最終決戦 その3
エルセクトの破壊によって機能停止したスパイダを押しのけて、おれはコントロールルームへと向かう。
さすがにこの数は相手にできねえや。
エルセクトを破壊してくれた人類軍には感謝だな。
途中で職務放棄しちゃってゴメンね。
「……」
コントロールルームに向かう道中、おれの耳にはデンゼルの言葉が今なお残っていた。
旧人類は地球を汚す害獣。
機人こそ人類の新たな形。
その事実を受け入れ、古き者は滅ぶべき。
その辺はまあ、正直どうでもいい。
おれは思想家じゃないしな。
ついでにいえば博愛主義もない。
おれの心にひっかかっているのはこっちの台詞のほうだ。
『機人のエネルギー源は陽光』
この発言はおそらく事実だろう。
オルド遺跡にエネルギー源になりそうなものはまるで見つからなかったしな。
年中曇り空のイドグレスにだってまったく日の光が入ってこなかったわけじゃない。
エネルギーの備蓄だって可能だろう。
デンゼルやスパイダ程度の小型の機人を動かす分にはそこまで不思議じゃない。
小型ならな。
だったらさ、超大型機人であるエルセクト本体が動けたのはもしかして……聖煙を解除しちまったおれのせいか?
「……」
いやいや、考えすぎだろ。
きっと聖煙を解除しなくてもどうにかして動けたに違いない。
仮におれのせいだとしても、レギンフィアに誘い込んだおかげで敵の本体を討てたんだから結果オーライだろ。
うん……なんかこう、色々とゴメンね。
イドグレスが聖煙を吐き出し続けてた理由って、魔法対策に加えて機人対策っていうのもあるんだろうなぁたぶん。
あれって結構、自国防衛のためには有意義な機能だったんだなあ。
でも住民のことを考えたらいずれは解除はするべきだと思うから、その辺はあんまり謝りたくはねえんだけどさあ。
でもちょっとだけ時期尚早だったかなぁ……。
……まあいいか。
どうせ黙ってりゃ誰にもバレんだろ。
知らんぷりだ。知らんぷり。
仮にバレたとしても今から敵の根城を叩き潰してやりゃいい感じに誤魔化せるだろ。
ほら、こんなことを考えている内にもうコントロールルームにたどり着いたぞ。
室内の様子は他のスフィアとまったく同じ。
どうせシステムも他と一緒だろ?
だったら楽勝だ。さっさと自爆させておれだけ地上に戻ろう。
「驚いた。あのデンゼルを倒したか」
背後から声をかけられた。
この軽薄極まりないむかつく声――やっぱりここにいやがったか、赤川陽介!
「生身の人間が太刀打ちできる相手ではないはずだが、どうやらまた奇跡を起こしたようだね。すばらしい!」
「奇跡でも何でもねえよ。地上の連中がエルセクトを倒したせいで機能停止しちまっただけだ」
「なお更すばらしい! アレに勝てるとは人類もまだまだ捨てたもんじゃない!」
これは次の試練の突破にも期待できそうだと声を弾ませる。
試練試練と……神にでもなったつもりか?
いや、こいつの場合は大魔王か。
どちらにせよろくでもねえ野郎だ。生かしておく理由はねえな。
「あんたのご高説はもうお腹いっぱいだ。なんでそんなに人類の進歩に拘るのか知らねえけど、はた迷惑なんで消えてくれねえかな」
「そう思うなら排除してみせるといい。生まれ変わったこの僕をね」
コントロールルーム中央の床がパカリと開いた。
そんなところがハッチになってたなんて初めて知ったわ。
まあ、そんなことは今はどうでもいい。
問題はそこからせり上がってきた一体の機人だ。
蒼いマント。
きらびやかな貴族服。
そして豪奢な金の王冠。
――――ゼノギアか!
「こいつはゼノギアのオリジナル。デンゼルの言葉を借りるなら <機神> だ。有機ボディより若干不便だが今はしかたあるまい」
ゼノギアの声は明らかに陽介のもの。
なるほど、そいつがおまえの新しい体ってわけか。
「まったく呆れるわ。そんな鉄クズになってまで人類の進歩とやらに執着し続けるなんてな。天才さまはおれにはとても理解できねえ脳みそをしてらっしゃる」
「そんなことはない。むしろこの世界で唯一、君だけは理解してくれるはずだ。この僕の苦しみを。王の孤独を」
……。
……てめえも、おれの同類だっていいてえのか?
「かつての地球で、僕は人類の頂点に君臨していた。誰も僕に追いつけない。誰もが僕にひざまづく。故に理解者などいなかった。僕は孤独だった」
「てめえにゃゴルドバがいたじゃねえか」
「そうだな。梧桐は僕の理解者になってくれるかもしれない男だった。そう信じていた時期もあった。
でもあいつは土壇場になって僕を裏切った」
てめえが地球を滅ぼそうとしたからだろぉーがッ!!!
おれは剣を陽介に突きつけて叫ぶ。
「梧桐は賛同してくれていたのだよ。いずれ人類は地球を離れるべきだという僕の思想にね」
「地球を離れるのと地球をぶっ壊すのとじゃ天地の差があるわボケ!」
「地球を破壊した小惑星。あれは梧桐から譲り受けたものだったとしてもか?」
……何だと?
「当時の梧桐は人類に失望していた。人類はここ数百年間まるで進歩していない。ここが人類の終着点かと思うと、その閉塞感は遺憾ともし難かったという。
進歩を止めた生物は滅ぶしかない。ならばいっそのこと一度リセットして、最初からやり直してみたらどうだろうか?
――……それが本来の『エルメドラ計画』のはずだった」
はああああああああああああああっ!?
「だがあの男は突然、発言を撤回して僕に牙を剥いた。日本政府と連携し、僕を犯罪者として検挙しようと企んだ。
要するにビビッたんだよ。あいつもしょせんは哀れな旧人類にすぎなかったというわけだ。あんなのは友だちでも何でもない。僕の孤独は癒されないよ」
「…………」
陽介のこの発言、はたして真実なのか?
だとしたらゴルドバの野郎もとんだろくでなしだな。そんな事実は到底――
……よく考えたらあいつ、最初からろくでなしのクズだったわ。
だったら別にショックを受けるようなことでもないか。
隕石が迫り来る最中、陽介を始末してスフィアに避難できるとか、やけに手際がいいのもおかしな話。
共犯で最初から計画を知っていたと考えたほうがぜんぜん納得できるわ。
「梧桐はあれこれと偽善的なことを考えていたようだが、僕の思考はいたってシンプルだ。
友だちが欲しい。ただそれだけさ。
僕と同じ高みから、同じものを見て同じように感じられる、本当の友だちがね。
君だってそうだろ? 理解できないなんていわせないよ」
理解は、できるさ。
残念なことにな。
おれは激しい怒りの中、ずっと孤独で、慰めてくれる友だちを求め続けていた。
だからおれは友だちをたくさん作ったよ。
老若男女問わずね。
本当にたくさん、たくさん作ったんだ。
あまりに多すぎて名前も覚えられないぐらいに。
あいつらは、陽介のいうところの『本当の友だち』じゃなかったんだろうな。
おれがまともに名前を覚えていたのは、いじめてた田中ぐらいのもんだ。
結局、おれの心には怒りしか届かなかったっていうくだらない話さ。
だが不思議なことに、おれはこのエルメドラに来てから人の名前をほとんど忘れちゃいねえんだ。
ロギアやグゥエンみてえなムカつく奴はもちろんのこと、ミチルやマリィといった仲間や、ヴァンダルさん、マリガンさん、リリスお嬢さまといった恩人。果てはエドックみてえな知り合いレベルの名前まできちんと覚えてやがる。
ミクネのことはちょっと忘れかけたけど、それでも今ではキッチリ覚えているぜ。
なんでかな。
きっとここがおれの居場所だからだろうな。
エルメドラが、おれの魂の在処なんだろうな。
「哀れだな陽介。あまりに哀れだ。おまえの居場所は地球にはなかったんだな」
「そうだな。だから次こそは創造ってみせるよ。僕の居場所を」
天才らしい驕りきった発想だな。
他人を変えるんじゃねえ。自分を変えるべきなんだよ。
世界は外にあるんじゃねえ。てめえの内にあるもんだからな。
――おれがいっても説得力がねえかもしれねえけどなっ!
VS赤川陽介




