最終決戦 その5
「ゼノギア……かつての僕の最高傑作だが、まさか自分の体として使うことになるとは思わなかったな」
しゃべりながら陽介がひとさし指をゆっくりとこちらに向ける。
――何かがヤバいッ!
危険を感じたおれはとっさに身を地に投げ出すと、陽介はパチンと指を鳴らした。
「ナイス回避。いい勘してる」
陽介が倒れたおれに再び指を向ける。
おれはすぐさま立ち上がり後ろへと飛んだ。
ビシィ!
コントロールルームのフロアに亀裂が入る。
「ふむ、さすがは僕が見込んだ英雄。この程度の攻撃では倒せんか」
床にぶち当たったおかげで攻撃の正体がハッキリと見えた。
攻撃方法は指そのものだ。
ものすげえスピードで指が伸びて、床を突き刺した後にすぐに引っ込みやがった。
「ははっ、おもしろいだろう? 指先ひとつで相手をダウンさせることを目的としたゼノギアのお茶目な攻撃機能のひとつだ。『ストレッチフィンガー』と名付けた」
ヤベえなあれ。
床の状況を見る限りそこまでの威力はねえみてえだが、それでも急所に食らえば致命傷になりかねない。
「君が負けた場合のペナルティを考えていたが……このゼノギアを野に放つというのはどうだろうか。いちおうまだ十数機ほどストックが残っているのでね」
「そんなにあるのなら、なんで最初からそれを人類軍に使わねえんだ?」
もしもシグルスさんと同時期に人類軍にもゼノギアをけしかけていたら、おれたちは敗北してたかもしれねえ。
「これでも僕はゲームバランスを考えるタイプでね。基本、勝ち目のない勝負っていうのは演出しない」
やっぱそうか。
こいつにとっちゃすべてがゲームなんだな。
ちっ、くだらねえ舐めプしやがって。
「だったらこの戦闘もちゃんと勝ち目を用意してあんのかよ」
「もちろん。何しろ僕はここでは派手に暴れることができない。コントロールルームを破壊するわけにはいかないからね。そして君の手にはすべてを切り裂くシグルスの剣がある。だからまあ、勝機はあるんじゃないかな」
こいつの発言はどこまで信用していいのかわかんねえな。
まあ、どのみちやるしかねえんだけどな。
「いちおうこいつは戦闘用でもあってね。様々な重火器や光学兵器を装備しているのだが、それらは一切使わないと約束しよう。ああ、もちろん化学兵器も使わないよ。毒殺なんて一番つまらないころしかただからね」
「まるで他の機人は戦闘用じゃねえっていいたげだな」
「当たり前だが違う。いちおう自衛のための武装はつけてあるが、機人計画はあくまで進歩した人類を創造するためのものだからね。ゼノギアはすべての面において完璧を目指して生み出されたロボットだから特別というだけだよ」
あ、そう。
つまりデンゼル程度でヒーヒーいってるこのおれに、勝ち目なんてほとんどないってことね。
まあ、それならそれで別にいいさ。
――――いつものことだしな!
おれは剣を引き抜きしゃがみ込み、地を這うように陽介めがけて突っ込む。
デンゼルの戦術、さっそくパクらせてもらうぜ。
「ふむ」
陽介の指がこちらに向けられる。
ストレッチフィンガーが来る!
「当たるかボケェ!」
放たれた指弾をおれはギリッギリのところで身を翻してかわす。
おれが体勢を低くしていれば攻撃には自然と角度がつく。
角度がつけばある程度は見切りやすくなる。
さらに指弾が床に刺さることにより、わずかながら戻るまでの隙が増える。
そして今の一撃で確信。
陽介自身はいっさいの訓練を受けていない戦闘のド素人だ。
動きも緩慢だし攻撃のタイミングも単調。
いかに文武両道の天才とはいえ百戦錬磨のおれの敵じゃねえ。
「おらぁ!」
おれは陽介の懐に潜り込むと、渾身の力で剣を振り上げた。
疾った剣は無防備に伸びたままの腕を捉えて切断する――はずだった。
「惜しい」
陽介の重たい蹴りが逆におれの胸を捉える。
とっさに後ろに飛んで威力をころしたが、また距離が開いてしまった。
確かにおれの剣は陽介の腕を捉えた。
だが斬れなかった。
逆におれの手が痺れてやがる。
「ああ、いい忘れていた。ゼノギアの装甲にはシグルスの鱗と同じ特殊合金を使っている。君程度の腕力で切断するのは少々難しいかもしれないな」
マジかよ畜生。
攻撃が通じねえとなると、いよいよ本格的にヤベえな。
「君も知ってのとおり、こいつは魔法にはとかく脆い。耐魔法コーティングがしてあるとはいえ、それを上回る強力な魔法をぶち込んでやれば装甲を抜くことも可能だ。
もっとも、そんな魔法を君が使えればの話だけどさ」
シグルスさんの剣は魔法の炎によって鍛え上げられた。田中の光魔法は斬り裂くことができなかった。
つまり奴を打倒するもっとも有効な手段は魔法ってことか。
ははっ、こりゃ魔法の才のねえおれには厳しい話だな。
「魔法――『メドラ』は、私と梧桐が共同開発した新エネルギー。人類の進歩を促進させるためものだったが……メドラをいっさい受けつけない君が、この晴れ舞台に立っているというのはとんだ皮肉だ」
陽介のひとさし指がギラリと閃いた。
瞬間――――おれの太股に鋭い痛みが走る!
「人間は性能だけがすべてではない。科学は万能の神に非ず。それを思い知らせてくれた君には感謝している」
いや、太股をえぐったのはひとさし指じゃねえ! 小指だ!
ひとさし指と同時に放ってきやがったから避けきれなかったッ!!
「だから僕は大魔王になるよ。人類の災厄となり、彼らに試練を与え続けるんだ。追いつめられた人間たちは、怒りと憎しみの中で思いもよらない進歩を遂げることだろう。
そう――――君のようにね」
なるほど、機械いじりに飽きたから、今度はおれみてえな怒りの権化を大量生産しようって腹積もりか。
ふざけんじゃねえッ!
おれみてえな人間が世界中に溢れたら、おれが憤死しちまうわ!
本人が保証してやる、そいつは考えられるかぎり最悪の世界だとな!
もちろん進歩なんぞとはほど遠い、未来にあるのはもちろん破滅だね!
「君は幾たびもの危機を知恵と勇気と強運で乗り越えてきた。だから、僕の与えるこの試練も同じように乗り越えてくれるものと信じているよ」
次に狙われたのは右肩だ。
かわしてえがこの足じゃどうにもならねえ。
「がァッ!」
右肩の肉が弾けるように吹き飛んだ。
えぐれた肩からおびただしい出血が流れる。
「魔法が使えないのならどうにかして装甲の隙間を狙うしかないね。僕には無理だろうけど君ならきっとできる。さあがんばれ、勝利は目前だ」
次は横っぱらだ。
決して深い傷じゃねえが、これ以上ダメージを受けると動けなくなる!
「人間には瀕死になった時に発動する力がある。火事場の馬鹿力というらしいが、僕はそういった人間の奇跡めいた力が見たいんだよ。運命に選ばれた君なら朝飯前だろ?」
必死に防御するものの、超高速で繰り出され続けるストレッチフィンガーを捌き続けるのは、おそらく人間には不可能だ。
「どうした? この程度でまいる君じゃないだろ!?
君は天に愛された男、リア王マサキ・リョウじゃないか!
君はこのエルメドラの真の勇者であり主人公だろ。主人公が大魔王に負けたらマンガは打ち切り決定だ。さあ、いつものように不可能を可能にしてみせてくれ!!」
どこかで玉砕覚悟の反撃に転じるしかねえが、刺された足がまともに動かねえ。
回復アイテムはもう手仕舞い。
まずい、まずいぜこいつは。
打つ手が、ねえ……ッ!
手も足もでない




