イルヴェスサ
『マサキ・リョウ ここに眠る』――――か。
「まさか生きている内に、てめえの墓を参ることになろうとはな」
リグネイアの集団墓地の一画に、おれの墓標はひっそりと立っていた。
こじんまりとした墓だがよく手入れがされている。
おれなんかにゃもったいねえ立派な墓だ。
「本当はもっと立派な墓にしたかったそうだが、そういうのはおまえが嫌がると思ってやめたそうだ」
同行していたマリィがそういって墓に献花する。
まったくもってその通りだ。
何から何まで至れり尽くせりで涙が出てくる。
「グゥエンの墓もここにあるのか?」
「ここは一般墓地だ。貴族の墓は別の場所にある」
かつておれと鎬を削り合ったグゥエンは、抵抗もむなしく魔法騎兵隊に討ち取られたと聞いている。
せっかくだから顔でも見せてやろうと思ったんだが、いないならしゃあねえな。
「墓にツバでも吐くつもりか?」
「アホ抜かせ。おれの国じゃ、人は死ねばみんな神さまだっつう格言があんだよ」
死んだ人間にとやかくいうつもりは微塵もねえ。
だが心残りがないといえば嘘になるな。
グゥエン……あんたとの決着は、おれ自身の手でつけるべきだった。
あの夜、おれは剣が手元に戻ってきたことが嬉しくて嬉しくて――――つい、満足してしまったんだ。
だからあんたにとどめを刺さずに済ませてしまった。
あんたに撃たれた後も報復する気が起きなかった。
あんたの始末を他人に任せてしまった。
あんたの命はおれが背負うべきだった。
憎むべき敵として。
尊敬すべきライバルとして。
なんという不徳。
おれは恥ずべき卑怯者だ。
もう二度とこんな真似はしねえと、いつの日かあんたの墓前で誓わせてもらうぜ。
「リョウ。交渉相手の到着だ」
「ああ、わかっている」
おれは持ってきた花を降ろして立ち上がり、待ち合わせの時間ピッタリにやってきた人物と向かい合う。
「リョウ……本当に、おまえなのか……!?」
待ち人――イルヴェスサ・エト・カルヴァンは、おれの面を見ると衝撃の余り持っていた献花を落とした。
そりゃ驚くわ。
死んだと思ってた奴がピンピンしてりゃな。
いちおう名は名乗ったんだけどさ。
「ようイルヴェスサ。あいかわらずシケた面してるな」
「お、おれはてっきり死んだとばかり……ッ!」
「いや死んだよ。今のおれは黄泉の国から舞い戻ってきたゾンビだ」
おれはグゥエンから逃げた。
だからもう逃げない。
あんたとも正面から向かい合う。
その覚悟を持って今日はここに着た。
「あんた、カルヴァン家に戻ったんだってな」
「ああ。おまえをころしたマルクマード家に復讐するためにな」
「すまねえ。余計な心労をかけさせた」
「まったくだ! おれのことはいい、だがアリンダはおまえが撃たれたショックで精神を病んで今でも寝たきりの状態なんだ!」
……マジですまねえ。
すべてはおれのうかつさが招いた失態だ。
どれだけ詫びても詫びきれねえ。
「細かいことはこの際どうでもいい、今すぐあいつに会い行ってやってくれないか? おまえが健在だと知ればあいつの病もきっと治る」
「悪いがそりゃ無理な相談だ」
「なぜ!?」
「おれは魔法騎兵隊と共にイドグレス大陸に渡り、魔王イドグレスや女神ソルティアと戦い、すべての決着をつける気でいるからだ」
いや、もちろん勝つよ。
勝って戻って来るつもりではいる。
でも死ぬ可能性もゼロじゃねえからな。
半端に喜ばせた後にまた死にましたじゃ、アリンダさんがあまりに気の毒すぎる。
「なんでおまえがそんな危険なことしなきゃいけないんだ! 戦争なんて大人に任せておけばいいんだ!」
「この際ハッキリいうぜ。あんたのそういうとこが昔から嫌いだった。改善を要求する」
あんたもアリンダさんも、おれを子供扱いしすぎだ。
いや、おれは事実子供なんだろう。
年齢的にも精神的にもな。
だが子供で何が悪い?
決死の覚悟に大人も子供も関係ねえ。
人の生き様に貴賎はねえ。
賢者も愚者も善人も悪人も、みな等しく価値がある。
なりふり構わず市街地での暗殺を決行したグゥエンは、これ以上ないってぐらいおれのことを認めてくれていた。
だからおれは、大人にも認めてもらいてえのさ。
子供なおれの、愚かに見えるであろう生き様をな。
「おれはこの世界に救われた。だからこの世界を救いてえ。義父であるあんたにもぜひ協力してもらいてえ」
現在のリグネイア空軍の総司令――実はこのイルヴェスサなのだ。
マルクマード家に報復するために、金色の翼を解体するために、こいつは家の権威と財力をフルに使ってそこまでの地位に上りつめたのだ。
「空軍の指揮権を一時、陸軍に譲渡して欲しい」
現在の陸軍の総司令はマジックさんだから、マジックさんの指揮下に入れという話になる。
ちなみに海軍とはすでに話がついている。
空軍だけがどうしても首を縦に振らないというので、『切り札』として今回おれが投入されたわけだ。
陸海空。
すべての軍が一丸にまとまらなければ魔王軍とは戦えねえ。
イルヴェスサ、あんただってそれはわかっているはずだ。
「……おれは陸軍を、魔法騎兵隊を許したわけではない。マジックさま……いやマジックの言葉を頭から信じた結果が、あの取り返しのつかぬ惨劇なのだからな」
「いや、あれはこんな適当な連中の言葉をつい鵜呑みにしちまったおれの不手際だ」
「おいッ!」
マリィがおれに文句をいうが事実だろうがよ。
狙撃の件だってロクな証拠もないまま金色の翼に乗り込んで叩き潰し、グゥエンを始末してからマルクマード家を家宅捜索してようやく物証を得たって話じゃねえか。
法治国家にあるまじき蛮行に呆れ果てるわ。
何も知らない犯人役を用意して自主させたりと、綿密な計画を練っていたグゥエンが哀れでならない。
相手は頭を使ってやってるんだからちゃんとつきあってやれよ。
「とにかくおれは、ぜったいにマジックの下になどつかん!」
「気持ちはわかるけど、あいつらはやれるだけのことはやってくれたんだ。恨むならおれだけにしてくれないか?」
「おまえは関係ない! ちょっと黙ってろ!!」
え? ええ……?
ま、まあ……もはやおれがどうこうっていう問題を越えてるっていうのは、その通りか。
アリンダさんを寝込ませたことはおれも許せねえしな。
まいったねこりゃ、おれでも説得は無理そうだ。
だったら、いっそのことリグネイア王に直接説得を頼むか?
国の最高権力者の頼みならさすがに断れんやろ。
いや無理か。
あいつ魔法騎兵隊とイルヴェスサが結託して金色の翼を潰してものほほんと静観している日和見じじいだもんな。
シグルスさんと戦ったかつての英雄も今じゃただの置物か、悲しいねえ。
「おいリョウ、おまえさっきイドグレス大陸に渡るといったな!?」
「あ、ああ。今回の作戦はそもそもおれが発案者だしな」
「だったらおれは、空軍の全指揮権をおまえに譲渡するッッ!!!」
え? ええ……?
おれ、軍属でも何でもないただの民間人よ?
あいかわらず無茶苦茶やなこのひと。
「おまえは司令官として後方でふんぞり返っていればいい! それなら安全だ!」
「あ、いや、みんなが命を張ってるのにそういうわけには……」
「うるさい! これは決定事項だ!」
おお……なんという横暴。
こいつのいうとおりにしていたら、おれが後ろから味方に撃たれそうだわ。
これが噂の親バカってやつか?
いや、血は繋がってねんだけどさ。
ま、まあ、何はともあれ力を貸してくれるっていうんならありがてえ話だ。
「その代わり条件がある。すべてが終わって世界が平和になった暁には、かならずアリンダに会うと約束しろ」
「いやそれは……」
「死んだことにしておきたいおまえの気持ちは理解できるつもりだが、それでも絶対に生きてここに帰ってきてもらう」
「……」
「でなければ軍は貸せんしイドグレスにも行かせんぞ」
……わぁーたよ。その条件であんたの軍を借りるわ。
やれやれ、困った条件をつけてくれるものだな。
いつでも死ねるっていうのがおれの強みのひとつだったんだがな。
これで死ねない理由ができてしまったよ。
――まっ、しかたねえか。
すべてが終わったら洗いざらい話してアリンダさんに謝ろう。
とてもじゃねえけど許してもらえそうにねえけどな。
「すまねえイルヴェスサ。この恩は決して忘れねえ」
「だったらカルヴァン家を継いでくれるか?」
いや、それとこれとは別問題だから……つうか、まだあきらめてなかったんかい。
「……何はともあれ」
これで必要な戦力はすべて整った。
後は作戦の決行を待つだけだ。
リグネイアVSイドグレス。
天下分け目の合戦の始まりだ。
後の世にこの戦はイドグレス大戦と呼ばれることになる




