旅は道連れ世は情け
気づけばおれは光の奔流の中にいた。
死んだ後は闇の中っていうのが定番だったから、今回はちょっと新鮮だわ。
ここが死後の世界――天国ってやつかね?
まさかおれが天国に逝けるなんてお釈迦さまでも思うまい。
それもこれも陽介をぶちのめしたおかげかな?
だとしたら陽介にも感謝しねえといけねえな。
にしても、ものの見事に何もねえな。
もしここで暮らすとなるとスッゲー暇そうだな。
となると天国っていうのもあまり良いところじゃないのかもしれねえ。
まっ、どうでもいいか。
おれはもう、やりたいことは全部やったんだ。
閃光のようにパァーっと生きて灰すら残さず燃え尽きた。
だから、何もなくていい。
それで満足だ。
「燃え尽きるのはまだ早い」
光の中で、何かが蠢いた。
この世界を照らす光の粒子が集まり、ひとつの像を形作る。
おれのよく知る白銀の竜の姿に。
「おまえには、この世界の行く末を見届ける義務があるはずだ」
――シグルスさん!
「よかった! 正気に戻って本当に良かった! てっきり魔王因子とかいうわけのわかんねえモノに飲み込まれて、邪竜になっちまったとばかり思ってた!」
「いや、確かに飲み込まれたよ。溢れんばかりの殺意と狂気にな。一時は本気で人類を滅ぼそうとも考えた」
だったらなんで!?
「おまえと、おまえからもらった魔導ディスクのおかげだ」
おれが苦心してまとめあげた研究成果。
情報が竜鱗の剣を通して伝わるおれの想いとリンクして、シグルスさんに人間を信じる心を蘇らせたという。
「人類を滅ぼすことに迷いはなかった。だが、そのことでおまえを悲しませるわけにはいかないと思った。だから我は正気に戻れた。己の宿業に打ち勝てた。
人類の未来は今、確かに人の手で切り拓かれた。マサキ・リョウ――――この勝負、おまえの勝ちだ」
そうか、届いてたんだな。
おれの想いは、あんたの心に。
あんたも、イドグレスも、創造主である陽介に負けなかった。
そしてこのおれも、陽介に負けてはいなかったんだな。
エルメドラにいるすべての人類の力で、傲慢なる世界の神をうち倒したんだ。
最後の最期に、最高の餞別をもらえた。
これで心おきなく逝けるってもんだ。
「シグルス・レギンの名にかけて、おまえはまだ死なせぬよ。
我が魔法は <破壊> と <再生> を司る。その力の一端、今ここに見せよう」
ありがてえ話だけど、もういいわ。
おれはもう充分生きた。
満足した。
最高の気分だ。
ここで終わるのが一番美しい。
これ以上は蛇足だわ。
仮にここで生き返ったとしたらこれで何度めだっつう話よ。
ちょっとした見苦しさすら感じるね。
天からおれを見てる神さまだって、いい加減死ねって思ってる頃だよ。
だから――――
「……」
気づけばおれは、エルメドラの緑空を眺めていた。
「どうやら、またまた死に損なっちまったみてえだ」
荒野のど真ん中で、おれは仰向けになったまま、シグルスさんにつぶやいた。
あそこで美しく終わらせてもらえなかったことに対する、ちょっとした文句だな。
「おまえに託した我が魔法 <ウロボロス> は、攻撃対象以外はすべて瞬時に再生させる。そう簡単に死ねると思ったら大間違いだ」
はぁ……つまり、魔法で陽介をふっ飛ばした後、再生したコントロールルームがあいつの代わりにおれをここに転送したってわけか。
なんでシグルスさんの場所に飛ぶつもりだったのかは知らんが、おそらくまたあのひとを洗脳しようともくろんでたんだろうな。
「あそこで死んでたらカッコいい最期だったんだがなぁ」
「なんだ。死んで伝説にでもなる気だったのか?」
「いや……そういうつもりはねえけどさ」
「ならば生きろ。そのほうがおまえらしい」
……そうだな。その通りだ。
どれだけ汚く醜かろうと、この地獄で這いずり回ると誓ったもんな。
美しく、カッコよく散るなんて、おれには似合わん。
泥臭く生きるほうがよほどおれらしい。
「背に乗れ。レギンパレスまで送ってやろう」
おれは意を決して立ち上がると、シグルスさんの背に飛び乗……れるわけないだろ!
いくらなんでも高すぎるっつうの! あんま無茶ぶりすんなって!
せめて魔法で移動させてくれよ!
「さあ、行くぞ。王の凱旋だ」
転移魔法で背中に移動させると、シグルスさんは力強く羽ばたき大空を舞った。
うひょーすげぇ迫力! 気持ちいい!
振り落とされそうでちょっぴり怖いけどな!
「リョウ、これからどうする?」
イドグレスまでの移動中、シグルスさんがおれにそんなことを訊く。
「わからん。やりたいことは大体やりきったし。とりあえず生き残った神どもを教育するぐらいかな。シグルスさん、あんたはどうするんだい?」
「できれば旅を続けたいのだがな。世界はまだまだ面白い謎に満ち溢れているからな」
いやいや、そういうわけにはいかねえだろ。
イドグレス亡き後はあんたがエルナたちを統率してかにゃならねえんだからさ。
「そういうおまえも、まだ戦後の後始末があるだろう? まさか国から兵を借りておいて、そのままドロンというわけにもいくまい」
くそ、痛ぇところ突いてきやがる。
はぁ……めんどくせえなぁ。
レギンパレスの大爆発に巻き込まれて死んだことになんねえかなぁ。
さすがに無理か。
「しょうがねえ。やるっきゃねえか」
あー、ギルバートがどうにかがんばっておれのことを失脚させてくんないかなぁ。
これも無理か。
あいつ命令違反した上にエルセクトにあっさり負けたもんな。
ちゃんと真面目に副官しててくれたらおれに報復できたのにな。
墓穴を掘りやがって、あのアホウが。
「シグルスさんも大変だな」
「ああ大変だ。だがおまえと一緒ならそれも悪くない」
ははっ、おれもあんたが頑張ってる姿を見たらやる気が出てくるだろうよ。
「旅は道連れ世は情け……ってか。まったくもってその通りだな」
「ふっ、似合わないことをいうようになった」
まあね。
今回ばかりは、おれも仲間と情の大切さを思い知ったからな。
……なあ、陽介。
おれはひとつだけ、おまえのことを認めている部分があるんだ。
それは一度たりとも『進化』という言葉を使わなかったことだ。
進化はあくまで変化であって成長とはいえねえからな。
おれたちが未来へと進むのに化ける必要はねえ。
どれだけ長い道のりだろうと、自らの足で歩き続けるのみだ。
おまえはおまえ自身が進歩したくて、人生という長い旅の道連れを求めた。
だけどおまえにゃ誰もついてこなかった。
だから、自分で作ろうと思ったんだな。
その気持ちは、痛いほど理解できるよ。
おまえのすべてを否定することは、今のおれにはできねえ。
でも、やっぱりそれはただの我がままだったと思うぜ。
こんなおれにだってたくさんの仲間ができたんだ。
あんたにだってきっとできたはずなんだ。
ほんの少しだけ物の見方を変えるだけでさ。
もっともそれができないからこそ『天才』なんて呼ばれて隔離されていたのだろう。
せめておれぐらいは、あんたの理解者になってやりたかったんだけどな。
旅は道連れ、世は情け。
これからのおれの旅は、エルメドラに生きる人類と共に在りたい。
独りでは長く険しい道も、仲間と一緒ならきっと乗り越えていける。
慌てて走る必要はない。
人類はそうやって、ゆっくりと前に進んでいけばいいんだ。
最終章『神々の黄昏編』完結しました
次回よりエピローグ『戦後編』が始まります




