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世の中はSとMで構成されている

 夕暮れになって看守が今日の労働の終わりを告げる。



 事故防止か、それとも闇に紛れての脱走を阻止するためか、とにかく夜間労働はいっさい行わない。

 日が落ちる前におれたちは独房へと戻される。



 徹夜いっさいなしとか実はけっこうホワイト企業なんじゃね?



 ……なんつってな。

 ちょっといってみただけ。



 でも日本のリーマンたちが奴隷じみてるのは本当の話だ。

 日本があんだけ繁栄してるのは社会がリーマンを馬車馬のようにこき使ってるからだよな。いーことなんだかわりーことなんだか。



 もっとも、今のおれさまには連中の気持ちがとてもよくわかるんだけどな。



 仕事……つうか役割を強要されて自由を束縛されるのって一種の心地よさがあるよな。

 みんなそれに酔ってるんだ。



 こういう話をするとリーマンはすぐに、いかにも疲れた風な声で「金のためにしかたなくやってる」なんていうけど、そんなのウソっぱちだ。


 ホントに嫌ならとっくの昔にやめてる。

 仕事なんていくらでもある。

 ボイコットだっていつでも起こせるから嫌がおうにもブラック企業なんてなくなる。



 じゃあなんで過労死するほどに働くのか?

 ボイコットしても少数派になることが多いのか?



 実は連中、酷使されるのが大好きなんだよ。

 マゾなんだよ。潜在的にな。

 それさえやっときゃ社会の一員として認められてるっていう安心感も得られるから一石二鳥だ。



 おれも日本むこうじゃさんざん友だちに命令を強制したけど、あれだってホントは聞く必要なんかないんだ。



 親の職を奪われる?

 だから何? 柾グループの息のかかっていない企業なんていくらでもある。

 法律もあるから不当な解雇には抵抗だってできる。



 それ以前に、なぜパパが、なぜ傘下の企業が、おれのいうことを聞く必要がある?



 おれを見ろよ、どこをどうみたってただのガキだろうが。

 パパが親バカだったらおれにスパルタな教育ほどこさねーよ。



 なのにみんな、おれのいうことをホイホイ聞くんだぜ?

 ……なんでだと思う?



 理由は単純明快。みんなそういうのが好きなんだ。

 上からの命令で下を締めつけるって行為が、逆に上から締めつけられるって行為が。



 理不尽な理由でクビをきるよう命令する。

 命令だからしかたないフリをしてクビにする。

 クビにされたくないからしかたないフリをして命令をきく。



 そういう状況を楽しんでるんだ。

 日本の社会はSとMで形成されている。さらにいえばそれは表裏一体なんだ。

 個人差はあれど虐げることが好きなやつは虐げられることも好きなんだよ。

 虐げられている人間に自己を投影させてるんだ。



 虐げる側も虐げられる側も満たされている。

 かつての我が祖国は、究極の奴隷国家といえるかもしれない。



 誠に遺憾ではあるが、どうやらリア王であるこのおれも他の一般的な日本人とさして変わらないか、もしくは――――



 轟音が、おれの思考を妨げた。

 おれはこの音をよく知っている。



 看守たちがあわてて轟音の起きた現場に向かう。

 嫌な予感がしたのでおれも一緒についていく。



 嫌な予感は的中した。



 ざわめく群衆の中心には、黒こげになったヴァンダルさんがいた。

 おれが食らった程度の軽いやつじゃない。あのバカでかいスナザメを葬った雷魔法だ。

 とうぜんながら生きている可能性は低い。まず即死だ。



「ヴァンダルさん!」



 おれは看守を振り切って駆け出すと、ヴァンダルさんの亡骸にすがりついた。

 おれとヴァンダルさんが仲良しなのは周知の事実だから、そう不自然ではあるまい。



 とはいえ、すぐに引きはがされてしまったわけだが。

 ちっ、人の情ってモノを知らん連中はこれだから困る。



 イリーシャたちも慌てて駆けつけてくるが、もう手遅れだろう。

 さっき触ってみてわかったが、脈は完全に止まっている。蘇生できたらたいしものだが……。





 群衆に紛れてしばらく経過を観察していたが、やはり無理だったようだ。

 イリーシャは辛そうな顔でゆっくりと首を横に振った。



 落雷の衝撃で見開いたままのヴァンダルさんの瞳を手で閉じさせると、イリーシャは指を組み神に祈りを捧げる。

 こういう作法はどこの世界でも一緒のようだ。



 ……やっぱ無理か。



 魔法だろうと失った生命までは元に戻せない。

 当然だ。そこまで万能だったら逆に面白くない。



 だが蘇生魔法がないっていうのは貴重な情報だ。

 イリーシャのレベルが足りてないだけかもしれないけど、そこはおいおい調べていくとしよう。



 見たいモノが見れてひととおり満足した。もうここにいる必要はない。

 おれは看守に抵抗するのをやめて粛々と自分の独房へ戻った。





「くっ」



 く……くくくっ!


 おれは込みあがってくる喜びを抑えきれずに口を覆った。



 家族に会いたがっていたヴァンダルさんが脱走をもくろんだのはまあわかる。

 当然むこうだってそう簡単には脱走を許さない。


 結果、処刑されるのは……まあ妥当だろう。



 まっ、いずれやるとは思ってたよ。

 だからこそ、後腐れのなさそうなおれに身の上話を聞かせたかったんだろうしな。

 いわゆるひとつの決意表明ってやつだ。



 普通に考えりゃ死ぬ。

 なのに実行に移した。



 理由は単純。

 ヴァンダルさんがマゾだからさ。



 自殺はMの極みであり、おれの祖国のお家芸だ。

 死にたくなけりゃおとなしく働いてりゃ良かったんだよ。五年もすりゃ解放されるだろうっていってたのはあんた自身だ。



 だから、くたばったのはしゃーない。

 悪いけど特に悲しくもない。

 だがヴァンダルさん、あんたの死はまったくの無駄ってわけではなかったよ。



 実はおれ、さっきの騒動に乗じて看守の鍵束から自分の鍵をくすねてたのだ。



 ふふっ、おれはちゃーんと覚えてたんだよ。鍵束の何番目が自分の鍵かってことをね。

 これでも記憶力はいいほうなんだ。特におれの独房の鍵にはわかりやすい傷がついてたから覚えやすかったよ。



 つうことで、晴れておれは自由の身になったってわけだ。



 ――くはははははははははっ!!!



 ヴァンダルさん。あんたは本当に最高の恩人だったよ!

 おれに言葉を与え、今度は自由まで。あんたは勇者であるおれに神が遣わした使徒だったのかもしれないな!



 あんたはおれのこれからの大活躍を見ずに天国に帰っちまったけど……まっ、安心しなよ。


 おれは、あんたの分まで面白おかしく生き延びてやるからさ!

 あははははははははははっ!



 そうそう……さっき悲しむフリをして抱きついたのには実は理由があるんだ。

 それはこいつさ、ヴァンダルさん。



 あんたが後生大事に持っていた家族のペンダント。

 ちょっとこげついちまってるけど……こいつはいつか必ず、あんたの家族の元に届けてやるよ。



 あんたは故郷には帰れなかったけど、せめてこいつぐらいはあるべき場所に返してやるさ。

 亡くなった家族だってあんたの安否を知りたいだろうしな。

 訃報になっちまうけど、そこはまあ勘弁してくれや。



 受けた恩はかならず返す。

 ヴァンダルさん。こう見えてもおれは、けっこう義理堅いんだぜ?

良いやつなんだか悪いやつなんだか

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