決着
縦に構えた剣身がゆっくりと倒れて『点』となる。
瞬間、まるでジェット戦闘機のような速度で突きがぶっ飛んでくる。
狙いは正確。寸分違わず胸にあるおれの急所――すなわち心臓だ。
こいつをかわす手段は、ない。
おれが剣を振り下ろす暇もなく、アーデルの放った剣先はおれの胸元へと到着した。
――――その瞬間、
バリバリバリバリッ!
雷が落ちたような音が響くと同時に、アーデルの黒剣が破裂した。
「なんだと!?」
不測の事態に驚愕するアーデル。
もちろんおれはその隙を見逃さない。
素早く剣をアーデルの首筋につきつけて、おれは勝利宣言する。
「チェックメイトだ。降参しな」
全弾装填した拳銃のひき金を引いても弾が出るとは限らない。
銃が故障してるかもしれんし弾丸の火薬がシケってるかもしれんし。
今回もまた、おれの悪運が勝ったようだ。
やはり突きはハイリスクローリターンだ。
普通にやってりゃ勝てたものを、要らぬ負け筋を作ったなアーデル。
「……何が起きたのか理解不能だ。説明しろ」
「答えは簡単。胸にこいつを仕込んでおいたのさ」
おれは胸元を開いて首にかけてあったシグルスさんの牙を見せる。
「人類の未来と一緒に、この牙をシグルスさんから託された」
名付けるなら竜牙の首飾りといったところか。
アーデルが寸分違わず心臓を狙ってきてくれたおかげで、たまたまこいつにぶつかったわけだ。
エルナの王の強大なる魔力が篭もった牙。
地上の物質じゃ絶対に貫けねえぜ。
「なるほど会得した。ではもうひとつ質問だ」
アーデルの姿が――――消えた!?
いや、消えたわけじゃねえ。
とんでもねえ早さで頭を下げておれの背後に回ったんだ。
「なぜ剣を止めた。そのまま振り切っていれば我の首を飛ばせたかもしれんのに」
アーデルの腕がおれの首にかかる。
同時に剣を持つ腕を手で押さえられる。
こ――これは、まずいッ!
「そんなもん……決まってる、だろッ!」
アーデル――もしおまえがおれの敵なら、おれはおまえを斬るのに躊躇はなかった。
おまえはグゥエンとは違う。
ころしたくはねえ。
「おれたちが、同志だからだ!」
シグルスさんに託された未来にはエルナも含まれる。
当然その中にはおまえも入る。
いや、それ以上におまえはおれのダチだ。
孤独だったおれにとって、それは何よりも得難い大切なモノだ。
失いたくなかったんだよ。
「命がけの死闘の最中にそんなことを考えていたのか。相変わらず馬鹿な男だ。この世界では馬鹿から先に死んでいく」
アーデルの腕に力が篭もる。
おれの首をへし折るつもりか!?
いかん、どうにかして外さねえとッ!
「ここが、馬鹿でも生きられる世界になればいいな」
アーデルの腕から急に力が抜けた。
すべてを察したおれは剣を納めてアーデルと向かい合う。
「我の負けだ。ここを通るといい」
アーデルの瞳は優しかった。
こんなに穏やかな気配を纏ったアーデルを見るのは初めてだ。
「いいのか?」
「シグルスさまが認めたのだ。我におまえを止める権利などない」
いってアーデルは天を仰ぐ。
「今の我の心は、この緑空のように澄んでいる。もっともこの空も、おまえが持ってきたものだろうがな」
……まあな。
対聖煙物質。
自分で発案しといてなんだが、正直こんなに効果があるとは思ってなかった。
だがこの美しい空も、そう長くは続かない。
だから、今なお聖煙を吐き続ける大元を断たなくてはいけないのだ。
「パーガトリの奴隷から人類の救世主か。たいした男だ」
「いうなよ。なりたくてなったわけじゃねえや」
おれたちに限らず今、このエルメドラに住む人々すべてが、神々の奴隷といっていいだろう。
てめえの運命を神に握られている哀れな子羊たちだ。
おれだけなら別にそれでも構わねえ。
だが他の連中まで同じなのは許せねえ。
何より一番許せねえのはアーデルのことだ。
「アーデル、おれはイドグレスでずっとおまえのことを見てきた。エルナの使命にがんじがらめにされているおまえの哀れな姿は、おれを怒らせるには充分すぎた」
だからおれは計画を立てたのだ。
すべての神々をぶちのめし、おまえを神の使徒なんつうくだらん使命から解放するためのな。
「ああ、知ってたよ。おまえが我のために立ち上がった大馬鹿野郎だということはな。だからこそ我自身の手で止めようと思ったのだがな」
―――― どうやら我も、おまえと同じ馬鹿野郎のようだ ――――
アーデルは笑った。
腹の底から声を出して笑った。
釣られておれも笑った。
アーデルが笑っている姿をみると、おれも嬉しくなってくる。
神ごろしの計画を立てて良かったなあ。
心からそう思えてくる。
「おまえは我にはすぎた馬鹿だ。
死ぬなよ。これからもまっすぐに生き続けてくれ」
……ああ、そうするよ。
おまえもおれなんかにゃすぎた親友だぜ。
アーデルの剣には常に曇りがあった。
だからこのおれでもギリギリ捌くことができた。
自分が間違った道を進んでいるという自覚があったからだ。
アーデル、おまえは間違ってねえ。
おまえの生き様は決して間違っちゃいねえ。
間違っているのはおまえじゃない。
この世界のほうだ。
だから――――おまえの親友である、このおれが正すッ!
「なあアーデル、おれのほうからもひとつ質問いいか?」
「構わんが」
「なんで魔法を使わなかった?」
魔法の使用はおれをころすのにもっとも手軽で確実な方法だ。
その恐るべき破壊力は身をもって知っている。
「女神賛美歌。あれを使われたらおれひとたまりもなかった。もしかして手を抜いてくれたのか?」
「禁止した本人がそれを聞くのか」
いや……それは、確かにしたけどさ……。
「威力が大きすぎる魔法は周囲に要らぬ被害をもたらす。おまえの言い分には一理あると思ったから魔法の使用は控えている。ただ、それだけだ」
負けた言い訳にはしないとアーデルは鼻を鳴らす。
ふ、ふふっ……おれの親友は呆れた堅物だ。
そんな脳みそでは今までさぞ生き辛かったことだろう。
おれはな、
おまえのような頭の固い馬鹿野郎が、
もう少し気楽に生きていける世界を作りたいんだよ。
種族は違えど二人はかけがえのない親友だった




