侵攻
「……ッ!」
地下から脱出したおれは、焦げた肉の臭いにおもわず鼻を塞いだ。
刑務所内部はさながら地獄絵図だった。
デンゼルが無差別に暴れたのだろう。
電撃魔法で黒こげになった魔族や人間お死体がそこらかしこに転がっていた。
息のある人間を探してみたが、無駄な労力だとすぐ諦める。
何しろどうにか原型があるってだけの消し炭同然の状態なのだから。
生き残っている人間はまずいないだろう。
当然、その中には刑務所の管理者であるマリィも含まれていた。
警報が鳴って慌てて所長室から出てきたところをいきなりズドンだ。
さすがのマリィも不意打ちではどうにもならんか。
あいつの強さはアーデルが少し手を焼くレベルだからな。
「ざまあねえな師匠。実戦経験不足の頭でっかちじゃこんなもんか」
おれは焼死体になったマリィの前で最期の悪態をつく。
あんたは外道な魔道具ばっかつくってるイカレ錬金術師だったからな。
ろくな死に方はしねえと思ってたよ。
おれの計画に巻き込んだ形になっちまったが同情はしねえ。
兵士として戦場に出る以上、死はいつだって隣に転がっているもんだ。
「仇はかならずとる」
だが不思議なもんだ。
正体不明の怒りが次から次へと湧いてくるぜ。
まるでひと昔前の自分に戻ったみてえだ。
安心しなよマリィ。
機人どもにもろくな死に方はさせねえ。
特にデンゼルの野郎には最悪の死に様をプレゼントしてやるつもりだ。
錬金術ならきっとあんたの弟子たちが完成させてくれる。
だから……安らかにな。
おれは大きく見開いたままのマリィの瞼をそっと手で閉じて黙祷する。
外道錬金術師でも死ねば仏さまだ。
「……行くぞソルティア」
悪ぃがいつまでも祈っている時間はない。
デンゼルの野郎を追わねえといけねえからな。
地獄絵図は刑務所を出た後も継続していた。
町中のいたるところから人々の悲鳴がひっきりなしにあがり続ける。
理由は――『スパイダ』だ。
蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。
オルド遺跡に棲息していたあの鉄蜘蛛たちが、雲霞のごとく大挙して町民たちを襲っているのだ!
「なぜだッ!!」
おれは女性にのしかかったスパイダをぶった斬りながら考えを巡らせる。
デンゼルにせよスパイダにせよ、アーデルが魔法で遺跡ごと破壊したはずだ。
それがどうしてこんなピンピンしてやがるんだ。
……破壊した連中を再生させた存在がいるはずだ。
あいつらはいわば子機。どこかに『本機』がいる。
ゼノギアか、あるいはそれ以外の何か別の…………。
「あっ」
――ああッ!
何気なく視線をレギンフィアのほうに向けて、おれは驚愕した。
おれは見てしまった。
背中に遺跡を乗せたとてつもなく巨大な鉄蜘蛛が、レギンフィアにはりついているその様を。
「そっ、そういうことか……ッ!」
あの大蜘蛛が『エルセクト』本体なんだ!
オルドは町なんかじゃない。大型の移動要塞だったんだ!
まさか、アーデルの魔法ですら威力が足りていなかったとはなッ!
エルセクトが大量のスパイダを吐き出し、レギンパレスを侵略している。
狙いはおそらくイドグレスだろう。
あいつの復活を待っていたということは、その機能を取り込もうっていう腹積もりなのか?
ていうか、そんなことできるのか?
「そこんとこどうなんだソルティア!?」
「あたちはエンドユーザーだからよくわからんぇ」
変に小難しい単語使わねえで、ただ機械を使ってるだけの人間だと正直にいえ。
畜生、こんなのにすがらなきゃならねえとはおれも焼きが回ってきたのかもしれん。
「どうやら先手を取るつもりが取られちまったみてえだな」
こうしている今もスパイダは際限なく湧いてくる。
魔法騎兵隊が必死に対応してるが、いずれ収拾がつかなくなるのは明白だ。
この戦は――――おれたちの敗北だ。
絶望的な状況だが、まだ終わったわけじゃねえ。
おれがここで生きているかぎりまだ終わっちゃいねえ。
終わらせねえよ。
デンゼル、ゼノギア、首を洗って待っていろ!
貴様らの野望は、このおれがかならず挫くからなッ!
最終決戦




