エルセクト
イドグレスの立体映像がデフォルトの黒竜から見覚えのある銀トカゲに変化する。
アーデルからの緊急連絡だ。
さすがはイドグレス。遠隔からの映像付き通信とは便利な機能持ってんな。
「すまない。不覚を取った」
といいつつ結構ピンピンしてんじゃねえか。
敗北したっつうから心配したってのによ。
「アーデル、そっちで何があったんだ?」
「リョウか。おまえがどうして魔王の間にいる?」
「質問してんのはこっちだ。一見すると敗北してるようには見えねえんだけど」
おれが安堵の笑みを浮かべると、アーデルはバツが悪そうに応える。
「我はな。だがミルフェルトが深手を負ってしまい、一時撤退を余儀なくさせられたのだ」
ミルフェルト――名前だけは知っている。
アーデル、ラザフォードに続く、ロイヤルズ最後の一席だ。
女とは思えぬほどの凄腕だとミチルから聞いているが……。
「ロイヤルズの一席に深手を負わせるなんて……一体どんな化け物だ?」
「我だ」
「は?」
「だから、我の魔法にミルを巻き込んでしまったのだ」
おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!
「人類の命運を分ける一大事に愉快なコントしてんじゃねぇっ! シバくぞ!」
「……」
「だから黙り込むなって!」
肝心な場面でアホやりやがったな、この魔法使われめぇ。
帰ってきたらラザフォードに土下座して謝れよオイ。
「言い訳はしないつもりでいたが、どうしても大魔法を使わざるをえなかったのだ。『アレ』が相手ではな」
言葉と同時に映像が切り替わる。
おそらくはアーデルの戦闘記録であろうその映像を観て、おれは驚愕した。
鋼の鎧に身を包んだ重歩兵――――その外見と無機質な動きから、おそらくはデンゼルと同タイプの機人だ。
問題はその数。
1、10、100、1000……って、数えられるわけねぇだろッ!
だがおれの目算では五千体前後ってところかな。たぶん万はないと思う。
いや、気休めにもならねえ話なんだけどさ。
「どうやらデンゼルのコピーのようだ。すでにここまで量産されているとは思いもよらなかった」
「おれが去った後にオルドを調べなかったのか!?」
「いや、入念に調査したつもりだったが……エルセクト同様、巧妙に隠蔽工作がなされていたようだ。すべては我の不覚だ」
アーデルが自責の念を漏らす。
この件に関してはおれも同罪だ。
あまり強くは責められない。
「この大部隊が全機、こっちに向かってるってことか」
「我の魔法で半数近くは消し飛ばした。だがそれでも驚異であることには変わりない」
「まさか、全員がデンゼル級ってことはないだろうな?」
「どうも思考に制限がかかっているようで、デンゼルほどの驚異は感じないが……性能的にはほぼ同等だと考えていい」
デンゼルと同じ性能を持った機人兵が約二千五百体……だとぉ!?
「我はミルの治療にあたる。回復次第合流する予定だが、それまでどうにか敵の猛攻をしのぐよう皆に伝えてくれ。では通信を切るぞ」
「ちょっと待て! そっちにはおれの仲間が向かってるはずなんだが、おまえ見てねえか!?」
「人間の部隊ならエルセクトに敗北してすでに逃走したぞ」
マ、マジかぁッ!
向こうにゃあのギルバートだっているのに、それでも負けるか。
確かに、にわかにゃ信じられねえ事態だな。
「どうやらあの大蜘蛛はイドグレスさまと同格の怪物のようだ。討伐の際にはロイヤルズ全員で当たる必要があるな」
すべての報告を終えるとアーデルは通信を切った。
予想外の事態に周囲は暫し沈黙する。
「エルセクトの相手はワタシがしましょう」
口火を切ったのはイドグレスだ。
確かにギルバート率いる疑似勇者部隊を一掃するような化け物相手には、同等の化け物を当てるしかないわけだが……。
「行けるのか? あんた復旧したてだろうに」
「ノープロブレム。こちらの防衛システムはすでにオールグリーン。向こうからやって来るのであればむしろ望むところです」
うへぇ、そいつぁありがてえ。
味方になった魔王は最高に頼りになるぜ。
だったらエルセクトはお任せしちゃおうかな。
「問題は護衛の機人兵たちですが……」
「そいつはもちろんおれたちがやる。あんたはエルセクトを倒すことに専念してくれ」
「……ありがとうございます。感謝の言葉もございません」
お礼をいいたいのはむしろこっちなんだけどな。
こいつらは本来、おれ独りでケジメをつけなきゃならねえ相手だったんだがね。
「出陣する際にはラザフォードをお使いください。彼はシグルスが最後に製造した最新鋭のエルナ。きっとお役に立てることと思います」
やっぱりまだ若造だったんだな。
まあ若けりゃ若いほど強いのがエルナだからいいんだけどさ。
「世界が平和になればエルナの生産を中止できる。シグルスもまたそれを望んでいるはず。そのためにワタシは戦うのです」
おれは魔族の存在を全面的に否定する気はねえ。
だが望まぬ人体改造を強要し戦争の道具にする。
それはやっぱり許せねえことだ。
いつかすべての魔族が人間に戻る日が来ることを期待してるぜ、イドグレス。
「意気込むのは結構だが真正面からアレとぶつかって勝てるのか? 奴ら機人兵はエルナの最盛期ですら苦戦した相手だ。おそらく現在は性能も向上している」
ゴルドバの言葉におれは眉をひそめる。
「正直、勝つのは厳しいと思っている」
デンゼル級の化け物が何千機も徒党を組んで襲ってくると考えると正直、震えが止まらん。
マリィのカードもおそらく通用しない。純粋な力と力の勝負になるだろう。
勝てる保証なんて何一つとしてない。
「何か策でもあるなら授けてくれねえかな」
「ない。せいぜいエルメドラの出力を上げる程度だ」
だったらとことんやりあうしかねえさ。
おれたち人間とあいつら機人、どっちが地上の覇者にふさわしいかを決めようぜ。
「軍人らの命は、今ここで使わせてもらう」
だが安心しろ。
てめえらの死を無駄にする気はねえ。
血の一滴、肉の一片すら人類の未来の礎にしてやるよ。
――――最終決戦だッ!!!
人類の存亡をかけた戦いが始まる




