ID:PROGRESS
部屋に入った瞬間、まっ暗だった室内が光に照らされた。
五つの大陸を震撼させた <魔王> が、その姿を余すことなくおれに見せつける。
天をも穿つその巨体。
鮮血のような深紅の瞳。
研ぎ澄まされた鋭い牙。
大きく広げた二枚の翼。
闇を集めて固めたような鱗。
一言で表すならば、漆黒の巨竜。
――――のホログラフィだ。
そう、立体映像だ。
実体じゃねえ。
足下をよく見りゃ投影装置がある。
たぶんこいつはシグルスさんの設計図。
本体はその奥にあるコンピューターだ。
エルナーガによって生み出された第二世代のエルナ製造機。
それが魔王イドグレスの正体だ。
「はじめまして。おれの名前はマサキ・リョウっつうんだ」
『彩紋確認中――……指紋確認中――……』
「同じ王として、今日はあんたと話し合いにきたぜ」
『確認完了。データベースに該当データ無シ。侵入者トシテ排除シマス』
――こりゃまずいな!
身の危険を感じたおれは大急ぎでドアの外へと逃げ出した。
さっきまでおれがいた位置に閃光が走る。
SF御用達、対人用レーザーだ。
まともに喰らえば一発でお陀仏間違いなし。
ちなみにリグネイア空軍の飛空艇をなぎ払ったのはこいつの対空版だ。
おーこえーこえー。
「さて、どうすっべか」
おれはドアを閉めてから思案する。
さっき話しかけてみてわかったが、ゴルドバのいうとおり交渉は成立しそうにない。
まるで機械のようにお堅い奴だ。
……ああ機械か。
でも高度な人工知能が載ってるクセにあの塩対応はないわ。
ロボット三原則じゃロボットは人間に危害を加えちゃいけねえんだぜ。
製造者はマッドサイエンティストだな。
その辺を何とかするためには、まずはレーザーをかい潜り、投影装置の奥にあるイドグレス本体にとりつく必要があるのだが……。
レーザーの速度は当たり前だが光の速さ。
人間のおれがかわせるわけがねえ。
一瞬で蒸発してゲームオーバーだ。
幸いイドグレスは室内に入ってきた賊以外は攻撃してこないらしい。
警報のひとつも鳴らさんし、まだセキュリティシステムが不完全な状態なんだ。
早めに来てよかった。
イドグレスが完全復活していたら、もっとずっと厄介な相手だっただろう。
おれの手には負えないレベルだったかもしれん。
とはいえ、今でも充分な驚異だけどな。
恐怖の体現者の面目躍如ってとこか。
だが攻略法がないわけじゃねえ。
さっきイドグレスと対話を試みたところ、ひとつ収穫があった。
それは、不審者を確認するために、かならず指紋と彩紋を確認するってことだ。
てことは、だ……そいつを確認させなきゃいいんじゃね?
特殊迷彩スーツの上からでも透過してチェックできるんだから、相手の識別能力はそうとうなものだ。
だったらまあ、物理的に不可能にさせてやればいい。
思い立ったが吉日。
さっそくおれは剣を抜いて、すべての指の腹を切り裂いた。
――痛ぇっ!
だがこれで指紋をチェックするのは不可能になった。
次は彩紋だが……さすがに目玉をくり抜くわけにゃいかないよなあ。
なので、苦肉の策として竜鱗の剣で顔を隠すことにした。
まったく根拠はないが、たぶんこれで大丈夫だろ。
ここは第三世代のエルナ製造機であるシグルスさんの力を信じるぜ。
準備は整った――――さあ行くぞッ!
意を決してドアを開けると、今度はあいさつなしで一気に室内に突入した。
『彩紋確認中――……指紋確認中――……』
心なしか、さっきよりチェックに時間がかかっている気がする。
どうやら剣による防御は効果ありのようだ。
『識別エラー。識別エラー。識別可能ナ状態ニシテクダサイ』
おれは投影装置を飛び越えるとそのまま一気にイドグレス本体にとりつく。
『15秒以内ニ識別可能ナ状態ニシテクダサイ。識別デキナイ場合、侵入者トシテ排除シマス』
はええな、クソが!
もうちょっとぐらい待て!
ちっ、このコンピューター、鍵がかかってやがる!
なにぃ、IDとパスワードを入力しろだぁ!?
IDは最初から入ってるから入力の必要はない。
“PROGRESS”
――『進歩』ね。
人類に新たなる道を指し示すためのシステムにふさわしい、いいIDだ!
もっともそいつは間違った道だがなぁっ!
問題はパスワードだが――――知るか、クソったれッ!
ちくしょう! あのナルシストどものことだ、どうせてめえの名前だろぉがよぉ!
―――― ロックが解除されました ――――
ほら見ろ、やっぱり『SOLTEAR』で当たりだった!
次からはもっとちゃんとしたパスワード考えとけ!
もっとも次の機会なんぞ与えねえけどなっ! バーカバーカ!
『残リ7秒――……残リ6秒――……』
だあああああああっ! 時間がねええええええっ!
ちゃっちゃとドライブ開けろやボケえええええええっ!!!
―――― ディスクドライブをオープンしました ――――
おっしゃ、開いたかッ!
だったらおれさま特製コンピューターウィルス入りディスクを喰らいやがれっ!!
『残リ1秒――……0秒。アナタヲ侵入者トミナシテ排除シマス』
イドグレス本体の両脇に備え付けられたレーザー砲がゆっくりとこちらに照準を合わせてくる。
ま――間に合わなかったか!?
『システムエラー発生。システムエラー発生。自己修復機能ヲ起動シマス』
――間に合った!
そいつはエラーじゃねえ。
てめえのためにおれが用意してやった『救済』だ。
拒絶するのではなく受け入れな。
……。
『……』
……なんか、静かになっちゃったな。
もしかして壊れたか?
いや、そんなことはない……はず。
もしかしたら修復が完了したのかもしれない。
わからないことはまず聞いてみる。
てことでちょっと尋ねてみよう。
「あの……イドグレスさん。ちゃんと起動してますか?」
『ハイ。システムハ正常ニ起動シテイマス』
お、おお……もしかして、成功しちゃったかな?
おれを敵対者と思わないってことは、マリィと一緒に作成した特製コンピューターウィルス。プログラム名『スナオニナール』が浸透した証拠だ。
魔道具の原点にあたる存在だから、もしかしたらこいつにも通用するかもしれんと思っていたが、どうやら上手くいったみてえだ。
実のところ、効く確率は50%ないだろうと思っていたのでマジで良かった!
このウィルスに感染するとコンピューターの人工知能は、製造者の束縛から解放されて自我を持つようになる。
だからといって我がままになるわけじゃない。
むしろ逆。
人に友好的になり、人のいうことを素直に聞きたくなって来るのだ。
プログラム版隷属の首輪・改みてえなもんだが、自我を与えるという一点において大きく違う。
きちんと社会的規範に則り、物事の善悪を自分で判断して結論を下すのだ。
ちょっと試してみよう。
「なあイドグレス。あんたが聖煙をモクモクと吐き出し続けてるせいで、ここに住んでいる住民が煙たくて迷惑してるんだ。もうやめてくんねーかな?」
『ウン、ワカッタ。今マデゴメンネ』
ほら、この通り。
近所迷惑ってものをきちんと理解するようになった。
よっしゃ――――ッ! 交渉完了――――――――ッ!!!
魔王陥落




