリグネイアで一二を争う家柄のくせに没落してると思われてたんだよ。
まあ、入籍しちまった以上、とやかくいってもしかたのねえ話。
これからは貴族としてぼつぼつやってくわ。
こいつらには色々と恩義があるしな。
……おっと、いけねえ。ソファでのんびりしてる暇はねえな。
おれは内ポケットから携帯ワイツを取り出してスネイクに連絡を入れる。
「リカルド商会との取引はどうなった?」
『決裂しました。すっかり平和になったこのご時世に、武器なんて需要がないって何度もいってるのに、それでもちょくちょく提携を持ちかけて来るもんだからホント困りますよ』
ちなみにスケープゴート商会の会長職も辞めたわけじゃねえ。
なかなか本部には戻れないが、今はワイツで指示を飛ばすことで運営している。
ちょっとしたネットビジネス感覚だ。
「なあスネイク、いい加減会長職を継いではくれないか?」
『スケープゴート商会はあなたの名前で持ってるようなものですよ。我々を路頭に迷わせるつもりですか?』
……だよなぁ。
目下急成長中とはいえ、まだまだスケープゴート商会は弱小組織。船を設計したヴァンダルさんや会員のミネアさんのためにも、もう少しおれが面倒見てやらんとな。
『そんなどうでもいいことより、また帰国志願者が集まりましたので、ウォーレン王に取り次いでいただけませんか?』
「どうでもいいって……ああわかった。明後日にはウォーレンに向かう」
ふむ、おれ発案の帰国ビジネスは順調みてえだな。
マジックさんが望郷の念を感じていたからイケると思っていたが大当たりだ。
人件費以外の出費がない上に、帰国者の全財産が丸々入ってくるもんだからボロ儲けなんだよなあ。帰国後の世話はゴルドバにやらせればいいし。
わっはっはっ。これぞまさしく現代の錬金術。マリィのショボい奴とは次元が違うぜ。
大陸間を行き来しなきゃいかんおれはちょっと大変だけどな。
あ、貧乏な志願者はちゃんと無償で送ってやってるからな。
もちろん旅費だってこっちで出してやってるよ。
いちおう名目はボランティアだからね。
そこまで金の亡者じゃないよ? いや、念のためね。
「おおリョウ、戻ってきてたか」
五王会議から戻ってきたイルヴェスサが元気いっぱいに声をかけてくる。
家を捨てて女と駆け落ちするような男が、今やリグネイアの代表のひとりだっていうんだから性質の悪いジョークだ。
「社交パーティとかもううんざり。これなら軍でしごかれてたほうがマシだわ」
「また空軍司令がやりたいのか? 評判よかったもんな」
次は下っ端でいいよ。
指揮官は何度か経験したが、人の生命を預かるのは柄じゃねえわ。
「ところでリョウ。実はな、今日の会議でおもしろいことが決まったんだ」
「なんだ? マイラル王が大通りで裸踊りでもするのか?」
「残念だがそこまでおもしろくはない。かねてより議題に挙がっていた『国際連合』がとうとう実現する運びとなった」
おおおお! そいつはグッドニュースじゃねえか!
現在は五王とその側近だけという少人数での談合だったが、これからは違う。
世界各国に無数に点在する小国、属国も発言権が得られるってわけか。
熱いな。おれも久々に胸が躍るぜ。
「国際連合は五大国を常任理事国として出発する予定なのだが、それとは別に参加国を取りまとめる理事長を一人、選出することになる」
理事長?
地球でいうところの国連事務総長みてえなものかな。
ほう、なかなかいいじゃないか。
で、その理事長はいったい誰なんだ?
「ここまで話してやってるのに鈍いな。正式な打診は後日になる予定だが……国際連合の初代理事長はリョウ、おまえしかいないだろ」
……はぁ?
「冗談だろ?」
「おまえ以外だったらおれが反発してるわ。もっともそんなことはなかったがね。
当然、満場一致でおまえに決定だよ」
おいおい、おれみたいなクソガキに世界の取りまとめを任せる気か?
おれの祖国じゃぜったいありえねえぞ。頭大丈夫かおまえら。いやわりとマジで。
「そもそもこの五王会議自体、おまえがいなけりゃ実現しなかったんだ。
今やおまえは誰もが認める英雄だ。このエルメドラを一つにまとめあげるのはおまえをおいて他にはいない」
へぇ、このおれさまが英雄ねえ。
……。
…………んん?
おれ、英雄になるようなこと、何かしたっけ?
エルセクトは連合軍が勝手に倒したよな?
敵のスフィアを撃墜したのはシグルスさんだよな?
陽介にとどめを刺したのもシグルスさんの魔力だし、おれはただそれを届けただけ。
しかもあいつが自分で火をつけて勝手に自滅したんだよなあ。
おれがやったことといえば、指揮官の仕事を放棄して敵の陣地に無謀な突入。
しかもほぼ無力だったという酷い有様だ。
やってることはギルバートとまったく同じ。
本来ならあいつと一緒に投獄されててもぜんぜんおかしくない。
ていうかおれが王ならそうしてるわ。
なのにこいつらときたら……何か盛大な勘違いをしてるとしか思えない。
まあ、今さら投獄されるのもあれなんで黙っとくけどさ。
おれの戦争犯罪の件もいつの間にかうやむやになってるし、勝てば官軍って格言は真実だよなホント。
「いちおういっとくけど、おれは引き受けるとは一言もいってねえぞ」
「わかってる。だが引き受けなければこの話はなかったことになるかもしれん」
なんでそうなる!?
「当たり前だろ。王たちはおまえとの縁ありきで共闘してたんだからな。おまえ以外の人間のいうことに耳を傾けるわけがない。特にウォーレン王なんて、おまえ以外の理事長就任など絶対に認めないと息巻いているよ」
あいつの洗脳まだ解けてねえのかよ!
もう一年経ったっていうのに……マジでヤバいなあの首輪。
封印して正解だったわ。
「あのゴルドバさまやシグルスだっておまえのことを認めている。もちろんおれだってそうだ。どれだけ広く世界を見渡しても、適任はおまえ以外にありえないんだよ」
む、むむむ……ただでさえ貴族と会長の二足のわらじで忙しいってのに、これ以上仕事が増えるのかよ。
いくらおれがリア充っつったって限度ってもんがあるぞ。
「……任期は?」
「ない。理事長という肩書きだが、事実上の世界の王だ」
おいおい、いくらなんでも責任が一人に集中しすぎだろ!
こんなシステムだと後々腐敗政治の温床になるぞ!
「おまえさ、よく自分のことをリア王だっていってただろ。
良かったじゃないか、これで自他共に認める正真正銘のリア王だ」
リア王――リアルの王。この世界の王……か。
まあ、そうだな。
確かにそうだ。
それがおれの望みだった。
そのはずだ。
だいたいおれが間に入らなきゃ、将来また王どもが暴走しそうで心配だ。
こいつらの手綱を握らせてもらえるっていうのなら悪くねえ話よ。
権力が一点集中しそうな現状のシステムは追々改憲していけばいいし、ヴァンダルさんと約束した世界平和の実現のためにも、ここは快く引き受けておくべきだろうな。
「まあ、しょうがねえか。ホントはこれ以上仕事は増やしたくねえんだけど、あんたらにゃ色々世話になったしな。調整役と雑務処理ぐらいやってるさ」
「助かるよ。リグネイアとしても本国出身者が初代理事長になるのは誇らしい話だ。きっとまた勲章がもらえるぞ」
いらねえよ。つうかまたかよ。
捨てられないゴミがひとつ増えるだけだわ。
「そうと決まれば善は急げ。さっそくオーネリアスに連絡を……あれ?」
……なんか体が重いな。
立ち上がった瞬間うっかりよろけちまった。
おかげでイルヴェスサに情けねえ姿を見せちまったな。
「仕事を増やしたおれがいうのも何だが、疲れているなら少し休んだほうがいいんじゃないか? おれも不良貴族だったし、そう無理する必要はない」
そうだな……お言葉に甘えて、今日はもう休むことにするわ。
明日は親善大使としてイドグレスに発たないといけねえし、疲れは残せねえ。
おれは気だるい体を引きずりながら、ベッドのある自室へと向かった。
やっとの思いで自室に戻ったおれは、バカでかいベッドの上にゴロンと横たわる。
体調が悪い。
確かに最近忙しいけど、そこまで激務というほどでもないはずだ。
イドグレスで不眠不休の研究をしてた頃のほうがよっぽど忙しかった。
にも関わらず、この鉛のような体の重さはなんだ?
おれも、もう歳なのかな?
んなわけねえよな。
おれはまだまだ若いし空手の訓練だって欠かしてはいない。
むしろ肉体的には二年前より強くなっているはずだ。
それなのに、なぜ……。
……考えてもしかたねえか。
幸い午後のパーティは事前に断っている。今夜は珍しく特に予定はない。
つまり寝れるだけ寝れるってわけよ。
疲れてる時には寝るに限る。寝れば翌日には元気いっぱいだ。
「世界の王……か」
おれは上半身を少しだけ起こすと、横に置いてあった写真立てを手に取る。
日本で幸子と一緒に楽しそうに笑っている田中の写真だ。
帰国ビジネスっていっても、ホントに地球に戻れるのか怪しむ人間は多い。
詐欺られて全財産を奪い取られてころされるかもしれないと疑う人間だっている。
そんな人間を安心させるために、祖国に戻った人間にはかならず写真を送ってもらう手はずになっている。
こいつはその中の一枚を焼き増ししてもらったものだ。
まあ、ちょっとしたお守りみてえなもんよ。
「田中、おれはとうとうここまで来たぜ」
経緯はともかくエルメドラ全人類の頂点。
世界を変えられる立場だ。
どうだすげえだろ。
ビックリしただろ。尊敬するだろ。
だがおれがおまえに相談したいのは、そういう話じゃねえんだ。
「でもさ、これっておれが本当にやりたかったことなのかな?」
そう、最初はそうだった。
おれを救ってくれたこの世界に何か恩返しがしてえって思ったから。
だけど、これ……いつまで続ければいいんだろう。
どこまでやれば、恩を返しきったっていえるんだろうな。
一年か? 五年か? 十年か?
それともそれ以上か?
生涯をかけて取り組まなければ、世界はおれを認めてくれねえのかな?
人類滅亡の驚異こそ去ったが、世界から厄介事が消えることはない。
だったら、世界平和のためには人生すべてを捧げる必要があるということだろうか。
おれの命はエルメドラからもらった。
エルメドラに生きる人々からもらった。
だったら世界のために、彼らのために生きることが、おれの道なのだろうか。
なあ田中、おまえはどう思う?
くすくす。
誰かの笑い声が聞こえた。
くすくす。
くすくすくすくす。
おれを蔑みあざ笑うかのような下卑た嘲笑だ。
いったい、どこから――――ッ!?
「やあリョウくん、ひさしぶり」
た、た、た、田中ァァ――――――――ッ!!!
おれの背後に!
おれの寝ているベッドの中に!!
帰国したはずの田中がいる!!!
「今日は君のことを馬鹿にしてやろうと思ってやってきたんだよ」
おお、落ち着け! こ、こいつは田中本人じゃねえ!
おれの内に潜んでいるダーク田中だ!
マイラルで論破されてヘコんで以来、ずっと引き篭もってたクセになんで今さらァ!
「君さぁ……マイラルで勇者になった僕のこと、何ていったか覚えているよね?」
ぎ、ぎぎぎぎぎィ! 貴様まさか……ッ!!
「僕はハッキリ覚えてるよ。勇者は『世界の奴隷』だって。ただ伝説になるためだけに生き続ける哀れな存在だって。
いわれたときは悔しかったよ。でも何もいい返せなかった。だってそれは間違うことなき真実だって心から思ってしまったもの」
おい馬鹿やめろ! それ以上いうんじゃねえ!
「だけどようやく反論できる。勇者を辞めて日本に戻った僕と、今の君相手ならね」
あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛。
「世界の奴隷? あははっ、それって君のことじゃないかぁ!!!!」
やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
放った言葉は自らの許へ




