名もなき盗賊団
ネイルの案内でお頭の滞在している古びた一軒家に案内される。
聞けば大病をわずらってここしばらく寝たきりの状態らしい。
ちょいと心配だな。
「おまえが顔を出せばお頭も喜んでくれるとは思うが……あまり体に障るようなことをいうなよ?」
無法上等の盗賊が甘えたことを抜かすな。
さっさと室内に案内せい。
「お頭、入りますぜ」
ベッドと机があるだけの殺風景な部屋に通されたおれは、長らく病の床についたせいですっかり老け込んでしまったお頭と対面した。
「おお、リョウか! ひさしぶりだな、元気しとったか!」
「おかげさまで。お頭こそ体の調子はどうだい?」
「おれは見ての通りだよ。今日はだいぶ具合がいいがね」
声にハリがないな。
おれをハメて有り金をぜんぶむしろうとした頃の元気はさすがにねえか。
あんたがそんなんだとちょいと寂しいぜ。
「大病を煩ったと聞いたけど、そんなにヤバい病気なのか?」
「ギックリ腰だ」
ギックリ腰かよ!
……とバカにしようかとも思ったが、
「それ、盗賊としては致命的にまずくない?」
「うん。かなりヤバい。正直困ってる」
ギックリ腰って文字面は軽いけどけっこうヤバい病気だからな。
まあ、お頭もいい歳だからな。
体のどこかに欠陥が出てもおかしくない。
「盗賊家業もこれで廃業っすね」
「バカいえ! ぜったい治して復帰するからな!」
怒鳴って前屈みになったら腰にキたらしく、痛みで顔を歪ませる。
あいかわらずちょっと抜けてるお頭やなあ。
「治すっていったって、薬を買うカネとかあるわけ?」
「いや、そこはなんとか気合で……」
「そんな貧乏なお頭に、今日はいい話を持ってきたぜ」
おれはスーツの内ポケットから札束を取り出してお頭の鼻先にポンと置いてやった。
「約100万ルピってところかな。そいつであんたら盗賊団に仕事の依頼をしたい」
おーおー、お頭もネイルも目の色変えてんなあ。
まあこんな大金拝んだことねえだろうから当然か。
「リョウ……こんな大金、どこから盗んできたんだ?」
「失礼な。まっとうな商売で稼いだまっとうなカネさ」
ほぼ全財産だけどな。
やれやれ、これでまた文無しに逆戻りか。
別にいいけど。
「そいつを使ってウォースバイト城の内情を洗えるだけ洗ってくれ。最低でも城内の見取り図は欲しい。残ったカネがあんたらの取り分。どうだい、悪い話じゃないだろ?」
現ナマを見てニコニコ顔だった二人が今度は顔を蒼白にする。
忙しい連中だなあ。
「昔から何度も口を酸っぱくしていってるが、貴族相手の窃盗は……」
「あんたらの仕事はあくまで情報提供のみ。王宮に忍び込めなんて無茶はいわねえよ」
それでも充分危険な仕事だけどな。
まっ、あんたらの腕なら心配してねえけど。
「そうじゃなくて、おれたちはおまえの心配をしてるんだ。王宮に忍び込んでもし捕まったら間違いなく処刑されるぞ」
「大丈夫。おれの盗賊スキルはすでに師であるあんたすら上回っているから。おれに忍び込めない場所はねえよ」
「おまえ……ぜんっぜん変わってないな。変わったのは服装だけかよ」
だからスキルが上がってるっていってんだろ。
こうして下準備をする知能だってついている。
あんたらと初めて会ったときよりはるかに成長しとるわい。
性格のことだったら、人の性格がそう易々と変わるわけねえだろ。
たかだか数年程度でガラリと変わってたらむしろ怖いわ。
「それにしても、なんで王宮なんだ? 危険を冒して王宮なんぞに忍び込まなくても金持ちならいくらでもいるぞ」
「それはお頭だって重々承知のはずだ」
おれはできるだけ真剣な顔を作ってお頭の目を見て続ける。
「今、ここウォースバイトはおかしな事態になっている。どいつもこいつもうつむいてて生活に活気がない。国民がこんな有様じゃ盗賊だって食いっぱぐれちまう。こんなことになったのはいったい誰のせいよ?」
「……」
「国王のせいに決まってるよな。新王が無能なら暗殺すりゃいいだけの話だが、事はそう単純ではないとにらんでいる。真相を確かめるためには、王宮に忍び込んで直接謁見するしか手段がない」
「まさかおまえ、この国を救おうというのか? 奴隷にされた、恨みしかないはずのこの国を……」
「この国には感謝しかねえよ。もちろんあんたらにもだ。このカネは、その礼も兼ねての金額だと思ってくれ」
おれはニカリと笑って姿勢を戻す。
「で、受けるのか受けねえのか、どっちだい。おれもあんま暇な身分じゃねえんでな」
「他ならぬおまえの頼み。もちろん受ける、が……ひとつだけ約束してくれ」
なんだい改まって。
他ならぬあんたの頼みだ。大抵のことは聞くぜ。
「すべてが終わったら、必ずおれたちのところにあいさつに来い。前みてえに突然いなくなったりするんじゃねえぞ」
あんときゃ刺されてとっ捕まって奴隷市場に直行だったからしかたねえだろ。
まっ、今度はそんなヘマは犯さねえけどな。
だから約束してやるよ。
かならず生きて帰って、あんたらに報告するわ。
そんときゃ土産話を山ほど聞かせてやるよ。
「しかしいきなり札束をポンと放るとは、まったくもって水くさい奴だ。息子同然のおまえに泣きつかれたら、たとえ無料だって引き受けただろうに」
「だったらこいつはいらねえかい?」
「あくまで仮定の話だ」
おれが札束を拾い上げようとすると、お頭はそれを素早く奪い取り懐にしまい込んだ。
そしてそれが原因で腰をやったらしく、また苦痛で悶絶するのだった。
お頭……やつれてはいるが、あんたもぜんっぜん変わってねえなぁ。
ふふっ、安心したぜ。
そのカネで腰を治して、また元気に善良な市民からカネを脅し取ってやれよ。
市民の元気は、おれが取り戻してやるからよ。
お頭の名前はオッカ・シーラ




