イドグレス大戦
『自由の翼』
金色の翼を解体した後に再編成された飛空艇部隊の一翼。
今作戦においておれが所属する組織である。
「……後方支援は柄じゃねえんだがな」
旗艦『スケルツォ』の艦長席にておれは愚痴る。
リグネイア空軍総司令。
それが今のおれの肩書きだ。
まさかマジでやらせるとは……イルヴェスサの野郎、ちょっとお頭が御おかしいぜ。
「敵部隊、敗走を始めました。追いますか?」
「不要。我が軍の目的はあくまで女神ただひとり」
総司令だから前線には出られず、こうして後方にて指示を飛ばすのみ。
魔王軍の空戦力は貧弱だから退屈きわまりない。
本当は断りたかったが、それじゃイルヴェスサが納得しないからしかたない。
これでは、あまり戦場に出ている実感がないじゃないか。
まあ、もうちょっとの辛抱だ。
イルヴェスサの顔を立てるのは空にいる時まで。
陸に降りたら好きにさせてもらうからよ。
「マサキ指令は部隊を指揮するのは初めてだとお聞きしていますが」
声をかけてくるのは自由の翼隊長であるヴェルサーレ・フォン・レイングラード。
金髪のよく似合う好青年でこのスケルツォの本来の艦長でもある。
貴族とはいえこの若さで隊長とはたいしたもんだ……と思いきや、若作りなだけで歳は結構行ってるらしい。
「なかなかどうして様になっていらっしゃる」
「世辞はいいよ。あんたがあれこれ気を回してくれてるのは知ってるから」
「そこに気づいていらっしゃるだけでもたいしたものです」
ヴェルサーレが苦笑いを浮かべながらいった。
悪いね、素人なんかが総司令でさ。
余計な苦労かけさせると思うけど、しばらく我慢してくれや。
「そんなことよりさ、以前説明した3つの拠点の制圧が遅れてるみたいだから、各隊に急ぐように伝えてくんない?」
「現在戦況は圧倒的優位です。そう急ぐ必要はないかと」
「ダメ。急いで」
空でこちらが優位なのは当たり前の話。
あんたは空軍だから空のことしか考えてねえんだろうけど、本当の勝負は陸に降りてからだ。
圧倒的な身体能力を持つ魔族は、個としては間違いなく最強の知的生命体だ。
こいつらに対抗するためにはおれたちは群の強さを見せつけなきゃいけない。
「作戦会議で話したと思うけど、そこには大規模なパーガトリが存在してる。いわばイドグレスの胃袋だ。兵糧責めは戦術の基本中の基本。後続のためにも早急に制圧しなければならない」
「確かにその通りですが……」
「相手に体勢を整える暇を与えるな。多少の優位なんて簡単に消し飛ぶ。連中を舐めたらいけない」
おれはイドグレスと戦争すると決めた。
決めた以上は徹底的にやる。
圧倒すれば圧倒しただけ被害は減るだろうからな。
「あと占拠先での暴行強奪行為は厳禁。破った場合はその場で即処刑する。これも全軍に再度通達してくれ」
「……厳格でいらっしゃる。さすがは、カルヴァンさまのご子息です」
実は息子じゃねぇんだけどな。
だがこの場だけは、総司令の息子という立場を利用させてもらうぜ。
「これは人類と魔族の未来をかけた最終決戦だ! 諸君らもそのことを肝に銘じて事にあたってくれ!」
おれが檄を飛ばすと艦の搭乗員たちは快く応じてくれた。
どうやら空軍も嫌な奴ばかりじゃないようだ。
「なかなかどうして、様になっておられますよ」
これは世辞ではないとヴェルサーレはまたも苦笑いを浮かべる。
いわれてみれば、軍人相手にすげえナチュラルに命令してんなおれ。
まあ、生まれも育ちも日本の王だからな。
人の上に立つ振る舞いが体に染みついちまってるのかもしれん。
「ひとまず制空権は握ったな。この後はどうする気だ?」
副艦席に座るゴルドバがおれに尋ねる。
ちなみにこいつのせいでヴェルサーレは立ちっぱだ。
正直すまん。
「とりあえず首都を包囲する」
「包囲したところで首都は落ちんぞ。あそこにはロイヤルズがいるからな」
そうなんだよなあ。
最強の個である魔族たちの、更に頂点に君臨する三体の怪物ども。
こいつらをどうにかしねえことには魔王にまで届かないわけだが……。
「ゴルドバ、あんたの見積もりは?」
「万単位の犠牲者を出せば突破できないことはない」
おいおい、そりゃ事実上こっちの敗北だわ。
そこまでの犠牲を払ってまで女神の下に辿りつこうとも思わねえ。
だったらまあ、答えはひとつだな。
「田中たちと合流する」
最強の個にはこちらも最強の個をぶつけるのみ。
懐かしの勇者さまご一行は、この一年ではたしてどれだけ成長してるかな。
ふふっ、少しだけ楽しみだよ。
目には目を




