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戦王


 謁見の間に充満させた催眠ガスが消えたことを確認すると、おれは眠りこける親衛隊の間をすり抜けて王の寝室へと向かった。



 こういうときにはマリィ製作の魔道具が役に立つ。

 無駄な戦闘は極力回避すべきだからな。



 にしても……いくらなんでも警備の人間が多すぎやしねえか?



 いったい何をそんなにビビッてるんだか。

 おおかた暗殺を恐れてのことだろうけど、どうせ何人いたっておれは止められないんだから人件費の無駄だぜ。



 謁見の間の奥にある寝室には、これまた二名の親衛隊が警護にあたっていた。

 だから多いっつうの。ドアの前にまで人を置くなよ。



 あーもう面倒くせえ、こいつらは暴力で処理しよう。



「お勤めご苦労さまです!」



 おれはビシッと敬礼をキメてから、護衛が反応を返す前に拳をぶち込んで気絶させた。

 人間、敵意のない攻撃にはどうしても対応が遅れてしまうもの。

 だからあんたらは悪くないぜ。

 敵意もなく自然に暴力が振れるおれが悪党なだけさ。



「女王陛下、夜分に失礼しまっす!」



 おれはバンとドアを蹴り飛ばして寝室へと侵入した。



 よそ様の部屋に無断でお邪魔するのはこれで何度めだったかなあ。

 おれの天職はやはり盗賊かもしれんな。



 はぁ……お頭には悪ぃけど、盗賊はちょっとなぁ。



 とはいえ魔法使いになる夢も断たれたわけだし、今のところはそれでよしとするか。

 盗賊もRPGじゃわりとポピュラーな職業で世界を救うこともざらにあるしな。



「夜分に無礼だぞ! いったい何事だ!」



 こいつが噂の <戦王> ウォーレン十五世か。



 ……若いな。



 写真で見たよりずっと若く見える。

 下手すりゃおれより若く見えるかもしれん。



 ウォーレン・ウォースバイト十五世。

 幼名はミリンダ。年齢は二十三歳。

 先代が歳を喰ってから生まれた子供だから甘やかされて育った箱入り娘とのことだ。



「失礼しました。陛下に朗報舞い降りたため、一刻も早くご報告をと思いまして」



 透き通るような白い髪と肌。

 そして空色の瞳。



 いわゆるアルビノってやつだ。



 こっちの世界でもアルビノは珍しい。

 影武者ってことはまずないだろう。



 そして何よりこいつ……ついてやがるな。



「朗報だと?」


「はい。陛下の病を治療できる者を発見しました!」



 プライベートな時間を邪魔されて、実に不機嫌そうだったウォーレンの顔がとたんにパッと明るくなる。

 もっとも、すぐに曇ることになるんだけどな。



「すぐに会いたい! いったい誰だ!? 其の者はどこにおる!?」


「……目の前におりますよ」



 おれは素早く距離を詰めると、ウォーレンをとっ捕まえて素早く首輪をはめた。



「な、何をする!?」


「ちょっとした保険ですよ。人を呼ばれても困るものでしてね」



 マサキ・リョウ全面プロデュース『隷属の首輪・改』。

 そいつをつけた以上、あんたはもうおれから逃げられねえぜ。



 ひと安心したおれは、近くにあった豪奢なソファにどかりと座った。



「おれの名前はマサキ・リョウ。オーネリアスを拠点にして活動している商人さ」


「商人がどうして妾の部屋に闖入ちんにゅうしてくる?」


「アポはとったんですよ。でもあんたがドタキャンするのでしかたなくです」



 どう見たって異常事態のはずなのだが、ウォーレンはそこまで気にすることなく、助けも呼ばずに冷静におれと会話を続ける。



 そう、こいつが隷属の首輪・改の洗脳効果だ。



 詳しい原理まではわからんが、こいつを装着すると主人であるこのおれへの『嫌悪感』がいっさいなくなるらしい。



 嫌悪感のなくなった人間は、一様に冷静沈着な性格になる。

 嫌悪感がないのだから主人のことは当然、敵と認識しない。

 よって悲鳴もあげないし助けも呼ばない。



 だがこれは首輪の効果の初期段階にすぎない。



 嫌なことを嫌だと感じなくなる。

 善いことはそのまま善いと感じる。

 マイナスの感情が一切なくなりプラスの感情ばかりが積み重ねられる。



 するとあら不思議、しばらく一緒にいるだけで主人に忠実ないぬが誕生するのだ。



 もちろんただのでくの坊じゃない。

 本物の愛を持ち、主人のために自主的に行動してくれる。

 何しろ主人からずっと愛を与えられていると錯覚してるわけだからな。

 主人と狗が善良な人間であればあるほどその効果は強くなる。



 人間の返報性を利用した恐るべき魔道具だ。

 愛の奴隷製造機といっても過言じゃない。

 今まで多くの魔道具を見てきたが、これほど非人道的な道具やつは初めて見た。

 こんなろくでもないもの、いったい誰が作らせたんだ。



 はい、おれです。



 作ったマリィも大概アレだけどな。

 我が師ながら恐ろしい外法使いだよ。

 錬金術が完成して有名になったら世間から大バッシングされそうだ。



「衛兵から聞いたと思うが、妾は大病を患っておる。悪いが日を改めてくれんか」


「だからさ、その病を治す方法をもって謁見しにきたんだよ」



 姫さんにゃ悪いが、こっちも必死なんでな。

 手段を選んでる余裕はねえのよ。

 病はきちんと治してやるから、ちょっとだけ洗脳されてくれや。



「なぜおぬしが妾の病のことを知っている。妾の奇病のことは城の中の者しか知らぬはずだが」


「おれの師匠がすげえ魔法使いでさあ。おれの話からあんたの病状を推測しちまったのさ。治療法を思いついたのはおれだけどな」


「それが真実なら、ぜひ治療をお願いしたい。さっそく始めてくれ」


「残念ながらすぐには無理だ。ああ、あと治す代わりにこちら側の条件も呑んでくれ」


「よかろう。妾の病が完治した暁にはどんな望みでも思いのままだ」



 よし、第一関門クリア。


 おれは持ってきたいくつかの契約書に血のサインをさせると姫さんの首輪を外した。

 これ以上はめておくとマジで洗脳しちまうからな。



「契約成立――と。知っての通り、この『血の契約書』の効果は絶対だ。約束を反故にした場合、自らの魂を代価にすることになるが構わないよな?」


「んん? い、いや、それはあまり気分のいいことではないのだが……ま、まあよい。もとより約束を反故にする気はないからな」



 さて洗脳も無事解けているようだし、第二関門へと進むとするか。



「せっかくだから、もうひとりのほうにも話を通したい。悪いが変わってくれないか」


「バ、バカをいえ! 近年はだいぶマシになっておるというのに、わざわざ変わるバカがどこに――――に――……」



 ……当然、起きるよな。



 おれの話を聞いて、のんびり眠ってられるはずがねえわ。





「お…………お……………………お……おお…………っ!」





 ウォーレンの体が激しく痙攣すると、次の瞬間には青白い炎に包まれていた。

 それと同時に部屋にある置物が次々と空中に浮かんでいく。



 こいつぁ心霊現象ってやつだな。

 しかもかなりコテコテな。



 まったく……こっちの世界の亡霊も芸がないなあ。

 もうちょっと個性を出してもいいもんだが。





「き……さ、ま…………余を……滅…………そう、と……いう…………のか……!?」





 ――――やはりかれていたか。



 マリィの読みはドンピシャリ。

 さすがは我が師。尊敬するぜ。



「いいえ陛下、おれはあんたを滅そうなんてこれっぽっちも思っていませんよ」



 今、ウォーレンの国勢が混乱している原因がこれ。



『船頭多くして船山登る』



 こんな奴が定期的に出てきて国政を取っていたら、そら国のほうも滅茶苦茶になるわな。

 しかもこの亡霊、そうそう無下むげにできる人物じゃねしな。



「むしろその逆。あなたの望みを叶えようと思っているのです。ウォーレン陛下」



 ウォーレン・ウォースバイト十四世――――病で急死した先代国王か。



 まさか愛する我が娘にとり憑いてまで目的を果たそうとするとはな。

 まったく非常識な……だが、これがあるからエルメドラはおもしれえんだけどな。





「余……の…………望み…………を、叶え……るだと?」





 そろそろ呂律ろれつが回ってきたな。



 さあ、ここからが本当の交渉だ。



 あんたらの望みはすべて叶えてやる。

 だからおまえらもおれに協力しろ。

 いや、結果的にしてもらうことになる――が正しいか?

 真実を知れば敬虔な信徒であるこいつらは猛反発するだろうからな。



 もっともこいつらがどれだけ抵抗しようがおれは止まらないがな。

 すでに覚悟は決まっている。

 何が起きようとかならず決行する。




 おれはこの地で――――神を討つッ!



目的のためなら王すら利用する

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