表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/175

死闘


「ひさしぶりだなリョウ。裏道からこっそり入ってくるとは水臭い。堂々と正面から来ればきちんともてなしたものを」


「おれもそうしたいのはヤマヤマだったんだが、ちょっと別件の用事があってな」



 一年ぶりに再会したアーデルは、あいも変わらず無愛想な面で、崖から這い上がったおれを見下ろしていた。



「なんでおれのこと助けた?」


「悪運の強いおまえのことだ。あの程度では死なん。また登って来るのを待つのも面倒だから引っ張り上げてやった」



 確かに。

 おれは悪魔のごとき強運を持つ男だからな。

 あの程度で死ぬようならとっくの昔にくたばっているか。



「その悪運が、今度はおまえの身にふりかかるとは思わなかったのか?」


「ゼロには何をかけてもゼロのままだ。言葉の意味は、おまえならわかるな」



 ……まあね。


 おれとおまえの戦力差からして、おれが勝つ確率は限りなくゼロに近いだろう。

 例えるなら6つの弾倉に6発の弾丸が装填された拳銃で、ロシアンルーレットをするようなものだ。



「悪ぃんだけどさ、見なかったことにしてくんないかな?」



 普通なら誰もやらない。

 おれでもやらない。



「あんたらにとっても悪い話じゃないんだ」



 どうにかして戦闘を回避する道を選びたいが、



「ダメだ」



 アーデルは抑揚のない声で和平を拒否する。

 短い言葉だったが、そこにはどれほどの言葉を尽くして交渉しても、決して覆せない決意と覚悟を感じさせた。



「おまえはここで死ぬ。我が、この手でころす」



 アーデルはおれから距離を取ると、腰から剣を抜いてゆっくりと縦に構えた。

 ロイヤルズ特有のノーブルフォームってやつだ。



「決して手は抜かない。我と互する強敵のつもりで全力であたる」



 あの機人デンゼルと戦った時でさえ、アーデルはまともに剣を構えなかった。

 剣術も我流のものをあえて使っていた。



 つまり、ぜんぜん本気ではなかったのだ。



 これはロイヤルズの一員として、エルナの義務としておれを葬るという宣言。

 正真正銘の本気であるという証だ。



 ……嬉しいじゃねえか。



「なあアーデル。おれたちは、わかりあえたのかな?」


「愚問。だからこそ我はここでおまえを倒すのだ」



 アーデルの想いに応えるべく、おれもまた竜鱗の剣を鞘から抜いて身構える。



「寝食を忘れて研究に耽るおまえの姿を、我はずっと見続けてきた。だからわかる。おまえは決して女神を赦さない。故にこれ以上先に行かせるわけにはいかない」



 そうだ。

 おれは女神を許さない。



 人間だったオーネリアスの民をこんな異形の怪物に変え、何百年も経った今もなお苦しめ続ける女神ソルティアをおれは絶対に赦さない。



 神が神を裁けぬというのであればおれが裁く。

 勇者が倒せぬというのであればおれが倒す。


 闇の王が、エルナの正義たる慈愛の女神を――――討つ!



「確かに、神を倒すなんて大それたことだ。だが、それでもおれは間違ったことをしているとは思わねえぜ」


「ああそうだな。おまえは正しい。いつだって正しい。自らの信じる道をまっすぐに進めるおまえは、我にはあまりに眩しすぎた」



 振り返ってみれば、おれのことを一番高く評価してくれているのは、他ならぬおまえなのかもしれねえな。

 少々買いかぶりだとは思うがね。



「正しいとも思わぬ道を往く我は哀れで情けない男だ。だが」



 ――――ッ!



 きっ、消えた!?



 いや、人が消えるわけがねぇ!



「それが我の生き様だ!」



 そこだぁッ!!!



 背後に向けて放ったおれの斬撃がむなしく空を切る。



「こっちだ」



 ま――まずいッ!



 おれは反射的に体を地に投げ出す。

 アーデルの攻撃が見えたわけじゃない。

 ただの勘だ。



 おれの勘は的中した。

 一瞬前までおれの頭があった位置をアーデルの剣が凄まじい速度で通過していく。

 危ねえ危ねえ。もう少しで頭が潰れたトマトみてえになるところだった。



「やるな。一年前と同じ人間とは思わないほうがいいか」


「おいおい、ただの人間相手にちょっと大人げないじゃねえのォ?」


「軽口を叩けるとはまだ余裕だな」



 アーデルの構えはロイヤルズに代々伝わる変幻自在の型。

 縦に構えた剣からグルリと360°どこからでも斬撃が飛んでくる。

 初見では絶対に見切れない。



 ――――初見ならな。



「死ねッ!」



 右斜め45°!


 最初は高い確率でそこから入る!!


 それがおれが知るアーデルの攻撃のクセ!!!



「なに!?」



 おれは本来必殺であるはずのアーデルの一撃を、間一髪のところで剣で塞いだ。

 さしものアーデルもこれには軽い動揺を覚えたらしい。

 わずかだが隙を晒しているぜ。



 さあ攻守交代だ!



 我が愛剣はエルナの王より賜った防御不能の必殺武器。



 万物を切り裂く恐怖の一撃――その身に刻めッ!!



 おれは渾身の力を込めて竜鱗の剣でアーデルの胴をなぎ払う。



 この距離では絶対に回避不能。

 アーデルの胴体はまっ二つになるしかない。



 ――はずだった。



「ば、馬鹿なッ!」



 これは何かの間違いか?



 目の前の現実が受け止められず困惑する。



 防御不能の竜鱗の剣が、アーデルの黒き剣にあっけなく受け止められていた。



 おれの腕力が不足しているのか?

 いや、しかし――――ッ!



「チィっ!」



 うおおおああああああああああっ!



 す、凄まじい腕力だ!

 剣を振っただけで簡単にふっ飛ばされてしまった!

 おれの体は紙飛行機じゃねえっつうんだよ!



「おまえ……ノーティラスさんから剣の稽古を受けたな」



 正解。


 ロイヤルズとやりあうかもしれねえっつうのに無策はねえよ。

 おれごときが相手じゃ使ってこないかもしれんと思っていたが、てめえが律儀な男で助かったぜ。



「あいかわらず抜け目のない男だ」


「そういうおまえこそなんだその黒い剣は」



 以前はリカルド商会から買った粗雑な剣を使ってただろ。

 おれの竜鱗の剣を軽々と受け止めるなんて……いったいどうなってんだその剣。



「こいつは『斬闇剣』。ブラックダイヤ製の特注品だ。おまえと戦うために用意した」



 おれと……戦うためだとぉ!?



「おれの侵入作戦に気づいていたのか?」


「いいやまったく」



 だったらなぜ!



「おまえとはいつか、かならず戦う運命さだめにあると思っていた。だから予め対抗策を用意しておいた。ただそれだけだ」



 ――まさかリグネイア軍を利用して来るとは思わなかったがな。



 アーデルはそういって嬉しそうに笑った。



「……そうか。おれたちは、そこまでわかりあえていたんだな」


「そうだ。だからおまえも、自らの死を運命として受け入れろ」



 いいぜ。

 隙を見て逃げることも考えたが……おれも今、おまえとの『死闘』を決して避けられぬ運命として受け入れた。



 全弾装填済みの拳銃の引き金、喜んで引かせてもらうぜ。



「行くぞアーデル」



 おれは正眼に構えていた剣を高々と掲げる。

 から竹割り。一撃必殺を是とするおれがもっとも得意とする剣技だ。



「受けて立とう」



 決死のおれの覚悟をみて、アーデルもノーブルフォームへと移行する。

 おれの本気を本気で受け止めるつもりだ。



「いざ尋常に」



 長期戦は不利……いや必敗。

 ならば勝負は一瞬かつ一閃で決める。



「勝負ッ!!!」



 おれは力強く踏み込み、アーデル目指して突進する。



 ノーブルフォーム。

 こいつは本来、攻撃ではなく防御を重視した型だ。

 ロイヤルズの任務は要人警護なのだから当然だ。

 そこにつっこむなんて玉砕覚悟だと思われてしかたない。

 事実、玉砕覚悟だしな。



 だが、アーデルに攻めっ気がある以上、決して鉄壁というわけではない。



 つうかこいつが守備とか似合わねえよ。

 殺意全開の我流の剣をこっそり持ってたりするし絶対攻撃して来るわ。



 おれは攻めるフリをしてその一撃をかわし、逆に必殺の一撃を食らわせる。

 後の先。それがおれの唯一の勝機だ。



 ――さあ、どこから攻撃してくる?



 45°からの攻撃はもうねえな。

 ならば今度は真逆の225°か?

 いやそれはちょっと安直だな。

 だったらがら空きの腹を狙って横なぎか?

 そんなセコい真似こいつがするか?

 こいつの性格を考えたらおれの挑戦を正々堂々と受けて立つだろ。



 つまり0°。



 おれと同じく打ち下ろしだ。



 いいね、それに決めた!

 ギリギリのところで急停止して打ち下ろしをかわす!



「忠告する。我が剣は『円』だけに非ず」



 アーデルがぼそりとつぶやいた。



 ……どういう意味だ?



 円からの攻撃だけではない。

 ということは、点の攻撃もあるという意味だろうか。

 剣の世界で点の攻撃といえば『突き』のことを指す――が。



 いや、それはない。



 おれは剣道もかじっているから知っている。

 突きというのはリターンに対してリスクが高すぎる。

 なぜなら放った瞬間、確実に死に体になるからだ。



 剣の世界で突きを好き好んで使う奴はアホだ。

 新撰組の得意技として有名ではあるが、あれは集団で用いることを前提とした戦術であり、個人で使う分にはただの捨て身だ。

 捨て身はおれの得意技だが、だったら確実性のあるこのから竹割りのほうが優れている。

 点の攻撃はとかく急所を外しやすい。



 ハイリスクローリターン。

 一歩間違えればただの自爆技。

 格上であるアーデルが取る戦法じゃねえ。

 事実ノーティラスから教えてもらったノーブルフォームに突きは存在していない。



 よって今の発言はブラフ。

 対策すべき技をひとつ増やすことでおれを惑わすつもりだ。



 だが、あのお堅いアーデルがそんなセコい真似をするか?



 ――――いや、ない!



 絶対に突きだけはない!



 すでに頭を狙ってくると決めているんだ。

 迷うなリョウ。迷いは死を招くぞ。



 だが、しかし――――



 極限まで神経を研ぎ澄まし、すべてがスローモーションになる世界。



 そこでおれの双眸は、縦に構えたアーデルの剣が、ゆっくりと倒れていく様を捉えていた。



 ――――「円」が、『点』になるッ!




「秘剣『無月』」




 突きだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!



逃れられぬ運命

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ