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 吹き荒ぶ砂漠の熱い風を感じながら、おれはピラミッドの上からウォーレンの景色を一望する。



 ふむ、いつ見ても絶景だ。

 さすがはリア王誕生の地。すばらしい。

 強いて欠点をあげるとすれば暑苦しくて脳が灼けそうなことぐらいだな。


 だがそれもここにある魔法のクーラーボックスを開ければ解消!

 うーん、快適快適! ビバ魔法!



「……何をやってるんだおまえは」



 護衛のミチルが呆れ顔でやってきたので、



「ここにいると世界をこの手に掴んだ気分になれるんだ」



 と答えてやる。



「馬鹿と煙は高いところが好きだという格言は真実だったか」



 うるせーよ、馬鹿で上等だ。

 その馬鹿がおまえの濡れ衣を晴らしてここまで連れてきてやったんだ。ちっとは感謝しやがれ。



「濡れ衣を晴らしたというか、単に無罪放免扱いになっただけだがな」



 似たようなもんだろ。

 おれがウォーレンに便宜をはかってやったんだからな。

 ついでに闘技場の闘士登録もしといたから、いつでも存分に力を振るっていいぜ。

 もっとも、人外一歩手前のおまえの相手になるような奴はいねえだろうし、今さら戻ってもつまらんだけかもしれんけどな。



「で、何か用?」


「下を見ろよ。もうみんな着てるぞ」



 あ、やべえやべえ。もうそんな時間か。

 おれは転げ落ちるようにピラミッドを降りた。





 ピラミッドの下には、ウォーレン軍の誘導を受けた日本人たちが集まっていた。



「ようこそ、日本帰国便に!」



 そう、これがおれの最後のけじめ。

 ゴルドバに拉致られた日本人を元の世界に戻すことだ。



 ウォーレンの全面協力によって実現したこの日本帰国便。

 これが記念すべき初便となる予定だ。



「事前にお話した通り、この帰国便は片道となっておりますので、ご利用の際はよくお考えください!」



 初回帰国者は……八名か。意外と数が少ないな。



 まあ、世界に呼びかけて日が浅いからな。

 実績が出来て知名度が高まってくればジャンジャン来るに違いない。

 その度にゴルドバに転送させてやるからな。てめえの不始末なんだから嫌だとはいわせねえ。



 ていうか、八名の中に田中とシノさんがいねえのはどういうことだよ!



「改めて考えてみたんだけど……やっぱりやめときます」



 おずおずと手をあげてそういったのは石田幸子ことさっちゃんだ。

 なんでやねん。



「あんたイドグレスで死にかけて、さっさと帰りたいっていってたじゃねえか」


「そうなんですけど、田中くんがやっぱりここに残るっていうから」



 田中ぁ……あの野郎、てめえのために組んだ企画みてえなもんなんだぞっ!

 当事者が来ねえってどういう了見だよ!



「シノさんもメイドの仕事が楽しいから戻らないって。教師とか最初から向いてなかったっていってた」



 ま、まあ、シノさんは薄々そんな気がしてたよ。

 おれも日本に戻る気はねえし気持ちはわかる。あんまり強くはいえねえな。



 まずいな、さっちゃんが乗り気じゃないせいで他の帰国者も迷いが出始めてきたみてえだ。

 帰るかどうか迷うだけならまだしも、帰国時の安全性に疑問を持つ者まで出てきた。



 おいおい、記念すべき初便から企画倒れになるのは困るぞ。

 いつかはこれ、帰国ビジネスにまで発展させる予定なんだからさ。




 ……いや、いいだろ。ここで金儲けをするのは。




 この企画を立ち上げるのにも相応の金がかかってるし、最低でも元はとらねえと。

 本国に戻る連中にエルメドラの金は不要だし何の問題もないはずだ。



「……田中、どこにいるか知ってる?」


「さっきまで一緒にいたんだけど……」



 ちっ、ここまで着ておいて今さらビビんなよ!

 しかたねえ、探しに行くか!







 ――……ようやく見つけた。



 砂上から突きだした岩肌の陰に田中は丸まって座っていた。



「こんなところにいるとスナザメの餌になるぞ」



 おれが声をかけても田中は反応しない。

 オーネリアス軍を機人の驚異から救った勇者さまも、これじゃただの引き篭もりだな。



「いつまでビビッてんだ。心配しなくても安全性は保証されている」



 何しろゴルドバは天才科学者だからな。

 事故率考えたら車のほうがよほど危険なぐらいだぜ。



「いや、そういう話じゃないよ」


「長いこと異世界にいたから、こっちのほうが過ごしやすくなっちまったっていう気持ちはわかる。でも何だかんだいってやっぱ日本の生活のほうが快適だぜ。ネットやゲームだってあるしな」


「そういう話でもないよ」



 じゃあ、いったい何なんだよ。



「……決めた! 僕は、やっぱりリョウくんと一緒にここで生きる!」



 お、おいおい!

 唐突に何をいいだすんだおまえは!



「ずっと考えてた。僕がここに召喚されてきた理由を」


「そりゃおまえの魔法適正が高かったからだよ。ゴルドバが新たな人類の創造の一環としてだな……」


「違う。僕がここに召喚されてきたのは、君を護るためだったんだ。ゴルドバさんとは違う、もっと大きな意志によって僕は選ばれたんだ」



 だから運命論はやめろっつっただろ!

 口に出していうと変な人だと思われるぞ!



「神さまの意志なんざどうだっていい。おまえが帰りたいなら帰ればいいだけだ」


「前にもいったけど、これが僕の意志でもあるんだ!

 僕はこれからも君のために闘いたい! 一緒に連れて行ってくれよ!」



 ……ふぅん。



 やけに真面目くさった顔をしてたと思ったら、そんなことを考えてたのか。



 なるほどねえ。

 じゃあ、ちょっくらおれたちの関係を思い出させてやるか。



 おれは田中の髪を掴むと、顔面に思いっきり膝をくれてやった。



「な、何を……ッ!」



 さすがの勇者さまも今の不意打ちは効いたらしい。

 鼻血を出してやがるぜ、ざまあ。



「思い出したか? おまえにとっておれは不倶戴天の敵だということを」


「いや、僕はもう……」


「くどい! 共通の敵がいたから共闘していたが、それももうおしまいだ!」



 おれたちは未来永劫の宿敵!

 どちらか一方がこの世界から消え去るまで戦い続ける。それこそが運命だ!



「さっさとおれの世界エルメドラから消え失せろ。でなきゃここでもう一度おれと戦え。どちらかの死をもって決着としようや」



 おれは剣を引き抜き宣戦布告する。



 田中はおれの言葉に応じなかった。



 残念だよ田中。

 一年以上戦い続けても、てめえはやっぱり弱虫のままだ。

 とてもじゃないが、おれの隣りには立てやしねえよ。



「……結局、僕たちはわかりあえなかったのかな?」


「んなもん決まっている」



 とっくの昔にわかりあっている。



「その上でいわせてもらおう。おれとおまえは同じ世界では生きられない。おまえは本来あるべき場所に帰るべきだ」



 おれたちはわかりあえた。

 だからこそバレてんだよ。

 おまえがエルメドラにさして興味がないことぐらいな。



 未だに地図もろくに見れないことがその証拠。どうせ首都以外の町の名前も覚えてねえだろ。

 いや、こいつの場合は首都すら怪しいな。



 つうことで、さっさと去れ。

 この世界を愛さない奴に居座られても迷惑だ。

 これはお願いじゃねえ。この世界の王としての命令だ。



「……リョウくんにそこまでいわれたらしかたないね。日本に帰るしかないや」



 田中はゆらりと力なく立ち上がると、おれの横をすり抜けてピラミッドへと向かおうとした。



「おい、ちょっと待て」


「……なんだい? 命令には従うよ」


「だったら話は早い。帰る前におれを一発ぶん殴っていけ」



 田中がきょとんとした顔でおれを見つめる。



「さっきおれはてめえに膝を食らわせたからな、おれも殴られてそれであいこだ」


「いや……僕は、別にいいよ」


「おれがよくない。おれはな、おまえには絶対に貸しを作りたくないんだ」



 おれとおまえは宿命のライバル。

 あくまで対等の関係のはずだ。

 上にも下にも見させない。絶対にだ。



「ああ、そう。じゃあ行くよ」



 いうが早いか田中は、とんでもねえスピードでおれの顔面に拳を放り込んできやがった。



 ギリギリ後ろに飛んで威力を殺したが……危ねえなおい! 相手がおれじゃなかったら死んでるかもしれねえぞ!



「魔族も一発KOの勇者パンチなんだけど、リョウくんはさすがだね。

 そんな君に憧れて、強くなろうと努力したけど……やっぱりかなわないや」


「この勝負は引き分けってことにしといてやるよ。日本に帰ったら自慢しとけ」


「そうだね。一生の自慢にするよ」



 田中は微笑むとふたたびおれに背を向ける。



「リョウくんは不思議なひとだね。最初は恨みしか持ってなかったけど……今では感謝の言葉しか浮かんでこない。

 ――……ありがとう、本当に。君のおかげで僕は日本に帰れるよ」



 ふん、おまえもゴルドバと同じようなことをいうんだな。

 感謝の言葉なんぞもう聞き飽きたよ。



 だから、絶対にこっちを振り向くなよ。

 おまえの情けない泣き顔を見たら、おれも要らん感情を抱いてしまいそうだ。







 そして田中たちは、スフィアのゲートを潜ってエルメドラを去っていった。

 ゴルドバに元のボディに戻してもらった田中は、最後は笑顔でおれに別れを告げた。



 あばよ田中。

 おまえはおれの生涯の宿敵であり、そして――日本で唯一の親友ともだった。

 帰ったらせいぜい親孝行でもするんだな。



「これで、すべて終わりましたね」



 天を見上げて帰国者を見送るおれにウォーレンが声をかける。



「せっかくゴルドバ大陸に着たのですからゆっくりしていってください。すでに酒宴の用意ができております」


「……悪い。少し独りきりにしてくれねえかな」



 実は、まだすべてが終わったわけじゃねえんだ。

 最後のあいさつが残っていてな。

 埋め合わせは後日するから勘弁してくれや。

約束は果たされた

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