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ウォースバイトの黄昏



「……なんだこりゃ」



 ひさしぶりにやってきたウォースバイトは、かつての熱気をみじんも感じさせなかった。



 あの活気溢れる自由市はどこに消えたんだ?

 せわしなく行き交うキャラバンはどうした?


 一瞬、別の都市に来たのかと勘違いするところだったわ。



 なんでこんなことになったのか、ちょっとゴリアテに聞いてみる。



「自由市が廃止されたせいですね。今は完全認可制になっていて、城内のみで商いが許されています」



 はっ! くっそくだらねえことやってんな!


 そんなことやってたら国の経済が縮んじまうぞ。

 なんで急にそんなバカことをやり始めたんだか。



 ……もしかして、あまり人を出入りさせたくない理由でもあるのか?



 どうもおれの推測は最悪――……いや、最高の形で的中するかもしれんな。



 喜んでいいものやら悲しんでいいものやら、微妙な気分だ。

 予想が的中したとしたら、この国を救えるのはおれだけしかいねえわけだが……まっ、世界を救うための前哨戦ってとこかな。





 城下町に入った後も、人々の活気は戻ってはこなかった。



 まだまっ昼間だってのに……なんだってんだこの不気味なほどの静けさは。



 もちろん人通りがまったくないわけじゃない。

 たまに道の墨っこのほうをこそこそと歩いている市民を見かけたりもする。

 だがそいつらも、おれの顔を見るとあいさつもせずに、まるで逃げるように去っていってしまうのだ。



 いやぁ……こりゃ嫌な予感がビンビンするねぇ。



 イェメンは口では人狩りは終わったといっていたが……はたして本当かな?



 これはもしかしたら、ただ表に出なくなっただけかもしれんな。



 だとしたら、おれたちの身もヤベえかな?



「どうしたんですか、急に笑ったりして」


「いや、何でもないです。気にしないでください」



 おっといけない、つい顔に出てしまったか。


 こんな時にもスリルを求めてしまうのはおれの悪癖だ。

 特にゴリアテはマジで惚れてるのか、おれの表情をよく見ているからな。

 この国に潜む危険を悟られないよう気をつけないとな。

 あとおれの本性もな。





「……え? 入城を許可しないってどういうことです!?」



 城門の前でイェメンが衛兵に大声で詰め寄る。

 それもそのはず、わざわざアポまで取って遠路はるばるやってきたのにまさかのドタキャンだ。

 いくらなんでもそりゃねえわ。



「しかたあるまい。国王は体調を崩されてしまい、今は謁見できる状態ではないのだ」


「しかしですね、我々はここに来るのに相応の出費を……」



 おれはイェメンを手で制して会話に割り込む。

 上の命令に従っているだけの下っ端相手に口論したってしかたねえしな。



「では国王の体調が戻るまで我々はここに滞在いたします。国王にその旨よろしくお伝えください」



 おれは深々と頭を下げて早々に会話を打ち切った。



 ……ダメだな、こりゃ。



 国王の身に何が起きたか知らんが、この調子じゃ何日滞在しようが謁見の許可なんてもらえそうにない。

 さんざん待たせた挙げ句、許可自体が取り消されるのがオチだ。



 それだけならまだマシなほうで、ヘタすりゃおれたち全員とっ捕まって奴隷コースだな。

 おれは別にいいけどね、スーツなんて柄じゃねえし。

 でも他の連中は嫌だろう。



 だったらまあ……別のルートを探るしかねえな。



「冗談だろう。こんな辛気くさい場所にしばらく滞在しないといけないなんて」



 イェメンが心底うんざりした顔で頭を抱える。


 まったくだ。

 首都がこんな状態じゃウォーレンのお先まっ暗だ。

 とてもじゃないがオーネリアスに援軍なんて送れる状況じゃねえわ。



「ですが何の収穫もないまま戻るわけにはいきません。書状はあるのですから、ここはしばらく様子を見ましょう」



 おれの提案に会員たちは一様に同意した。

 というか、この状況では同意せざるをえなかったというのが正しいか。







 宿の手配をゴリアテに頼むと、おれは散歩に出かけると告げてウォースバイトのスラム区域へと赴いた。



「ここはまったく変わってねえな」



 城下町のほうがスラム並に辛気くさくなっちまったから、むしろこっちのほうが過ごしやすいかもしれんな。

 もっともそうのんびりとはしてられねえんだがね。



 おれは『連中』のたまり場まで足を運ぶと、しばらく何もせずに待ち続けた。




 ――あいつら……まだ生き延びてるといいんだがな。




「『山』」



 ……ふっ、どうやら杞憂だったようだな。



「『川』」



 昔おれが教えてやった古くせえ合い言葉をまだ使ってやがるのか。

 ちなみに元ネタは忠臣蔵だぜ。

 おれたちゃ忠臣とはほど遠い、自分が一番のクズどもだがな。



「リョウ、おまえ生きてたのか!?」



 合い言葉の確認を終えると、物陰からショートカットの女性が嬉しそうにおれの懐に飛び込んできた。



「ようネイル。あいかわらず化粧がケバいな」



 ネイル・ロッケンマイヤー。

 かつて身ぐるみを剥がされかけ、逆に色々と世話してもらった盗賊団の一員だ。

 容姿に自信がなくて化粧で顔をギトギトにしているが、実は化粧を落とせばそこそこ見える顔だ。


 どちらかといえば美人側なのにもったいない話だよ。

 このありあまる美貌をビジネスに有効活用しているおれさまを見習ったほうがいい。



「そっちはずいぶんと羽振りが良くなったね。スーツ似合わないねえ」



 まったくだ。

 だがこのリグネイア産ビジネススーツは暑いときは涼しく寒いときは温かいスグレモノなのだ。

 こいつ一着でどこにでも行ける。

 よってスケープゴート商会の標準装備としているのだ。



「ド底辺の奴隷だったあんたにいったい何があったんだい。詳しく教えてくれよ」


「身の上話は後回しだ。まずはおかしらと話をさせてくれ」


「お頭にいったい何の用だい? まさかまたヤバい話じゃないだろうね」



 おい、またってなんだよ。



「あんた昔も貴族管轄のシスター寮に忍び込むんだとか息巻いてただろ。何度もいうけど、あたしら盗賊の間じゃ貴族相手の盗みは御法度なんだよ」


「今は今。昔は昔。見ての通り、ここ数年でおれだって成長したさ」



 スーツ姿を見せびらかしてみるも、ネイルのしかめっ顔は戻らない。

 疑い深いやっちゃなあ、まいっちゃうよホント。

 いつまでもおれが無謀無軌道を地で行く火の玉ボーイだと思うなよ。



 おれはただお頭と、夜中こっそり王宮にお邪魔する相談がしてぇだけさ!


常習犯

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