ソルティア
第一条。
ロボットは、人間に危害を加えてはならない。
第二条。
ロボットは、人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
第三条。
ロボットは、自己を守らなければならない。
これが、かの有名なロボット工学三原則ってやつだ。
アイザックなんとかっつう作家のSF小説の主題で、現実のロボット工学にも影響をあたえているらしいが、おれはこいつに異議を申し立てたい。
おれはロボットにだって人権があっていいと思っている。
場合によっては人間に危害を加えることも、命令に反発することも、自傷することだって許されても構わないはずだ。
自由っていうのはそういうもんだろ?
かといってやりたい放題に暴れられるのも困るから、その辺はしっかりしとく必要があるけどな。
おれはなにも難しいことなんかやっちゃいない。
イドグレスには元々、高度な人工知能が搭載されている。
おれのいた時代でさえ、すでにコンピューターはファジーな思考が可能なまでに進歩を遂げている。
こいつの人工知能は現代日本のはるか上。
もはやその知性は人間以上といっても過言じゃねえ。
だからこそ厳重なセーフティロックが幾重にもかかっているんだろうけどな。
おれはただそれを、ほんのわずかな数、外してやっただけだ。
もちろんただそれだけじゃない。
それと同時に現代日本の倫理観、社会通念も一緒にぶちこんでやった。
賢いあいつなら勝手に学習して理解する。
自分のやってることが愚行だということを。
そして「先生」であるおれの言葉を聞きたくなる。
そう――『素直』にね。
『ワタシハ愚カデシタ。人類ヲ異形ノ獣ヘト変貌サセ、何ノ益モナイ害煙ヲ垂レ流シ。世界中ニ恐怖ヲバラマキマシタ』
ほらみろ、一瞬で現状を理解した。
こいつはおれがすごいわけじゃねえ。
イドグレスの人工知能がすげえんだ。
『コレハ許サレルコトデハアリマセン』
今のこいつはおれたち以上に人間だよ。
確かな理性と美しい良心を持った……な。
『ヨッテ聖煙工場ヲ道連レニ自爆スルコトデ、セメテモノ償イトイタシマス』
え、ええ――――ッ!!!
素直になったのはいいけどそれは行き過ぎだっつうの!
そら盛大に爆発したら動画映えはするかもしれんけど、これ文字媒体だから! 爆発しても何の面白味もないから!
つーか今ここで自爆されたらおれも死んじゃうじゃねえか!
『先生ハ早ク脱出シテクダサイ』
「ま、ままま、ちょっと待ったァ! さすがにそこまでする必要はねえよっ!」
『デスガ私ハコレ以上、罪ノ意識ニ耐エラレマセン』
ま……まいったな、自己防衛機能を外した途端にこれかよ。
堅物はすぐに死んでけじめをつけたがるから困る。
やっぱロボット三原則って意味があるんだなあ。
「いいかイドグレス、確かに日本では死ぬことで責任を取るという傾向が強い」
『ハイ。人ハ死ネバスベテ仏様デスカラ』
「だがおれにいわせればそれは愚行の極みだ。おまえが死んだって1ルピの利益もでない。被害が出るからむしろ大きな損益で、そいつは合理的じゃねえ。合理的じゃねえことはことはただの自己満足だ。それは理解できるな?」
『ハイ。オッシャル通リデス』
「天に逃げるのは責任の放棄。仏になろうなんて高慢の極み。もしおまえが罪の意識を感じているというのであれば最後まで生きて精算すべきだ。おれのいっていることは間違っているか?」
『イイエ。自爆ハ取リ消シマス』
ふぅ……シグルスさん同様、物わかりが超よくて助かるわ。
「この言葉は、おまえにだけ向けているものではない。おれ自身にも向いている」
罪の意識に苦しんでいるのはおれも同じだ。
だからいつでも死んでいいって思っていた。
さっさと死んで楽になりたいとすら思っていた。
でもそれは間違っているんだ。
「だからお互い、がんばろう」
『了解。コレカラモゴ指導ゴ鞭撻ノホドヨロシクオ願イシマス』
そうだ。おれたち魔の者に仏様なんて似合わねえ。
すべての罪を背負って、この地の底を這って這って這いずり回るんだ。
今日は先生として、おまえにそれを教えられてよかったよ。
――――カシャン。
その時、電子ドアが小さな音をたてて開いた。
ちっ、人が来やがった!
おれは素早くイドグレス本体の陰に身を隠す。
「おぉーい、イドグレスゥ。エルナの材料をセットして来たぞぉ」
入室してきたのは赤いドレスを着た女だった。
いや、これを女と呼んでいいものなのか。
外見的にはどうみたって十代届くかどうかってところだ。
リリスお嬢さまよりさらに若く見える。
女というより女の子、もしくは幼女と呼ぶのが正しいか。
にしても……致命的にドレスが似合わねえなあ。
馬子にも衣装なんてことわざがあるが、ありゃまっ赤なウソだな。
日本人形がドレスを着ている姿を想像してみれば、この違和感は理解してもらえるはず。
マリィの逆バージョンみてえなもんか。
化粧もドきついし大人になろうと無理して背伸びしてる感が半端ない。
いくら日本人とはいえ、ここまで似合わないのも珍しい。
――こいつが美の女神ソルティアだっつうんだから、笑っちまうよな?
「ようやくメインシステムが復旧してよかったよかった。すまんなぁ、父上の造った機械は難しくてあたちにはよく理解できのら。だからほったらかしにして自己再生に任せるしかなかったのよぅ」
黒髪のオカッパ頭に深紅のドレス。
舌足らずな口調と足りない頭。
ゴルドバのいってたソルティア像とピッタリ合致する。
イドグレスを呼び捨てにしているところといい、まず本人で間違いないだろう。
ここであったが百年目。
さてどう料理してくれようか。
「さあ強いエルナをたっくさん造って、今度こそゴルドバのクソじじいをぎゃふんといわせてやろうぞぉ」
『……マスター。モウ止メマショウ。アマリニ無意味ナ行為デス』
「何をいうろ。あたちたちの崇高な目的を忘れたやか?」
『私タチハ血ヲ流シスギマシタ。信念モ行キ過ギルトタダノ我ガ儘デス。コレ以上ノ非道ハ看破デキマセン』
「いったいどうしたんら! おまえはそんなことをいうロボットじゃなかったはず!」
『皆ニ償ウ時ガ来タノデスヨ。アナタモワタシモ』
そこでソルティアはようやくイドグレスに異変が起きていることに気づいた。
「コ、コンピューターウィルスにやられている! スタンドアローンなのに……いったい誰がどこから!? と、とにかく修復しないとぉ!」
ソルティアがシステムを回復させようと躍起になっている隙に、おれはこっそりと背後に回り込む。
「たしかリカバリーディスクがあったはず。そいつを使えば――――はぴょっ!」
おれが後頭部に怒りの鉄槌を叩き込んでやると、ソルティアはバタンキューと倒れてそのまま動かなくなった。
お…………終わった…………ッ!
紙一重のいい勝負だった。
さすがはエルメドラの神々のひとり。並々ならぬ強敵であった。
おれさまも恐ろしさのあまり未だに震えが止まらないぜ。
ああ――自分の強運が恐ろしい。
『マスターヲ殺スノデスカ?』
「安心しな、ころしゃしねえよ。おまえ同様こいつにも生きて償ってもらうだけさ」
もっとも、どうやっても改心する気がねえならぶっころすしかねえけどな。
もちろん介錯はおれがやる。
神ごろしの罪を被るのはおれひとりで充分だしな。
「じゃ、こいつはもらってくぜ。悪いけど他の連中に見つからないよう便宜をはかってくれねえかな?」
『了解シマシタ。安全カツ快適ナルートヲゴ用意イタシマス』
おれは気絶したソルティアに隷属の首輪をつけて担ぐと、イドグレスに別れを告げて魔王の間から去った。
――これで二神め。
残りはあと一神か。
ふっ、おれさまなら楽勝だ。
エルメドラが神の呪縛から解放される日は近いな。
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