再びここから
渋って、
渋って、
渋って、
さんざん渋りまくった挙げ句、マグルワ商会はおれの要求を呑んだ。
会議の日取りもそうだが、どのみち呑むしかなかったのにいちいち決断が遅っせーんだよ。
そういう女々しさはアマゾネスたちの印象を悪くするぜ。
まあ、今回はギリギリセーフってことにしておれがフォローしといてやるよ。
マグルワとは今後とも取引を続けてえからな。
代わりいっちゃなんだが、国との交渉はぜんぶ連中にやらせた。
話のわかるオーネリアスとは違い、色々とおかしくなっちまってるウォーレン本国の相手はさぞや大変だろうが知ったことではない。
てめえの国のことはてめえでなんとかせにゃならんのよ。
おれは客人としてマルマンの宿屋でのんびりと休憩させてもらうとするよ。
「――――ああ、オッケー。じゃ、また連絡するわ」
「誰か人がおられるのですか?」
おれが宿屋のベッドの上でマリィと会話をしていると、差し入れを持ってやってきたゴリアテがさも不思議そうに聞いてきた。
「いや、携帯ワイツだよ。定時連絡しろって師匠がうるせえんだ」
おれはすぐに通話をきってゴリアテに答える。
「どこにワイツがあるんですか?」
「この首輪がそうだよ」
「犬のような首輪をしていると思ったら……なるほど、なかなか便利そうですね。私からもかけて構いませんか?」
「無理。こいつは専用回線だ」
代わりに通常のワイツと比べて通信距離が格段に長い。
ここから遠く離れたリグネイアからでも通話が可能なのだ。
「ところでゴリアテさん、何かご用があって来たのでは?」
「あ、はい。ウォーレン王への謁見の日取りが決定しました」
ゴリアテはおれの隣に座るとウォースバイトからの書状の写しを広げる。
――三日後の正午……か。
やけに早いな。
マグルワの連中なんて一年以上も待たせやがったのに。
いや、早いのは結構なことなんだが、何というか国としての焦りのようなものを感じるな。
もしかしたらこの国、予想以上にマズいことになっているのかもしれん。
「調整ありがとうございます。わがままを聞いてもらってすいません」
「いいんです。私どももいつかは向き合わなければならないことでしたので。むしろあなたから勇気をいただきました」
ゴリアテはほんのりと顔を上気させて、おれの肩に頭を乗せてきた。
「今夜、お時間ありますか?」
「いやないですね。日取りが決まった以上、すぐにイェメンさんと対策会議を開かないと」
おれが素早く立ち上がると、肩に寄りかかっていたゴリアテは支えを失ってベッドの上にゴロンと横たわった。
「では失礼します」
「あ、ちょっと――――ッ!」
呼び止めるゴリアテを無視しておれは部屋から出ていった。
この業界でもっとも気をつけないといけないもののひとつにハニートラップがある。
うちのじっちゃんも若い頃に何度も仕掛けられてその都度、週刊誌にスッパ抜かれていたといっていたな。
無論、ありとあらゆる手段を用いて犯人を捜して報復したそうだが。
おー怖い怖い。
エルメドラにも当然あるとは思っていたが日本ほど洗練されてはいないな。
さすがにこのタイミングで女が一人でやってくるのはうさんくさすぎるわ。
もっとも、うさんくさかろうがくさくなかろうが、おれはここで女と関係を持つ気はさらさらないけどな。
おれはヴァンダルさんの仇をとるつもりでここに来ている。
浮ついた感情は一切ねえし、マグルワの連中に隙を見せる気もねえよ。
さて、宿を追い出された形になってしまったが……この後どうするかな?
まあ、宣言通りイェメンのところで対策会議でもすっか。
どうせあいつが仕掛け人だろうし問いつめる意味も兼ねてな。
――三日後。
特に大きなトラブルもなく、おれたちはウォーレンの首都ウォースバイトに出発した。
「リョウさん、私は本気ですよ?」
「あーはいはい。今は仕事に専念しましょう」
あれ以降もしつこく食い下がるゴリアテを軽く受け流し、おれは故郷のように懐かしい砂漠の都市に思いをはせた。
ウォースバイトには見知った顔がたくさんいる。
今から会えるのが楽しみだ。
――おっと、そんなことを考えているとさっそく顔なじみのご登場だ。
おれたちの一団が砂漠を横断していると、砂中から一匹のスナザメが高々と跳ね上がった。
基本夜行性のスナザメ――正式名称はガードナというらしいが――だが、たまにこういう変わり者がいる。
まっ、昼行性の人間にも夜更かし大好きな田中みたいな奴がたくさんいるけどな。
「……ひさしぶりだな。会いたかったぜ」
おれは小声で古き友にあいさつする。
振り返れば、おれが異世界に来て初めて出会ったのがあんただったな。
今見てもあんたは荘厳だ。
ウォーレンの砂漠は、あんたがいるから美しいんだぜ。
……こいつもエルナーガによって生み出されたエイラなんだろうな。
やっぱり刺客としてオーネリアスから送り込まれたエイラの子孫なのかねえ。
色々と妄想がたぎるが、真相はわからんだろうな。
おれは、あんたを滅ぼすつもりはねえ。
もちろんあんただけじゃねえ。
人類も神徒も聖獣も、機人でさえも滅ぼすことはしねえ。
みんな仲良く――なんてのはどだい無理だ。
おれたちはこれからも醜く争い続けるだろう。
これはもうわかりあうあわない以前の問題。生物として当然持つ本能的なものだ。
スナザメはこれからも人を食うし、おれも腹が減ったらスナザメの肉を食う。
みんな生きるために必死だからだ。
だが、そんなおれたちの必死をあざ笑う奴らがいる。
おれたちをチェスの駒扱いする、神の名を騙るふとどき者たちだ。
そんな連中をおれは許さない。
おれをここに召喚した本物の神が赦さない。
ゴルドバ大陸。
おれが召喚された始まりの大地。
再びここから始めよう。
反撃の嚆矢は、すでに放たれているのだから。
戦いの火蓋は切って落とされた




