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神々の黄昏

 レギンフィアに到着した時には、すでに日が暮れていた。


 まっ更な台地になった山頂に、シグルスさんはゆっくりと翼を下ろす。

 とうぜん予想されていたことだが……イドグレスの決死の自爆により、レギンパレスは跡形もなく消し飛んでいた。



 とりあえず現在の状況が知りたいな。

 おれは非戦闘員を総動員して建造業務を行っていたゴルドバに声をかける。



「イドグレスの復活は可能か?」


「見たまんまだ。無理に決まってるだろう。何もかも一から造り直しだよ」



 ……だよな。


 あんたの超技術ならもしやと思ったけどさすがにないか。



「おそらく敵がシステムに侵入してきたのだろう。シグルスがいる以上、エルナの存続問題は発生しない。だからイドグレスも遠慮なく自爆したのだろうな」



 悲しいことをいうなよゴルドバ。

 全のために個が犠牲になるっていうのは確かに美しい話だけどさ、もうそういった美談はお腹いっぱいだ。

 もっとも、おれがイドグレスの立場でも自爆を選択しただろうけどな。



「イドグレスは己の我を通した。我はあのひとの子として誇りに思う」



 次は我が未来を繋ぐ番だとシグルスさんはいう。


 ふっ、放蕩息子もとうとう年貢の納め時ってやつかい。

 いやむしろ短いバカンスだったというべきか。

 何しろイドグレスが復活するまで、あのひとは大陸から出られなかったんだものな。



「それよりおまえ、途中で連合軍の指揮を放り投げていったいどこに行ってたんだ?」


「ああ、ちょっくら陽介をぶちのめしにね」



 ――陽介だと?


 その名を聞いたゴルドバが顔をしかめる。



 一応こいつには事情を説明しとかねえとな。

 こっちも色々と聞きたいことがあるし。







「陽介が人格を電子データにして生き延びていた……か。にわかには信じられない話だな」


「あんたの話も色々と聞かせてもらったよ。何でも地球に落とした小惑星を提供したのはあんたなんだってな」



 おれがじろりにらみつけるとゴルドバが肩をすくめる。

 事と次第によってはもう一発ぶん殴ってもいいかもしれねえな。



「その話を知っているとは、本当にあの陽介と会ってきたんだな」



 だから最初からそういってるだろ。疑り深いやつだ。



「あいつを処分したのか?」


「おれがシグルスさんと一緒にここにいるのがその答えだ」



 ゴルドバは大きく息を吐くと天を仰ぐ。



「私の家は結構な名家でね、スフィア建造の参考になればと思い提供したんだよ」


「そもそも何でスフィアなんてものを造ろうと思ったんだよ。最初から地球を脱出する算段があったとか思えん」


「鋭いな。スフィアは疲れきった地球から一度離れ、新たな惑星に移住する前の仮住まいとして陽介に頼んで製造してもらったものだ。いちおう設計にも関わっている」



 なんだ、やっぱり陽介と共犯じゃねえか。

 どうやら訳ありみてえだけどさ。



「平行世界の住民であるおまえにいってもピンと来ないかもしれないが、そんなことを検討しなければならないほど当時の地球環境は汚染されていたんだよ」


「それで地球そのものを破壊してちゃ世話ねえわ」


「ただの脅しだと思っていたのさ。さすがの陽介もそこまではやらないとタカをくくってね。だから、陽介が本気だと知った時は戦慄したよ」



 地球のために人類を進歩させるのだとばかり思っていた。

 だが真実はまったくの逆だった。

 陽介あれは人類を進歩させるために、地球を生け贄にする気だったのだとゴルドバは語る。



「小惑星も、人類にとって有益な活用方法をしてくれるものと思って渡したが……どうやら私には人を見る目がないらしい」


「陽介は、あんたが自分の考えに賛同してくれたと思ってたみてえだぞ」


「らしいな。私が真実に気づきあいつを始末しようとした時、裏切り者と罵られたよ」



 私にとって赤川陽介はヒーローだった。

 私にできないことでも陽介ならあっさりやってのけた。

 放つ言葉はすべてが真理だった。


 だから地球も人類の未来も簡単に救ってくれる。

 その大いなる才能で我々を導いてくれる。


 そう信じていた。



 ゴルドバの言葉は、あまりに悲痛だった。



 こいつは本気で陽介のことが好きだったんだと思った。



陽介ヒーローをこの手にかけた時、私の良心も一緒に死んだと思った。どれほどの非情も、神の如き傲慢さで平然でこなせると思った。だが残念なことに、やはり私はどこまで行ってもちっぽけな、ただの人間にすぎなかったようだ。

 怒りも、憎しみも、喜びも、悲しみも、失ったと思っていた愛さえ、友情さえ……すべての情が、今なおこの胸の内にある」



 ……そいつが聞けて安心した。



 もう一度、人としての教育を施してやろうと思ってたけど、そこまで自覚があるのならおれからはもう何もいうことがねえわ。



「契約満了だ。もう好きにしていいぜ」



 おれは隷属の首輪をはずしてやると、ゲートのロックの解除キーの入った魔導ディスクをくれてやった。



「いいのか。私はおまえに復讐するかもしれんぞ?」


「いつでも来いよ。あんたとの決着はまだついてねえしな」



 神々をぶちのめすこの旅の最後を飾るのは、世界の創造主たるあんたが一番ふさわしい。

 ここに来るまで間、ずっとそんなことを考えてた。



「なんなら今すぐにでもいいぜ」


「そうか。ではお言葉に甘えるとするか」



 夕焼けを背にしたゴルドバが、魔法を放つためゆっくりとその腕を上げる。

 それに応じておれは剣に手をかけた。



「……やめておくか。後ろの銀竜が黙ってはいないだろうしな」


「シグルスさんは手出ししねえよ。決闘に横やりを入れるほど無粋なひとじゃねえ」



 おれが振り向くとシグルスさんは一度、大きく翼をはためかせた。

 うげげっ、風圧だけでおれたちころされそう。



「手出しはしない。ただし仇は必ずとる」



 シグルスさんの言葉を聞いたゴルドバは大きな声で笑い出す。



「やはりやめておこう。ゼノギアを退けるほどの怪物と鎬を削りたくはない」


「ふん、下手な芝居はよせ。最初から復讐する気などまるでなかっただろうに」



 ――バレたか。



 ただの冗談だといってゴルドバは手を下ろした。



「おまえは本当に不思議な男だ。最初はあれほど憎んでいたはずなのに……今ではもう感謝の気持ちしかない。

 陽介の野望を阻止したこと、全人類を代表して礼を述べる」


「そういうのはおれの心に響かねえな。全人類の代表とか、あんたいったい何様だよ」


「そうだな。感謝しているのはあくまでこの私だ。

 ありがとうリョウ。この地でおまえに出会えて本当によかった」



 あんたもすっかり素直になっちまったな。

 そんなにストレートにいわれると照れるだろうが。



「ところでリョウ、陽介が生きていたことを陽子には告げるべきだろうか」


「いや、ソルティアには黙っておく。陽介本人はとっくの昔に死んでいて、イドグレスの中にいたのはただの電子データにすぎないからな」



 いってみりゃ赤川陽介の亡霊みてえなもんだ。

 わざわざ報告してもいらん悲しみを増やすだけさ。



「だったらこんな場所で話すべきではなかったな。陽子はすでにここに戻っているぞ」


「えっ、マジかよ」


「というか、こっちに向かって走ってきている」



 うわっ、マジだ!

 もしかして今の話聞かれちゃった!?



「おおリョウ、よくぞレギンパレスを奪還してくれたろ!」



 よし、まったく聞かれてないな。


 ふぅ……助かったぜ。



「今回は本当に助かったろ。これからはあたちも心を入れ替えて、世界のみんなと仲良くやっていくろぉ」


「そ、それはよかった。これからも、エルナの女神としてがんばってね」


「もちろんだぉ。イドグレスと一緒にがんばるろ!」



 悪ぃけどさ、イドグレスはもう……。



「ここにイドグレスの全人格のバックアップがあるから、レギンパレスが復旧したらすぐに再生できるろ!」




 えええええええええええええええええええええええええええっ!!!




「な……なんでそんなものをおまえが持ってるんだ?」


「イドグレスにもらったんらろ。今は戦時で、万が一のことがあるかもしれないから、常に用心はしておくべきだってぇ」



 そ、そうか。自分の中に何かしらの異物が存在していることを、イドグレスも薄々察していたんだな。

 それで事前にその対策を……やけくそではなく、きちんと備えた上での自爆だったんだな。


 これはお見事。陽介は一本取られたな。



「だってさ、シグルスさん」


「ふむ、どうやらもう少し放蕩息子でいられそうだ」



 いってシグルスさんはくつくつと笑う。



 よかったなシグルスさん。

 いや、よかったのはこのおれだ。



 どんな形であれ、イドグレスが生き延びてくれて本当によかった。

 感無量だ。おれは心から嬉しく思うよ。



 ……ソルティアも、陽介が生きていると知れたら嬉しかったのかな。



 たとえ娘のことを失敗作扱いする親でも。

 たとえ電子データだけの存在であったとしても。



 だとすればやはり、これはおれの罪だな。



「ソルティア……おまえも、もういいや」



 おれはソルティアの隷属の首輪をはずしてやる。

 こいつにもおれに復讐する権利があるから。



「これで晴れて自由の身だ。復讐なり何なり好きにするといい」


「ああ、そういえば首輪のことすっかり忘れてたろ。正直もうどうでもいいぉ。色々助けてもらったことだしのぅ」


「ソルティア、実はおれはな……」


「そんなことよりレイラの奴がカンカンじゃったぞ。あたちよりそっちを相手にしたほうがええんでないかえ?」



 げ、げげげげげげげげっ!



 指揮権を放り投げたことをまだ怒ってたのか!

 当たり前か!



「みんな! もうしわけねえがおれ、戦死したことにしてくれないか!?」



 畜生、全員こぞって首を横に振りやがる。

 こんな時だけおめーらやけに仲がいいなおい。



「あたち、ちょっとレイラを呼んでくるろ」


「ちょ、ちょっと待てぇっ!」



 くっそぉ……こうなったら、戦術的撤退だぁっ!





 だがおれの必死の逃走は無為に終わった。

 ゴルドバの魔法であっさり捕らえられたおれは、怒り心頭のレイラの前に差し出され、小うるさい説教を一時間近くも聞かされるハメになった。





「いい復讐になったな」


「まったくだろ」



 くっそ、てめぇら覚えてろよぉっ!


因果応報

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