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囚われの勇者



「……なんで君、そっち側にいるの?」



 ロンデリオンの町の職員をやっていたミクネは、部下を引き連れてやってきたおれに当然の疑問をぶつけてきた。



「長い人生、色々あるんだよ」


「いやいや! ないない、ないから! 君、確かリグネイア軍に捕まって――――」



 おれはミクネの口を手で塞ぐと、耳元でそのことは黙っておいてと頼み込む。



 部下たちの中にはおれの事情を知らん奴もいるからな。

 元奴隷に使われることを快く思っていない奴もいるだろう。

 特に金色の翼の構成員だった奴はな。



 今ここにいるおれの親衛隊は、全員事情を知ったうえでおれ――というかカルヴァン家に――従っているけど、壁に耳あり商事にメアリー。どこで聞き耳を立てている奴がいるかわからんからな。



「積もる話は後にして……今回は、リグネイア軍の代表として町の今後について話し合いに来ました」


「いやいや、代表って君ぃ!」


「今の肩書きは空軍総司令なので、ここではあまり無礼は発言を慎んでくれ」



 おれはいっこうに構わないけど、これも周囲の目って奴があるからね。

 いやだねえお偉いさんは。早く元の身分に戻りてえ。



「とりあえず、誰かに話を聞かれない場所を頼むよ」


「え、ええ……わかりました。ではこちらへ」





 ミクネに促されておれたちは、役所の奥にある会議室に通された。

 うむ、ここなら素で話していいだろ。



「いやぁ、悪いね。こっちも色々と事情があってさぁ」


「急に柄が悪くなりましたね」


「もともとこっちが地だよ。アーデルともこんな感じで話してたしな。あんたともいつか腹を割って話したかった。これでもおれはあんたのこと友だちだと思ってるからな」



 おれがそういうと、ミクネは何やら感動したのか瞳を涙でにじませていた。


 わりとチョロいおっさんだ。

 まあそういうウェットなところは嫌いじゃないけど。



「とりあえず、あんたがロンデリオンの代表ってことでいいんだよな?」


「ええ。市長は逃げてしまいましたので」


「あんたは逃げなかったんだ」


「ええ。以前は君を置いて逃げましたからね。次は私の番だと思いまして」



 ……ふふっ、そうかいそうかい。


 成長したなミクネ。

 おれも友人として鼻が高いぜ。



「とりあえずそれが我が軍の要望なんで、目を通した後にサインしてくんないかな?」



 おれが放り投げた書類に目を通すと、ミクネが少し驚いた顔をした。



「いいんですかこれ。負担は滞在時の補給だけで、戦後は賠償金もなしに自治権を認めると書かれているんですが」


「すまねえ。どうしても補給だけは負担してもらわねえと、こっちの財源がシャレにならねえ事になるんでな」


「それは構いませんが……てっきりもっと非情な内容が来るものだと覚悟しておりましたので」


「非情な内容もちゃんと書いてあるぞ。ほらここ、戦後はパーガトリにいる奴隷を解放することってあるだろ? 何でも奴隷任せのエルナたちにゃ少々酷な条件だ」


「まあ、それはその通りですね」


「でもおれは、あんたなら問題なく町の経済を回せると思っているけどな」



 何しろこのおれさまが、一からミッチリしごいてやったからな。

 あんたはきっとこの町で一番の経営者だぜ。



「頼むぜミクネ町長。町の――いや、イドグレスの将来はあんたの肩にかかってるぜ」


「いやいや、それはちょっと買いかぶりすぎですよ!」



 さて、取らぬ狸の皮算用的な、戦後の話はこのぐらいにしておいて……そろそろ本題に移ろうかな。



「ミクネ、あんたに頼みたいことがある」


「はい、何なりと」


「ルルザーネの町におれの知り合いが捕らえられているんだが、おまえが掛け合って解放してやってくれねえか?」


「軍を動かせばいいだけの話では?」


「これはおれの私的な用事だからな。それに軍を動かせば敵に察知されてしまう」



 こいつは軍とは無関係に行うおれの極秘作戦だからな。

 エクレアじゃ取り次いでくれねえし、ここはあんたを頼らせてもらうぜ。



「あんたを友と見込んで頼んでいる。この通りだ」


「いやいや、頭なんて下げないでくださいよ。わかりました、ちょっとルルザーネと掛け合ってきますよ」





 ――……といった経緯でおれは、獄中に囚われた田中たちを回収すべくルルザーネへと出立した。





 首都レギンフィアから南西に機装車を飛ばすこと約二時間。

 おれとエクレアはルルザーネに到着した。





 ルルザーネは比較的人間に友好的な町であり、パーガトリも持たずに自力で経済を回していることで有名だ。


 所有している鉱山からはブラックダイヤと呼ばれる特殊な金属が採掘され、これが町の主な財政源となっている。

 ちなみにダイヤといってもモノホンのダイヤではなく、日を当てるキラキラと光るからそう呼ばれているだけの謎の物質で、一説にはメドラダイトの成れの果てなんていわれているそうな。


 人間相手の商売も活発に行っているから、機会があればぜひ取引してえ町だ。



 そんな町だから、田中たちは決して「人間だから」という理不尽な理由で囚われているわけではない。



「リョウくん、助けにきたよ!」



 おれが牢獄の前に立つと、一年ぶりに再会した田中は実に嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。



 なあ田中……どこからどう見たらおまえが助ける側なんだ?



 いや、おれを助けるためにイドグレスにまで乗り込んできてくれたことは素直に嬉しいと思うよ?

 でもさ、世界を救う勇者さまご一向が、いくらなんでもこの様はないわ。



「無事でよかったぁ! 魔族に捕まったって聞いた時はもう気が動転しちゃってさ! でも、まずはオーネリアスを侵略する魔族を倒さないことには君を救出にもいけないから、必死にがんばって――……ようやく、大陸を渡ってここまできたんだよ!」


「田中……おれは今、おまえに対してひどく失望している」



 おれはな、この一年間でおまえがどれだけ成長しているか、とても楽しみにしていたんだ。



 それがだよ、

 はるばるイドグレス大陸にまで渡って、

 ようやく魔王の膝元まで来たってところで、



「まさか無銭飲食で逮捕されるとはなぁッ!」



 馬鹿じゃねえのかこいつら。

 成長どころか退行してやがる。

 用事がなけりゃこのまま放置しとくところだわ。



「田中ぁ、おまえは日本にいたときの感覚で軽い気持ちでったのかもしれんが、食料事情の厳しいイドグレスじゃ無銭飲食は重罪だ。笑い話にはならねぇーんだよ!」


「ちょちょちょちょ、ちょっと待って! 無銭飲食したのは僕じゃないんだって! 説教ならそっちの人にしてやってよ!」



 牢の隅っこにいたミチルは、そこでようやくトレーニングをやめて、自分を指さす田中を激しくにらみつけた。



「財布をられたそこのデブが何もかも悪い」


「だからって無銭飲食しちゃダメじゃないか! どう考えてもこうなったのは君のせいだよ!」



 どっちも悪ぃわ!


 敵地のド真ん中で漫才始めるたぁたいした度胸だなおい。

 そのクソ度胸で、てめえらには敵の本拠地に乗り込んでもらうからな。



「ちっ……まあいい。ルルザーネの警察にはすでに話をつけてある。牢を出るぞ」


「あ、ありがとうリョウくん! やっぱり持つべき者は友だね!」



 おれとおまえがいつ友人になったんだおい。



 不本意ではあるが、おれは預かった鍵で牢を開けて田中たちを解放してやった。

 勇者の力を使って暴れなかったことだけは評価してやるよ。

 もっともそんなことしたら、おれがその首たたっ斬ってやっただろうがな。



「ロンデリオンに向かう。今すぐ準備しろ」



 やれやれ……この調子じゃ先が思いやられるわ。

 ロイヤルズの目をすり抜けて魔王のところまでたどり着けるか、すっげー不安になってきたぞ。


意外すぎたその理由

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