悪い予感
ゴルドバ暦1045年10月13日。
人類連合と機人兵団は、ここレギンフィアにてついに激突した。
イドグレスの放った対地レーザーの網をくぐり抜け、レギンパレスを制圧するべく山内に侵入した機人兵を、ラザフォード率いる連合軍が迎え撃つ。
戦局はまったくの五分と五分だった。
最強のロイヤルズ、ラザフォードを中心とした魔王軍は、たとえ機人兵が相手であろうとその実力を遺憾なく発揮し敵を圧倒した。
だが他の部隊はそうはいかない。
機人兵は馬鹿正直に正道からしか来ないというわけではない。
持ち前の身体能力をフルに生かしてレギンフィアのあらゆる場所から侵入を試みようとするのだが……正直、そちらのほうの戦局が芳しくない。
敵の性能は圧倒的だ。
たとえエルメドラで強化されていたとしてもきついものはきつい。
特にオーネリアスの率いるアマゾネス部隊が危ない。
強力な竜鱗の剣を持っているとはいえ、それは一握りの精鋭だけ。
魔法という盾を持たない彼女たちは敵の魔法に対する対抗手段が乏しいのだ。
だが、それでもオーネリアスの担当戦域にこれ以上の戦力を割くわけにはいかない。
当然ながら一番の激戦区は正道。
今は圧倒しているが、敵の増援は次から次へとやって来る。
一時たりとも薄くするわけにはいかない。
「マサキ指令! オーネリアス軍に援軍を出すべきでは!?」
レイラの進言をおれは却下する。
確かに被害は甚大だが、まだ持たないというほどではない。
「ですが! これ以上の被害はオーネリアス軍に深刻なダメージが!」
「知ったことか。前にもいったが、てめえはおれの命令にイエスとだけいってりゃいいんだよ」
レイラがぎりぎりと歯ぎしりする。
自国の戦力が削がれるのがつらいのはわかるが、それでもおれは贔屓などしない。
向こうだってそれを望んではいないはずだ。
「マサキ指令はオーネリアスさまを見殺しにする気ですか!?」
「それ本人の前でいってみろよ。きっとはり倒されるぞ」
そう、オーネリアスはこの程度の逆境でまいるような人間じゃねえ。
だったらとっくの昔に魔王軍に蹂躙されてらぁ。
そして何より、
「オーネリアス軍には勇者田中がいる。何も心配はいらん」
あいつなら、勇者なら、きっとなんとかしてくれる。
危機を好機に変える。
絶望を希望に変える。
闇を光へと変える。
それが勇者の仕事だ。
それが勇者の使命だ。
それが勇者の意義だ。
そうでなければ勇者など要らん。
家に帰って美少女フィギュアでもいじってろ。
だから――キッチリこなしておれに報告しろや、田中ァ!
おれは部下からの戦況報告を受けながら、眼前に迫り来るエルセクトに目を向ける。
おれが正面戦力を薄くしない一番の理由がこいつだ。
レギンパレスから次々と放たれる高出力レーザー砲撃の雨あられ。
それを一身に受けてなおこの大蜘蛛はビクともしない。
イドグレスの力を持ってしても現状、足止めするのが精一杯なのだ。
もしもイドグレスの対エルセクト防衛ラインが突破されるようなら、こいつはおれたちで始末しなきゃならなくなる。
もちろんイドグレスは勝つ。
こんな蜘蛛ごときに遅れを取るなどありえない。
だが、万が一のことは考えておかねえといけねえからな。
「……」
やはりどうにも腑に落ちない。
こいつら……なんでわざわざイドグレスの復活を待って侵攻してきたんだ?
復讐だったら復活する前に叩き潰せばいいだけだろ。
シグルスさんがいたからか?
だが向こうにもゼノギアという切り札が存在していた。
わざわざ相手の戦力が整うまで待ってやる必要はない。
向こうも戦力が整っていなかったといってしまえばそれまでだが……くそっ! なんだこの違和感はッ!
つうかそもそもの原因はデンゼルだよ。
あいつがおかしな行動ばっかり取るからおれが要らん不安を抱えるハメになる。
あいつ、なんで女神を自軍に勧誘しようとしたんだ?
てめえらを潰した張本人だろうがよ。
てかなんでロンデリオンの牢獄にいたことがわかったんだ?
普通に考えたら魔王城にいるって考えるだろうがよ。
まったく狂人の行動はわけが、わかんなく……て…………。
「……あっ」
あ、ああ――ッ!
ま、まさかッ!
いやありえないだろ、そんなこと!!
だが、それならだいたいのつじつまが合う!
どうする!?
このことをゴルドバに相談してみるか?
だがあいつは現在、はさみ撃ちのための伏兵を指揮している最中だ。
この作戦は隠密。連絡を取り合うわけにはいかない。
つうかおれの馬鹿げた想像が真実なら、そんな悠長なことをやってる暇はねえ。
「イドグレスの攻撃が止まりました。どうやら冷却時間のようです」
いや、冷却時間には早すぎる。
これは、いよいよもって悪い予感が的中しそうな気配が漂ってきた。
「レイラ指揮を頼む! おれはイドグレスの様子を見てくる!」
「ええっ!? ちょ、ちょっとマサキ指令――――!」
おれはレイラの制止を振り切ってレギンパレスへと駆けだした。
全人員を戦線に投入したレギンパレスは閑散としていた。
聞こえてくるのはおれの足音だけだが、それがうるせえの何のって。
廊下は走っちゃダメだって教えられてたんだけどな、クソったれ。
馬鹿みてえに長い廊下を駆け抜けて、おれは魔王の間までたどり着く。
おれ専用に作ってもらったIDカードで電子ドアのロックを解除する。
おれの予想が間違っていなければ――いや、当たってなんかいねえ。頼むから外れていてくれ。
だが現実は非情だった。
やっぱりおれの勘は当たるんだ。
こういう悪い予感は特にな。
「おや、予想よりはるかに早イご到着。さすがはゴルドバが認めた男。お見事でス」
イドグレスの制御システムに腰かけていたデンゼルは、おれの姿を見ると快哉を叫んだ。
「へっ、さすがのおれさまもすぐには気づけなかったぜ。まさかここにてめえらのスフィアのゲートがあったとはなぁ……」
「おやおや、そこまで気づいているってことハ、もうぜんぶバレちゃってると思っていいみたいですネ」
チッ……何もかもぜんぶビンゴってわけか。
いつもなら得意がるところだが、今回ばかりはそうはいかねえ……ぜ。
「ここにいるんだろ。イドグレスじゃねえ、本物の <魔王> がさ」
「本物の魔王か、なかなかグッドな表現だね」
停止していた投影装置が稼働する。
だが映し出されたホログラフィは普段の黒竜ではない。
「ではこれからは『大魔王』とでも名乗ろうかな」
白衣を纏った痩躯の美男子。
知らねえ顔だが、こいつが何者かぐらいわざわざ名乗られなくともわかる。
「ようこそ勇者よ。わざわざ僕にころされにきたか……なんてね」
――――赤川陽介!
てめえ、生きてやがったのかッ!!
すべての元凶




