ラザフォード
ゴルドバ暦1045年10月。
おそらく歴史に名を残すことはないスパイダ掃討作戦は開始された。
前回同様、魔王軍を先陣にしてレギンフィアに突入した連合軍は、前回の戦闘をはるかに上回る勢いで蜘蛛どもを駆逐していった。
今作戦における我が軍の人的被害は「0」。
圧勝だ。
戦争ではなく害虫駆除なのだから当然だがな。
「リグネイアではホムンクルスの兵団結成を計画しているが、きっとこれと似たような末路を辿るだろうな」
機能停止したスパイダに腰掛けたマリィが、本国はいつも金の無駄遣いばかりしていて困ると愚痴を垂れる。
あまりに楽勝で、すでに心は戦場に在らずといったところか。
「気を緩めるのはいいが、すぐに引き締めろよ。こんなのは前哨戦ですらねえ。おれたちが討つべき本当の敵は向こうにいるんだからな」
おれはオルドの方向を指さしていう。
エルセクト。
デンゼル。
そして―――― <機神> ゼノギア。
巨敵はまだ一機たりとも討ち取ってねえ。
戦いはまだ始まってすらいねえんだ。
今回の敗戦を知れば、エルセクトも対策を立ててくる。
次はこんな風に楽勝というわけにはいかねえ。
デンゼルもただ指をくわえて見てるだけってこたぁねえだろう
首尾よく連中を倒せても、まだゼノギアが残っている。
万が一シグルスさんが破れた場合はこいつとの死闘が待ち受けている。
全滅したってぜんぜん不思議じゃねえ。
――怖い。
おれは怖いよ。
おれの命令で多くの人命を失うことが恐ろしい。
だからこそ、独りですべての決着をつけたかった。
誰かを巻き込むことは極力避けたかった。
「くっ」
くくっ……なんだどうしたマサキ・リョウ。
おまえにできる悪事は田中をいじめる程度か?
おまえはその程度の小悪党だったのか?
違うだろ。
おまえは邪悪の化身、闇の王じゃないか。
笛吹き、踊らせ、ネズミどもを破滅に導く者だろうが。
ゴルドバもそれを承知でおれに指令を任せたはずだ。
いいぜ、やってやるさ。
この世界を守るためなら何だってやってやる。
こいつら全員、そのための生け贄に捧げてやるよ。
おれたち連合軍がレギンパレスに到着すると、さっそくロイヤルズの一席が出迎えてくれた。
「ソルティアから話は聞いてたけど……マジで来たんだ」
おれの背丈の半分しかない小柄のエルナは、くちゃくちゃ噛んでいたガムをペッと吐き出してから、見下し気味な口調で話し始めた。
「城の警備なんてオレだけでジューブンなんですけどぉ」
こいつがラザフォード・ロイヤル……だよな?
ラフなジャケットとジーパンという世界観無視なそのいでたち。
高貴さの欠片もねえんだけど。
「うわああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
護衛のために後ろに控えていた田中が悲鳴をあげている。
どうやらラザフォード本人で間違いないようだ。
「あ、勇者じゃん。ひさしぶり、またころされに来たんだ」
「た、助けてリョウくん! またころされる!」
護衛が護衛対象を盾にするなよ。
レイラが白い目で見てるぞ。
「実をいうと、あんたたちを助けに来たわけじゃねえんだ。こんな雑魚どもに天下のロイヤルズが負けるわけがねえしな」
実はそうとうヤバいと思って慌てて来たんだが、今はこいつの機嫌を損ねないよう耳障りのいいことをいっとこう。
「ふぅん、わかってるじゃん。じゃあ何しに来たの?」
「エルセクト――例の大蜘蛛を討つために力を貸してもらいてえんだ」
「それもオレらでやるからいいよ。そんな理由なら、さっさと帰ったら?
ていうかいい機会だし、おまえら全員ここでころしちゃおうかな」
ちょちょちょちょ、ちょっと待った!
女神さんにいわれただろ!? 今回はみんなで力をあわせようってさ!!
だから! その! フレンドリーに行こうぜ! なっ! なっ!
「まっ、ソルティアの頼みだからしゃーねえか。いいよ、力を貸してやる」
ありがてえありがてえ。
では遠慮なく力を借りさせてもらいます。
おい田中、気絶すんじゃねえ!
「あ、その前に一度イドグレスと会話させてくれねえかな」
「なんで?」
「連中がイドグレスを狙ったのには何か理由があるはず。まずはそれが知りたい」
「あんたさ、おれたちの仕事知ってていってるの?」
「もちろんだ。安心してくれ、おれとイドグレスはマブダチだ。嘘だと思うなら本人に直接聞いてみてくれ」
「はぁ? あんたいつどこでイドグレスと出会ったんだよ」
それはヒ・ミ・ツ♪
万が一バレたら即座にころされるだろうなあ。
「――……マジか。謁見許可が降りたぞ」
ラザフォードが独りごちるようにいう。
おそらく城内専用の通信アイテムがあるんだろう。
耳につけるタイプかな? なかなか便利そうだ。
「リョウなら大歓迎だとさ。いいぜ、入城しなよ。ただし――」
ラザフォードはおれの鼻先に爪を突きつける。
「――入城できるのはあんただけだ。護衛をつけることも許さない」
オーケイ、むしろ望むところだ。
独りのほうが気が楽だしな。
おれは部下たちに待機命令を下して、ラザフォードと一緒にひさしぶりのレギンパレスに足を踏み入れた。
あいかわらず殺風景な通路をおれはラザフォードと二人きりで歩く。
他の魔族たちは影も形も見あたらない。
いや、さっきちょっとだけ見かけたけど、すぐ逃げるように室内にひき籠もってしまった。
おめえら身内にすら恐れられてるのかよ。
「なあラザフォードさん」
「呼び捨てでいいよ。敬語を使われると会話がウザいんだよね」
「じゃあラザフォード。おまえ剣を持ってないけど本当にロイヤルズなのか?」
ロイヤルズは全員騎士だと聞いている。
でもこいつ、なんかぜんぜん騎士っぽくないし、もしかしたら影武者か何かなんじゃねえの?
「あんな棒きれ持ってて何か意味あるの?」
「棒きれって……敵に接近された時はどうすんだよ」
「魔法で対処すりゃいいじゃん」
「そんなことしたら自分も巻き込んじまうぞ。いちおう護身用として腰にさげておいたほうがいいんじゃ……」
おれが心配するとラザフォードはケラケラとガキのように笑った。
実際ガキなのかもしれん。
明らかに第二世代だし。
「あんたアーデルと同じこといってらぁ。もしかしてお友だちか何かかい?」
「鋭いな。おれとアーデルは親友だよ」
「そういう冗談はいいよ」
いや冗談じゃねえんだけど。
「剣なんてさ、必要になった時に出せばいいだけじゃね?」
次の瞬間――――おれの首筋に冷たい刃が突きつけられた。
「こうやってさ」
か……壁からいきなり無数の剣が突き出てきやがった……ッ!
というより壁を変化させて剣にしたのか?
こ、こんな魔法はじめてみる!
ていうかできたんだ。こんな曲芸じみたこと!
「わざわざ剣を携帯するのは魔法の制御もろくにできないハンパ者だけ。
この程度の芸当ができてはじめて『魔法使い』。
アーデルみたいなのは『魔法使われ』。
この違い、わかる?」
ヤベぇこいつ、めちゃくちゃつええぞ!
もしかしたらアーデルよりつええかもしれん!
こんなの相手にさせちゃってゴメンね田中くん!
「まっ、ころす気はないんで。安心しなよ」
ラザフォードが指をパチンとひとつ鳴らすと、おれの首を捉えていた剣がまるで煙のように消えた。
完璧な魔法制御だ。
これだけ見事だと反論できねーぞアーデル。
おまえマジで魔法に使われてたもんな。
……ていうかおまえ、今どこにいるんだ?
「名前が出たんで聞くけど……アーデルは今、どうしてるんだ?」
「あいつらだったら大蜘蛛退治に出かけたよ。オレは留守番」
な、なにぃ!
「気がはええな、おい!」
「ガキなんだよ、魔王が完全復活した途端にこのはしゃぎっぷりだもん。あいつらもオレみたいにもうちょっと大人になればいいのにね」
ガキに大人になれとかいわれてるぞアーデル。
でも反論できねえ。
今更だけどリグネイア軍は復活前に来てホント良かったな。
ロイヤルズがゲリラ戦術で襲ってくるとかとんでもない悪夢だわ。
「だったらすぐに援護に行かねえと!」
「ほっとけよ。どうせアーデルのクソ魔法に巻き込まれるのがオチだ。あいつは周辺の被害を無視して味方と連携さえ取らなきゃアホみたいに強いから。
もっとも、味方と連携が取れないっていうのは弱点としては致命的だけどな」
――頭も魔法も馬鹿みたいに固いんだよ、あいつ。
ラザフォードは肩をすくめてクスクスと笑い出す。
このガキ、態度は悪いがさっきから正論しかいわねえ。
実は一番まともなロイヤルズはこいつかもしれんな。
「それでもあんな蜘蛛ごときすぐに鉄クズにしちゃうだろうけどな。あっ着いたぜ」
認証カードを使ってラザフォードが魔王の間の電子ロックを解除する。
おれが魔王と謁見するのはこれで二度めだな。
「おひさしぶりですマサキ先生。ご無事で何よりです」
約一ヶ月ぶりに再会したイドグレスは、昔よりはるかに人間らしくなっていた。
男子たるもの三日会わなかったら刮目して見ろってなもんだ。
性別があるかどうか知らんけど。
「先生?」
ラザフォードが怪訝な顔つきをしてるが知らんぷりだ。
「あんたこそ無事で何よりだ。ちょっと見ない内にずいぶん流暢な言葉遣いになったもんだな」
「あれからずいぶんと勉強しましたから。ワタシは今までモノを知らなすぎました。もっともっと勉強しないと」
その機会を与えてくれたおれには感謝してもしきれないとイドグレスはいう。
そこまでありがたがられると、おれも気恥ずかしいんだけどな。
「ところでイドグレス、エルセクトの野郎に何かされなかったか?」
「いいえ。侵入してきたスパイダはすべてロイヤルズが片づけてくれましたから」
それを聞いて安心した。
つうか当たり前か。
「それじゃひとつ質問だ。なんであいつら、まっ先にあんたを襲ってきたんだ?
何か心当たりがあるようなら教えてくれ」
イドグレスはいつもは黒竜を表示させているホログラフィを砂時計に変化させる。
考え中だっていう意思表示か? よくわからん。
「動機は復讐かと思われます。かつて我らはオルドの機械文明を滅ぼしましたから」
「……おれには、どうもそれだけには思えねえんだがなあ」
「先生のような方には理解し難いとは思いますが、人というのは感情の動物ですから」
あいつら微妙に人とは違うと思うんだが。
だがまあ、いちおう人を名乗ってるし、感情的になる気持ちもわからんでもないか。
ていうか、まさかあんたから人の在り方を教わる日が来るとはなぁ……。
「皆がマサキ先生のような人格者であるといいのですけどね」
「おれを人格者なんていう物好きはあんたぐらいだよ」
「先生は立派な方ですよ。ただ態度で損をなされているだけです」
生徒の贔屓目だな。
ふっ、まあいいけどな。
おれは人を死地へと送る闇の王だが、あんたの前でだけはいい教師でいてやるか。
「ありがとよ。それだけ聞けば充分だ」
おれはイドグレスに礼をいってから、魔王の間を立ち去った。
…………おれの考えすぎか?
だといいんだが……イドグレスの話を聞いても、嫌な予感はまるで消えてねえ。
おれは直感でここまで生き延びてきたところがある。
こいつは無視するわけにはいかねえ。
仕方ない。
少し、ここに滞在させてもらうか。
嫌な予感は当たるもの




