最終決戦 その1
エルメドラに浮かぶ三つの月は <スフィア> と呼ばれる人工惑星だ。
エルメドラの周辺をグルグル回っているから人工衛星と呼ぶべきかもしれない。
ゴルドバの支配するスフィアは『緑月』。
緑が大好きなあいつらしい緑色のスフィアだ。もちろん惑星内部にも緑がある。
ソルティアの支配するスフィアは『紅月』。
きっと名前が赤川だから赤色に塗ったんだろうな。なんつう安直な。
そして今、おれがいるスフィアはゼノギアの支配する『蒼月』。
これはただの勘だが――たぶん、地球をイメージしてるんじゃないかな。
ロボのゼノギアに望郷の念なんてあるわけねえから、これはデンゼルの趣味ってことになるな。
ふん……あいつは、陽介よりはマトモな感性の持ち主なのかもしれねえな。
そんなことを考えながら、おれは無重力化の廊下を飛ぶように進み、居住区へと向かう。
勝手知ったる我がスフィア。色が変わろうとも内部構造はまるで変わっちゃいねえ。
まっ、当たり前っちゃ当たり前の話なんだがな。
たどり着いた居住区は閑散としていた。
理論上は数百万人単位の人間を収容可能なのだが、他のスフィア同様ひとっ子独りいやしねえ。
とつぜん小惑星を落としたものだから、一部の科学者以外はスフィアへの退去もままならなかったのだ。
何が人類の進歩だ。
これじゃただの大量殺人じゃねえか。
まったくろくでもねえ科学者だよ。消えた地球も浮かばれねえ。
ついでだから地球の仇もとってやるさ。
おれが危険を承知でこのスフィアに乗り込んだ理由は二つ。
一つは連中をこれ以上のさばらせておくとまずいということ。
たとえエルセクトを倒し機人たちを撲滅させたとしても、あいつらが健在である限り戦いは終わらない。
それにこのスフィア内に居られるのもまずい。
基本移住用の人工惑星だが、自衛手段としての武装も当然あるはず。
機械オンチのソルティアはともかく、陽介を乗せたら何をしでかすかわかったもんじゃない。
もう一つは、まあ……いうまでもないだろう。
おれがムカついているからだッ!!!
それが最大の理由だ!
細々しい理屈なんざすべて後付けよ!
あいつらは必ずこのおれの手でころす!
ただそれだけだ!
怒りの中で戦ってきた。
たった独りで戦ってきた。
おれはおれがどうしても許せなかったから。
予感があるんだ。
おれよりムカつくこいつらを全員ぶちのめしたその時、おれはようやくこの怒りから完全に解放されるんじゃないかって。
おれはおれ自身を許せるようになるんじゃないかって。
怒りに支配されるだけの奴隷はもう嫌なんだ。
これを最後の戦いにするんだ。
そのためならおれは何だってするさ。
無人タクシーを利用すればコントロールルームまではあっという間だった。
――……変だな。
コントロールルームのゲート前でおれは考える。
いくらなんでもあっさりすぎる。
てっきり激しい妨害を予想してたのだが、スパイダの一機も出てきやがらねえ。
まあ、おれがついて来たことに気づいてないだけかもしれんがね。
だったら好都合。
このまま一気にコントロールルームを制圧して、スフィアもろともおまえらを葬ってやるよ。
さて、その前にゲートを開けねえとな。
さっそくゴルドバからもらったハッキングツルールを使って――――
「……ロックがかかってねえ」
おれが近づいた途端、ゲートはひとりでに開いた。
「馬鹿な野郎だ。鍵をかけるのを忘れてやがった」
……んなわけねぇか。
こいつはおれを誘ってやがるな。
いいぜ、いくらでも乗ってやる。
鬼が出るか蛇が出るか。
何が出ようがぶっ倒して前に進むだけよ。
ゲート内には案の定、陽介からの刺客が待っていた。
「まさカ、マジで追ってくるとは思いまでんでしたヨ」
デンゼルはおれを見るなりそういってこめかみにカギ爪をぐりぐりと押しつける。
「あなた頭、ダイジョーブですかァ?」
うっせーな。てめえにゃいわれたくねえよボケ。
「せっかくイドグレスが助けてくれたんですカら、おとなしくレギンパレスを脱出して連合軍と合流すれば良かったんですヨ」
「そしたらおれは助かったのか?」
「どうせ死ぬならお仲間と一緒のほうがイイでしょう?」
まっ、そう答えると思ってたよ。
「でも陽介さまにはころすなっていわれてるんですよねエ。だから守衛も出さずにここまで通してあげましたが……マッタクもって面倒でスぅ」
「なんだ、まだ仲間にすることをあきらめてなかったのか」
「みたいですねエ。イドグレスが自爆したところで戦況は何も変わらない。あなたにとびっきりの絶望を見せてやれば考えも変わるだろう……デスって」
ははっ、とんだ驕りだな。
果たして絶望するのはどちらかな?
「というわけデ、まずはあなたの体の自由を奪わせてもらいまス」
「まさかと思うが、おれの相手はあんたひとりか?」
「そうですけど。こっちの物資も有限。特にスフィア内は何かにつけてカツカツでね。ケチれるところはとことんケチりますよ」
「おいおい、いくらなんでも舐められたもんだな。てめえの実力は認めるが、たったひとりならおれにだって勝機はある」
「あ、それはナイんで心配しないでくださイ」
いうが早いかデンゼルは素早くおれの懐に潜り込む。
間髪入れずに鋭い手刀がのどもとめがけて飛んでくるが、おれは素早く抜いた剣の腹でギリギリ受け止めた。
「――ぐぅッ!」
だがその手刀は囮だった。
放った手刀がすぐに引かれたかと思うと今度は回し蹴りが飛んでくる。
とっさに腕で受けたが――――このままじゃ、骨が折れるッ!
おれは自ら飛ぶことで、デンゼルの回し蹴りの威力を緩和する。
おかげで肩を壁に思いっきりぶつけるハメになったがそこはご愛嬌だ。
「ネ、わかったデしょ? 私とあなたの間にある、圧倒的な戦力差ってヤツを」
「どーだか」
デンゼルが得意げに語るが、まだまだ勝負は始まったばかりだ。
知ってるか、おれはあのアーデルに勝った男だぜ?
あいつに比べりゃてめえなんぞモノの数でもねえよ。
だいたいてめえ、おれに一度負けてんじゃねえか。
奇跡を起こすのはおれの十八番。
ここでバラッバラに斬り裂いて、持ち運びしやすいサイズにしてからリサイクルに回してやるから、ちょっと待ってなッ!
VSデンゼル




