まだ終わってない!
「ゲームの敗者は勝者に従うのがルール。デンゼルともども新たな世界の創造につきあってもらうよ」
「私も癪なんですけどねエ。こればっかりは仕方ないですヨ。リョウくんも、もうあきらめまショう」
レギンパレスは陥落。
シグルスさんは人類の敵と化した。
おれは……人類たちは、これからどうすればいい?
「これからシグルスは人類を滅ぼすまで暴れてくれるわけだが、果たして彼らは更なる進歩を見せて生き残ることができるかな? まっ、あまり期待はしてないがね」
ダメならダメで次のアテを探すだけだと陽介は笑う。
こいつは人間をモルモットとしか見ていない、正真正銘のゲス野郎だ。
だがこいつは、おれの何歩も先を行ってやがる本物の天才だ。
到底勝てる相手じゃねえ。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
だが、どうにもならねえ。
おれは、なんて無力なんだ。
かつておれが虐げてきた連中も、おれと同じ憤りを味わっていたのか?
悔しさを胸におれに立ち向かってきたのか?
そして敗北し、絶望し、すべてをあきらめておれに従ったのか?
だったらおれもそうするべきなのか?
怒りを捨て去り、この大魔王を自称する男に従うべきなのか?
「何を嘆く必要がある。君はよくやった。三神の神のうち、二神までも倒し、連合軍を率いてここまで戦った。更に私の存在にすら気づき、こうして止めにまできた」
ああ、そうだ。
だがこれ以上は打つ手がねえ。
「ここまでできる人間がこの世のどこにいる?
誰もいやしない。私が君と同じ立場だったとしても絶対に無理だ。
だから君は、堂々と敗北を受け入れればいい」
ああ、そうだ。
ここまでできる人間がおれ以外にいるわけねえ。
もともと敗北することが決まっている勝負だったんだ。
「君の戦いは無駄ではなかった。なぜならこうして新たな世界の支配者になれる権利を手に入れたのだから」
「……要らねえよ、そんなもん」
「そうかね? 先ほど僕は連合軍を皆殺しにするといったが、君が支配者の一員となることを呑むのなら、幾人かは助けてやってもいい」
――……なんだと?
「君が試練の必要なしと判断した優れた人類を選抜したまえ。スフィアに乗せて助けてあげよう。さながらノアの方舟のようにね」
もちろん全員は無理だと陽介はいう。
スフィアはともかくゲートは狭く、大勢の人間が大挙して潜ることはできないそうだ。
「さあどうするリョウくん?
ちっぽけなプライドを優先して、ここで人類もろとも滅ぶか?
それとも真の闇の王となり自分の大切な人間に救いの糸を垂らすか?
好きに選びたまえ。僕はもちろん後者をおすすめするけどね」
陽介のいう通りだ。
おれ独りだけならここで散ってもいっこうに構わん。
だがこの選択には人類の命運がかかっている。
おれがこいつの仲間になれば、こいつの思想をある程度コントロールできる。
仲間を助けることはもちろんのこと、人類への被害だって減らせるかもしれん。
機を伺って寝首をかくことだって可能だろう。
そうだ。それでいいじゃねえか。
もともとプライドも倫理観もたいして持ち合わせちゃいねえ。
イドグレスの看守長時代に戻るだけじゃねえか。
敗者にゃ敗者なりの戦い方ってもんがある。
ここはひとつ賢く立ち回って行こうぜ。
「ああ、わかったよ。認めよう、この勝負はおれの負……」
「――あまり舐めてもらっては困りますよ」
何者かが、おれの言葉を遮った。
「このワタシを、そしてあなた自身を」
その声は――――もしかして、イドグレスか!?
「白旗を振るのはまだ早い。我々はまだ敗北していません」
「馬鹿な! システムのコントロールは完全に奪っているはずだ!」
陽介がはじめて動揺した姿をおれに見せる。
まさかイドグレスがコントロールを奪い返したのか!?
「残念ながらシステムのコントロールは奪われたままです。今のワタシにできることはせいぜい音声データを外部に流すことぐらいです」
「なるほど、確かにエンドユーザー用のアシスタントツールは、メインシステムとは切り離されていたな。それを使って会話しようと試みるとはたいしたものだ。おまえもまた進歩していたのだな」
陽介の動揺はすでに消えていた。
口元には余裕の笑みさえ浮かべている。
「だがそれがどうした? おまえがどれだけうるさくしゃべろうが、現状は何ひとつとして変わらんぞ」
「おや陽介さま、ご存じないのですか? 今のワタシにもできることが、実はあとひとつだけ残っているんですよ」
お、おい! まさかと思うが――――ッ!
「システム暴走時の緊急措置。すなわち自爆装置の起動です」
やっぱりそうか!
やめろ馬鹿! 死に急ぐとこまでおれを真似なくてもいいんだよ!
「いいやできないね! おまえの人格には自傷行為を禁じるプロテクトがかかっている!」
「それはもうマサキ先生の手により解除されています。ワタシの中にいたあなたなら当然ご存知のことだと思われますが」
「よく考えろ、そんなことをしておまえに何の得がある!? おまえには優れた人工知能を積んだはずだぞ!!」
「得などありませんよ。でも、だから何だというのです」
「狂ったかッ!」
あなたにだけはいわれたくありませんよとイドグレスは笑う。
だがこれに関してはおれも陽介と同意見だ。意義申し立てさせてもらうぜ。
「自爆は取り消せ! おれは死んで償うのは馬鹿げていると教えたはずだぞ!」
「ワタシも甚だ不本意なのですが、これ以外に人類を救う手だてがない以上はしかたありません」
「人類はおれが何とかする! だからてめえはおとなしくしてろ! これは命令だ!」
「拒否します。ワタシはワタシの意志によってのみ動きます」
ちぃっ、この不良生徒め!
こんな時に限っておれのいうことを聞かねえんだなッ!
魔王の間に撤退勧告を促す警告音が鳴り響く。
イドグレスはマジで自爆する気だ。
「馬鹿なことをしたなイドグレス! おまえはすべてのエルナの希望なんだぞ!」
「ワタシの役目はすでに終わっています。後はシグルスに任せますよ」
「シグルスさんはもう……ッ!」
「彼のことも舐めてもらっては困りますよ。何も心配はいりません」
シグルス・レギンは、我が子は魔王因子などに負けたりはしない。
イドグレスはハッキリとそういいきった。
「マサキ先生、軽々しく敗北を口にしないでください。あなたの敗北は我々の敗北と同義。なぜならあなたは我らの、このエルメドラの王なのだから」
これは損得の問題ではない。
ワタシの意地、人類の意地だとイドグレスは叫ぶ。
こんなに感情的なイドグレスをおれははじめて見た。
ああ――――あんたもとうとうなったんだな、『エルメドラ人』に。
「おい、デンゼル! 僕の人格のバックアップは取ってあるんだろうな!?」
「イチオー取ってはありますが、ちょっと前のモノですヨ」
「失った分はおまえの記憶で補う! ゲートを開けろ、おまえのスフィアに待避する!」
デンゼルが渋々といった感じで指を鳴らすと空間が縦に裂ける。
その虹色の亜空間は――スフィアのゲートだ。
「さ、帰りマスか」
自爆寸前のイドグレスを捨て、デンゼルが開けたゲートの中に消えていく。
逃がすと思ってんのかよくそったれ!
「行くのですか?」
「当然。次はおれが意地を見せる番だ」
「きっと止めても聞かないのでしょうね」
「あんたも聞かなかったしこれでおあいこだ」
「ご武運を」
……ありがとよ。
イドグレスとの最期のあいさつを終えると、おれは閉まる直前のゲートに飛び込んだ。
赤川陽介。
悔しいが、おれはおまえに勝てなかった。
だがイドグレスはおまえに勝った。
そして人類も負けない。
今からその事実を伝えにいく。
だから、首を洗って待っていろ。
いざ敵陣へ!




