独り砂漠を往く!
日が暮れて、今日の労働も終わりを迎える。
奴隷たちが看守に連行されて牢獄へと戻っていく。
それにあわせて奴隷の世話役たちもそそくさと帰り支度をはじめる。
その様子をおれは横目で眺めていた。
イリーシャをつけていけば、彼女の自宅を見つけるのは簡単だ。
だがそんな簡単なことが、今のおれには至難なのだ。
いくら牢の鍵を握っているとはいえ、さすがに夕方は看守の目が厳しい。
脱獄するなら夜中なのだが、それでは彼女たちを見失ってしまう。
幸い、彼女たちがどっちの方角に向かっているかぐらいはわかる。
こんな砂だらけの砂漠とはいえ、通行路はきちんと整備されているからな。
当然至極。何しろこの砂漠にゃ危険なスナザメがわんさかといるんだからな。
自衛のためにもきちんとした道は作っておく。
道なりに行けば、彼女たちの住んでいる町までは簡単にたどり着けるはずだ。
問題はその先だが……さて、どうするかねえ。
とりあえず町に着いて、それから聞き込みでもやるか。
天国にいるヴァンダルさんのおかげで、いちおう多少の言葉は扱えるようになったから、まあ不可能ではないだろう。たぶん。
おれの語力が異世界どこまで通用するか甚だ疑問ではあるが……決行しかないか!
決行結構コケコッコ――――ッ!!
つうことで――おれは今、この砂漠の海を独り旅しているわけだ。
今回は防寒も万全よ。
給仕のおばちゃんからもらった布切れをマントに改造して装備してるからな。
勇者じゃなくともマントは旅の必需品よ。
「それにしても……」
夜の砂漠は美しいな。
三つの月に照らされて、砂漠の砂がまるで宝石のように輝いているじゃないか。
ときどき轟音と共にスナザメが跳ねるのはご愛敬だが。
おれのスナザメに対する思いは複雑だ。
一度は襲われて殺されかけたが、今は貴重な食料として毎日お世話になっている。しかも美味い。
こんな馬鹿でかい肉が砂漠にわんさかいるんだからそらこぞって穫るし奴隷にも振る舞うわな。
ちなみにこのスナザメ、雑食で何でも食べるらしいが、主食はなんとスナザメらしい。
にわかには信じ難い話だが、こいつらは共食いをすることで繁栄しているのだ。
同種を食って減っていく数より産むことによって増える数のほうがはるかに多いらしい。
いやはや、とんでもない生命体だ。
おれは生物学に明るいわけじゃないけど、こんなイカれた生物、さすがに地球上にはおらんやろ。
さすがは異世界。おれの常識を軽々と覆していく。
楽しい。実に楽しいなあ。
……うん、ちょっと楽しんでる場合じゃないかな。
なんかむっちゃ視線を感じるけど……もしかしておれ、またスナザメに狙われてる?
でも遠巻きに視線を感じるだけで近づいてはこないんだよなあ。
これは予想だけど、この通路そのものに何か仕掛けがしてあるんだ。
たとえば、スナザメの嫌いな臭いを発しているとか。もっと物理的に結界のようなものがはられているとか。
でもそれが、絶対的なものじゃないってこともなんとなく予想がつくんだよなあ。
だってさ、ヤバそうな気配がどんどん近づいてきてるんだもん。
おれの第六感はかなり当たるんだ。
とりあえず、逃げる準備だけはしておかないと……。
ドォ――――――――ン
まるで大型地雷が爆発したかのように砂漠の砂が吹き飛んだ。
月明かりを遮る黒い影!
勢いよく跳ね上がったスナザメの巨体が、頭上からおれに襲いかかる!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!
こんなん逃げられるわけぬぇぇぇぇぇぇぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!!
「たたたたたた、助けてぇ――――ッ!!!」
おれが腰を抜かして倒れ込んだのと同時にまたもや、
ドォ――――――――ン
飛び上がったスナザメの横っぱらに、今度は別のスナザメが食らいつく!!
そいつはおれを撒き餌にしてさらなる大物を捕らえたのだ!!!
九死に一生スペシャル!
おれは這いつくばったまま、まるでゴキブリのような動きで大慌てでその場を離脱した!
――ありがとうスナザメ! おれをスナザメから救ってくれてッ!!
おれは心中で何度もスナザメに感謝する。
何度もいうが、おれのスナザメに対する想いは複雑なのだ。
共食いをする動物はけっこういるらしい