交渉
「……話はだいたい理解した。つまりグゥエンに命を狙われておるから、魔法騎兵隊に身柄を保護してもらいたいということじゃな」
「ぜんぜん違います」
この耄碌じじい、話のうわっ面だけ聞いててぜんぜんおれの意図をわかってねえな。
「おれの望みは、おれの命を狙う金色の翼の壊滅です」
「……ムチャクチャいっとるのう」
無茶苦茶じゃねえよ。
魔法騎兵隊に保護されたところで所詮は一時しのぎにすぎん。
災いは根本から断つのが当然。
「同じリグネイア軍の同胞たちと戦うことなどできるはずないじゃろ」
「私はぜんぜん構いませんがね」
やっぱりマリィのほうが話がわかるな。
あんたがマジック隊長だったら良かったのに。
今からそういう設定にしてくんねえかな。
「壊滅というのは言い過ぎました。グゥエンの首と『みせしめ』として金の翼の所有する飛空艇の三分の一を墜とす程度で構いません」
「じゃからのう、そんなことをしたらわし、リグネイア王に顔向けできんわ。無理な相談を持ちかけてくるでない」
「無理じゃありませんよ。だってあなた、さっきから一言も『太刀打ちできない』とはいわないじゃないですか」
そう、自信があるんだ。
しかも絶対的な。
世界最強の軍隊、魔法騎兵隊は超エリート集団。
軍人くずれの空賊どもに遅れをとるはずがない。
正面きって戦えば、かならず勝つ。
「せっかくの機会ですし、魔法騎兵隊を見下す空賊どもに見せてやりましょうよ。圧倒的な格の違いってやつを」
「自分の問題なのにいつの間にか派閥間の争いにすり替えようとしとるな。いつもそんな調子で交渉しとるんかい。性格の悪いやっちゃのう」
ちぃっ、意外と食えねえじじいだ。
マリィなんてあっさり陥落したのに。
他のアホどもとは年季が違うな。
亀の甲より年の功ってか。
「おれの持っている情報さえあれば、魔族に勝利することも容易い。たかだか空軍の遊撃隊ひとつ、たいした犠牲でもないはずです」
「聖煙の解除法か。疑う気はないが……よく思いついたもんじゃ」
当然よ。
おれがどれだけイドグレスであがいたと思っているんだ。
聖煙の解除なくして人類軍の勝利はありえない。
生き残りてえなら、あんたらはおれの要求を呑むしかねえのよ。
「何を迷うことがあるのです。なにも空軍すべてを潰して欲しいとお願いしているわけではないんです。リグネイア王とてあなたになら文句はいわないでしょう。人間国宝であるあなたになら」
「わしはのう、聖煙なんて解除されんほうがええと思っとる」
……なんだって?
そんなこといいだす軍関係者には初めてあった。
ただの高齢期障害か、それとも……。
「聖煙があるから、魔族はイドグレスを主な活動拠点にしとる。聖煙がなくなったら魔族は世界中に拡散していくじゃろう」
「各個撃破はむしろ望むところではないですか。第一、聖煙が晴れなければ魔法使いはイドグレスに攻め込めない。空賊どもに手柄を持っていかれてしまいますよ」
「煙が晴れたところで人類は魔族には勝てんよ。三度も魔王を討ってなお魔族を滅ぼせていない現状がそれを証明しとる」
「そんなことはありません。現にオーネリアス軍は魔王軍に勝利を収めています」
「あれはイドグレス本土のほうで緊急事態があって、向こうさんが勝手に退いただけじゃ。きちんと情勢を見ておる者なら一目瞭然よのう」
すげえ情報網だ。完璧に状況を把握してやがる。
お飾りのボケ老人かと思って侮った。
さすがはエリート集団を束ねる者といったところか。
「それでも、おれの研究結果さえあれば勝算はあります。おれを信じて協力してくださいよ」
「嘘をつくでない。おまえさんの目はハッキリこういっとるよ。『シグルス・レギンがいるかぎり、人類に勝ち目などない』とな」
――――ッ!
――……なるほど。何もかもお見通しってことか。
だが、残念だとは思わねえぜ。
逆だ。
リグネイアにもきちんと現状を把握しているリーダーがいて、おれは嬉しい。
最初は煽りまくって金色の翼を処理させるだけのつもりだったが……予定変更。こいつらには是非、おれの仲間になってもらいたい。
マジックさんの希望でおれは二人きりで庭園の中を散歩することになった。
マジックさん曰く『おぬしの心にはゆとりが足らん』だとさ。
最近は結構ゆとりある生活を送ってきたつもりだけど、それでもまだ足りないってか。
どんだけゆとりゃいいんだよ。
このじいさんはゆとり教育が起こした弊害とか知らなそうだ。
「どうじゃ、趣ある庭園じゃろ。古い日本庭園を意識してわしがこさえたんじゃ」
ああ、この古めかしさは意図的だったのか。
それでもさ、もうちょっとぐらい手入れしたほうがいいと思うぜ。
面倒くさいから放置してる感ハンパねえ。
「ロイクヤードの町並みもそうじゃ。町民たちの好意で、わしの祖国に近いイメージになるよう整備してくれたんじゃ」
「マジックさん、あんたもしかして……」
「わしの本名は野村庄一。おまえさんと同じ日本人じゃよ」
マジック・ショウというのはかつて庄一さんが勇者のメンバーだったときにつけられたあだ名なんだそうだ。
本人がその名をいたく気に入って、今ではぜんぶあだ名で通しているらしい。
――魔法使いの庄一が魅せる、マジック・ショーってか。
当時の勇者さまご一行はなかなかいいセンスしてるんじゃないかな。
「わしもおまえさんと同じぐらいの歳にエルメドラに召喚されてのう。当時、勇者を名乗っていたリグネイア四世に誘われて魔族討伐の旅に出たんじゃ」
マジックさんがいうには当時は魔王イドグレスも復活しておらず、魔族の活動も活発ではなかったため、パフォーマンスにはうってつけだったそうな。
パフォーマンスっていうのはいわゆる『勇者ごっこ』のことだ。
パーティを組んでイドグレス大陸に乗り込み、魔族を討伐して帰って名声を得る。
そういう遊びがブームだった時期があるんだとさ。
「当時のリグネイアはまだ若く、優秀な学者だった弟を差し置いて王位に即した。魔族討伐でもして自分の名に箔をつけたいと考えたんじゃろうな」
だが、それはあまりに浅はかな考えだったとマジックさんはいう。
「イドグレスにはまだいたんじゃよ。魔王に匹敵するおそるべき魔族がな」
魔王の子。シグルス・レギン。
そしてその従者であるロイヤルズ……か。
「当時のわしは最強の魔法使いなどと呼ばれて少し天狗になっておった。その鼻っぱしらがへし折れるには充分すぎるほどの『恐怖』じゃったよ」
マジックさんは勇者リグネイアと共に三度、シグルスさんたちと闘りあって――三度とも手痛い敗北を喫しておめおめと帰ってきたらしい。
その辺の経緯は歴史から抹消しているそうだからおれも知らなかった。
「あんな怪物によく三度も挑めましてね」
「いや……なんかこう、途中から引っ込みがつかなくなっちゃって。特に三度目なんて半ばヤケクソじゃったわ。最初から逃げる準備をしとったからどうにか生きて帰れたがのう。我ながら情けないことじゃと思っとる」
前にもいったけど、シグルスさん相手に生きて帰って来てるだけでもすげえわ。
しかも三度も……これ、ちょっとした奇跡じゃね?
要するにだ、リグネイアさんもマジックさんも伝説になるにふさわしい実力者ってことだな。
もっとも歴史改ざんはいただけねえけどな。
「それでもまあ、当時のヤンチャのおかげで今でも伝説の魔法使いなんて大仰な名前で呼ばれておるのだがのう」
もう二度とやらんがなとマジックさんは苦笑いした。
「おまえさんは昔のわしによう似とる。どこか生き急いどる気配がある」
「もちろん急いでますよ。全力全開で」
人生は短い。
リア王の人生は特に。
死ぬほど急がずして人生を謳歌などできない。
「マジックさんは生き急いだおかげで伝説の魔法使いと呼ばれるようになった。より多くの事を成し遂げるためには、他人より多く動かなくてはいけないのです」
「なるほど一理ある。じゃがそれは本当におまえさんの目指しとる道か?」
……痛いところを突いてくるな。
「わしも仕事人間で、この歳になってようやく望郷の念にかられるようになったクチじゃから、あまり偉そうな口は叩けんが……結果だけを追い求めすぎると、いずれ自分を見失うことになるぞい」
うちのじっちゃんのようにかい?
ああ、わかってる。
わかっているさ。
そんなことぐらい、とっくの昔にさ。
「それでも、今は急ぎます。この世界を救うために。自分のことは、その後にゆっくりと考えるとします」
このまま戦争を続ければおそらく人類は敗北する。
だが魔族の天下になるとも思えねえ。
泥沼の戦争の結末はきっとロクでもねえものだ。
だったら、イドグレスの自称親善大使であるおれが止めるしかねえだろ?
ケッ、あんまり使命感で動きたくはねえんだけどな!
「わかった。ならばもう何もいわん。グゥエンの件はわしに任せておけ」
「金色の翼を壊滅させる決心がついたのですか?」
「バカいえ。きちんと話し合いで解決したるわい」
「アレは獣ですよ。人の言葉を解するようには見えませんが」
「これでもわしは軍の生き字引じゃぞ。あんな若造どうとでもできるわ」
そいつはどうかねえ。
まっ、しかたねえ。実は自分でも無茶ぶりだとは思っていたからここらで折れておくか。
「魔族と人類は和解すべきです。そうしなければ両者に待っているのは滅びの道です。マジックさん、おれに協力してください」
「おぬしに協力することで和解の道が実現できるならいくらでも協力したるがね。残念ながら現実はそこまで甘くはないんじゃ」
「現実に味などありません。仮にあったとしても口の中に入れなければわかりません」
そして、たとえそれがどれだけ苦かろうが、覚悟を決めて飲み込むしかねえのよ。
でなきゃ飢えて死んじまうんだからな。
「あなたほどの大魔法使いなら直感でわかるはずです。おれが世界を変えられるか否かを」
「魔法使いの勘が当たるなんつうのはただの迷信じゃ。仮に真実だとしてもすっかり耄碌しちまったわしには無理じゃよ。じゃが……」
マジックさんは振り返り、おれの顔をのぞき込む。
「同郷のよしみじゃ。できる限りのことはしてやるわい」
……ありがとうございます、マジックさん。
おれはマジックさんに深々と頭を下げる。
このリア王が人に頭を下げるなんてよほどのことだぜ。
そんだけ感謝してるってこった。
部隊を動かせなかったことは少々痛いが、これでおれは魔法騎兵隊という強力な後ろ盾に手に入れたことになった。
マジックさんからもらったこのカード、大事に使わせてもらうぜ。
同郷のよしみ




