光と影
おれが机で魔法書を読んでいると、オネットが教室に飛び込んできた。
おいおい遅刻ギリギリだぜ。学生だったらもうちょっと時間に余裕を持って来なよ。
「……まさか、この期に及んでのんきに教室にいるとは思いませんでしたよ」
「そりゃいるよ。やること済ませて暇なもんでな」
「今からちょっと校舎の裏まで来てもらえませんか」
「そりゃ無理だ。今から授業がある」
「いいから!」
ほう、今日は珍しく強気だな。
またいじめでもする気かい。
まあいいか。おれも真面目くんってわけじゃない。
一限目ぐらいはフケておまえについていってやるよ。
「あなたとんでもないことをしてくれましたね!!?」
校舎の裏まで来るとオネットものすごい形相でおれに怒りをぶつけてきた。
そりゃそうだ。てめえの親父の腕をぶった斬られたんだからな。
おれがパパの腕を斬られたとして、ここまで怒りを露わにするだろうか。
……いや、しないな。
オネット、おめえは立派だよ。
実に立派な『人間』だ。
おれなんかとは大違いだ。
「お~怖い怖い。グゥエンの野郎チクりやがったな。ダセえ男だねえ」
「パパは何もいってません。でもあなたを返り討ちするといって宝物庫に張り込んでいたわけですから、誰にやられたかなんて誰でもわかりますよ!」
「もしかして警察にもいってないのか?」
「いえるわけないでしょ! マルクマード家は武門の出ですよ!」
そりゃそうか。
戦で成り上がった武闘派が、ガキの賊に腕をぶった斬られたなんて知れたらしまいだわ。
ヤクザが不良にやられたって警察に泣きつくようなもんだ。
まあこの辺は予想のつく話だ。
「その様子だとグゥエンは無事のようだな」
「無事なわけないじゃないですか! 家中大騒ぎでしたよ!」
「いいかたを変えるわ。腕はきちんと治ったんだよな?」
「それはもちろん。出血多量で重症ですけどね」
そりゃそうだろうね。
でも最近の回復魔法はそこもケアしてくれるから、死ぬまでには至らんと思っていたよ。
「やるとはいってましたが、まさか本気でやるとは思っていませんでしたよ」
「実はおれもやる気はなかったんだが、相手が銃を持ち出してきたからやむをえずだ」
おれはオネットから少し距離をとってから構える。
「……何をやってるんですか?」
「おまえの得意な距離まで下がってやったんだ」
よし、このぐらいの間合いならフェアだろ。
おれは格闘技。おまえは魔法。
特技は違えど互いにステゴロであることには違いねえ。
どちらが勝とうが何の遺恨もねえはずだ。
「復讐ならいつでもウェルカム。さあいつでも好きなときにかかってきな」
「いや、いきませんよ。悪い冗談です」
復讐するために呼びつけたんじゃないのか。
こいつもよくわからんやっちゃなあ。
「てっきり親父さんを傷つけられて怒り心頭だと思ってたんだがな」
「……正直にいいますと、僕はパパにあまりいい感情を持っていませんから」
オネットがいうには、グゥエンは家族で唯一魔法を使えるオネットのことを煙たがっていたそうだ。
普段はろくに口も聞いてくれず、事あるごとに難癖をつけてはオネットに暴力を振るっていたそうな。
「だからリョウさんがパパを斬ったことを知って、実は少しだけ胸がすきました」
「ふぅん、てっきり家宝扱いされてると思ってたから意外だったわ」
てめえの息子にまで嫉妬するとは器の小さい男だなあ。
ぶった斬っといて正解だったわ。
「だったらなんでおれをこんな場所に呼びつけたんだよ」
「だったらも何も、リョウさんがあまりにも状況を理解してないから、一から説明するためですよ!」
――こんなところでのんびりしてたらあなた、死にますよ!
オネットはものすごい剣幕でまくしたててくる。
ネクラかと思いきや意外と暑苦しい奴だ。
「リグネイア刑法に未成年の死罪はないぞ」
「警察なんて使うわけないでしょ! 僕にはわかる。あのひとは絶対にあなたを赦さない! ありとあらゆる手段を用いて必ず復讐しにきますよ!」
「それは違法にか?」
「当たり前じゃないですか! あなたという存在すべてを闇に葬り去る気ですよ!」
聞けばグゥエンは敵対者を暗殺することで今の地位を築いてきたらしい。
ハッキリと口にしたことこそないが、いつも一緒に暮らしているからわかるんだと。
なるほどねえ、おれは今のあいつにとって一番の敵対者ってわけか。
「だったら特に問題はないな」
「問題ないってあんた、マジでころされますよ!」
「おまえは、おれのことをちょっと勘違いしてるみたいだな」
グゥエン――おれが想定しうる中で、もっとも安易でもっとも与しやすいカードをきってくるか。
本当に、本当に、本当に愚かな奴だなぁ……。
「おれはあのイドグレスで魔族をたぶらかして生き延びた闇の王だぞ。イリーガルにやりあって、おれに勝てる奴なんてリグネイアにゃいねえよ」
おれがあいつにやられて一番困るのは合法的に処分されることだ。
凶悪犯として全国に指名手配されることだ。
そしたらたとえ今逃げ延びられても、おれがまっとうに生きられる場所はなくなる。
ちょっと考えれば、いや考えなくても誰でもわかる簡単な処理方法だ。
それをわざわざ、てめえのほうからおれの領域に踏み込んでくるなんて……呆れてモノもいえねえ。
もっともあいつがおれの側の人間だってことは百も承知だったけどな。
闇の住民は闇の住民同士、日の当たらねえところで喰いあうとするか。
「おいマリィ、聞こえているか? あんたと取引したい」
おれは隷属の首輪についている通信機能を使いマリィに連絡を入れた。
目には目を。
歯には歯を。
軍には軍を。
それがおれの流儀よ。
「――――……オーケイ、取引成立だ。じゃあ明日にでも迎えの車を頼む」
おれは通話を切ってから、情報提供者のオネットに感謝した。
「しかしよう、なんでわざわざおれにそんな忠告をしに来たんだ? おまえとしちゃおれが死んだほうが何かと都合がいいだろ」
「……自分でもよくわかりません。ただ僕は、あなたに死んで欲しくないって思っただけです」
「いじめはするのにな」
「それはいわないでくださいよ。あなたの話を聞いて、正直すごいと思った。僕にはぜったいに真似できない。
……パパに逆らうことさえできないこの僕には」
オネットは怒っているような悲しんでいるような、複雑な心境の入り交じった顔で拳を強く握りしめた。
「あなたは死んじゃいけない人だ。生きてさえいればきっと世界を大きく変えてくる。そんな予感がするんです」
「ただの勘かい」
「そうです。これは僕の魔法使いとしての勘です」
ふっ……優れた魔法使いの勘はよく当たるっていわれるもんな。
じゃあ、未来の大魔法使いさまの眼が曇っていると思われないよう、せいぜいあがくとしますかね。
「情報提供ご苦労。こいつは報酬だ」
おれは懐に入れていた写真機のフィルムをオネットにくれてやった。
すでに目的も果たしたことだし、持ってる理由ねえわ。
「いいんですか?」
「ああ。がんばって勉強して出世して、親父を見返してやりな」
さて、そろそろ二時限目の授業の時間だ。教室に戻るとしますかね。
これが最後の学園生活になるかもしれんしな。
「リョウさん、かならず生き延びてください」
――オネット。
どうやらおまえは、おれやグゥエンほど堕ちちゃいねえみてえだな。
だからもう、おまえと関わるのはやめておくぜ。
これからも日の当たるところで、まっとうな人生を歩んでくれよ。
おれの代わりにな。
決して交わらないものもある




