狂人
「ソルティアさま、あなたのお父上は偉大な科学者でしタ。ですがたったひとつだけ思い違いをなされていたのですヨ」
おれの放った竜鱗の剣を楽々とかわしながらデンゼルは話を続ける。
「いや、正確には認めたくなかったというべきでしょうカ。
己の創造った機械が、すでに己自身を遙かに凌駕しているという事実ヲ!」
――ちぃ! やはり強い!
アーデルほどじゃねえが、それでもおれの手に負える相手ではないかもしれん。
それでもやるしかねえけどな!
「だからあのヒトは焦っタ。人が機械に負けてなるものかト。人類の更なる進歩を望んだ。地球をぶっ壊してまでネ」
ははっ! なるほど確かに狂人だなッ!
おれにゃ毛ほども理解できねえわ!
もちろん、おめえら全員なッッ!!!
「ワタシのように受け入れてしまえば良かったんですヨ。どれだけ優秀だろうと、人ごときが機械に勝てるワケがナイ。新たな世界の創造は、自らの御子である <機神> ゼノギアさまに委ねればよかったのデス」
「機械っつのはな、人間の便利な生活のためにあるのよ。逆に機械に便利に使われてどうすんだよ!」
「そこがダメなんですヨ。新しき存在が古き存在を越えていク。それを喜びと思わぬ愚か者に、未来を語る資格はありませン」
けっ、珍しく同意できる意見だな。
確かにおまえのいうとおり、それが人の進歩ってもんだ。
第一世代のノーティラスより第二世代のアーデルのほうが強いし、新型のシグルスさんのほうが旧型のイドグレスより高性能だろう。田中だって歴代勇者の中でも最強だというしな。
そこんところを否定する気はさらさらねえ。
「古き人類が淘汰され、優れた機人が新たな時代を築く。それは自然の理なのデス」
だがなァ! 古きモノがあるからこそ新しきモノがあるんだよッ!
アーデルがノーティラスのことを軽んじたことはねえッ!
シグルスさんはイドグレスと敵対することを最後まで拒否したッ!!
新しきモノもまた古きモノに敬意を払うべきなんだよッ!!!
これは決してただの感情論なんかじゃねえ。
古きモノからもまた学べることがある。
シグルスさんが考古学を愛する理由だ。
おれも考古学のおかげでここまで来ることができた。
神を倒し進み続けることができた。
『温故知新』
ガキでも知ってる当然の理だ。
人類の進歩にゃ必要不可欠よ。
「デンゼル、てめえのやろうとしていることはただの可能性の排除にすぎない」
そんなことすらわからねえてめえにこそ未来を語る資格はねえよ。
行き着く先にあるのは両者の破滅だけだ。
「だからてめえはここでまた――おれがぶちころすッ!」
おれは振り下ろした剣を途中で止め、フェンシングのように前に突き出した。
「――――ッ! あいかわらず、やりますねェ」
ちっ、外したか。
だが後退させることには成功させたぞ。
秘剣『無月』モドキ。
アーデルの技をちょっとパクってみたが、なかなかどうしてシックリくるぜ。
よくよく考えてみたらハイリスクローリターンで上等じゃん。
むしろなんで今までハイリターンを望んでたのかよくわからん。
まだおれの中にも変な欲があるみてえだな。
よし決めた。これからはおれも突きを愛用しよう。
「まっ、アナタとは最初からわかりあえるとは思ってませんかラ。別にいーですヨ」
デンゼルの手のひらがこちらに向く。
――電撃魔法か!
おれは危険を察知して素早く剣を床に突き立てた。
放たれた電撃は竜鱗の剣を伝い地面へと逃げていく。
雷の魔法使いとは何かと縁があってな。
とうぜん対策も万全だ。
だが……デンゼルの野郎はまるで意に介しちゃいねえ。
おれなんぞ驚異に値しないといわんばかりにソルティアのほうに顔を向ける。
「でもアナタはどうですか? ソルティアさま」
戦闘中にも関わらず、デンゼルはいきなりその場で膝をついた。
「本日はあなたをお迎えにあがりましタ。亡き父上に代わり、新たな人類の礎となりませんカ?」
こいつは千載一遇の好機だぜ!
アホはさっさとくたばりな……ってあれ?
ヤ、ヤベエ! 体が痺れて動かねえぞ!
電撃の余波だけでこれか!
見かけによらずとんでもねえ威力だ!
「姉君であるあなたになら、ゼノギアさまもさぞ素晴らしいボディを用意してくれることでショウ。ワタシの上司になるかもしれませんのデ、敬意を示させていただきマス」
「それは……あたちにも機人になれ、ということかぇ?」
「イエス。機人は快適ですヨ。とうぜん体の頑強さは保証しますし、脳改造による性能の強化だっていたしまス。いっさいの悩み苦しみから解放され、生まれ変わった気分に――いえ、実際に生まれ変わるのデス」
「い、いや、さすがにそれはちょっと……」
さすがのソルティアも引いてるか。
そりゃそうだ。好き好んであんな機械仕掛けの化けモンにはなりたくねえわ。
エルメドラ全人類をは虫類に変えようとしたクソガキだが、自分のことに関してだけはまともなんだよな。
「もうしわけないが、もう帰ってくれないかのう」
「何故! 実の弟が待っているのニ……弟がかわいくないのですカ?」
「いや弟じゃないから。機械を愛するのはあたちには無理らから」
「なんという冷えきった姉弟関係! ワタシ、心をひどく痛めましタ!」
よくもまあぬけぬけと。
てめえのような狂人に人の心なんてあるのかよ。
「帰れといわれたからには帰りますガ……くれぐれも後悔なさらぬようニ」
デンゼルはガックリと肩を落とすと、痺れて動けなくなったおれに一瞥すらくれずに本当に帰ってしまった。
助かった、が……あの野郎、いったい何考えてるのかマジでわかんねえよ。
「なっ、あたちのいったとおりの狂人だったろ?」
「おめえもあいつと同じようなことをやろうとした自覚がねえのか?」
「あたちのやろうとしていることは変化であって淘汰ではないのら。ちゃんと人らしい生活を営んでるここの住民を見ればわかるらろ?」
詭弁はやめろ。
エルナだってなりたくてああなったわけじゃねえだろ。
まあ……それでもデンゼルに比べりゃちょっぴりマシか。
ほんのちょっぴりだけな。
「なあ、そろそろ独房から出してくれんか? デンゼルが動いているとなると嫌な予感がしてならん」
「自分が嫌なことを他人に強要しないと約束できるなら出してやる」
轟音と共に地面が大きく揺らいだのはその時だった。
「地震か!?」
「こ、こわいいぃ! はよ出して! はよ出してよぅ!」
嫌な予感か……奇遇だなソルティア。
おれもさっきから悪寒が収まらねえよっ!
「ちっ、しかたねえか!」
おれは竜鱗の剣で独房の鉄格子を叩き斬り、ソルティアを外に解放してやる。
隷属の首輪をつけている以上、解放しても好き勝手はできねえしな。
「解放した以上は役に立ってもらうぞ!」
「わかったろぅ。おまえに従うぞぅ」
ホントかよこいつぅ。
だがここは信じるしかねえか。
おれの予感が的中したとしたら、こいつの力だって借りなきゃならねえ非常事態だ。
エルメドラにいる全人類の叡智を集結してでも食い止めなきゃならねぇ!
機人デンゼル――そして機神ゼノギアの狂った野望をなッ!
狂人の野望を砕け!




