グゥエン邸侵入 その1
グゥエンの自宅はセレブの多い首都カロナールでも一際立派な豪邸だった。
この人口密集地帯で贅沢なこった。
イルヴェスサの家はもっと慎ましやかだぜ。
もっとも、おれの自宅のほうがすごかったけどな。
これは自慢じゃないぜ。
あんなでかいだけの屋敷、今思えばまったくの無駄だった。
ただ周囲に権勢を示したいだけのオブジェ。
てめえに自信のない証拠よ。
パパもじっちゃんも、そしてグゥエン、てめえもな。
その点、今のおれは違うぜ?
馬鹿でかい屋敷も、取り巻きの太鼓持ちも、堅苦しい肩書きも不要。
おれはただ独りで王。己という国の王だからだ。
金色の翼とかいうチンケな泊をつけて粋がっているエセ貴族め。
王にケンカを売ったことを後悔させてやる。
時刻は深夜。
日本風にいうなら草木も眠る丑三つ時ってやつだ。
さすがのグゥエンも眠っている時間だろう。
おれは裏口から合い鍵を使ってグゥエン邸に侵入した。
ちなみにこの合い鍵はオネットくんからもらったものじゃない。
こいつの家のメイドを誑かしてゲットした鍵を複製したものだ。
とうぜん自宅の位置もてめえで探した。
こんな有名人の馬鹿でかい屋敷を見つけるのなんてわけねえ話だ。
だから今夜の家庭訪問はオネットも知らない。
完全におれの独断だ。
あいつに話したら最悪グゥエンに剣を持って逃げられるかもしれねえしな。
敷地内に入ると、放し飼いにしてあるドーベルマンと目があった。
だがドーベルマンはすぐに目をそらし、眠たそうにその場でうずくまる。
王の威光でひれ伏せさせた――といいたいところだが、動物から関心を奪う便利な魔道具があんのよ。
もちろん違法だけどな。
この手の知識はウォーレンの盗賊たちから教えてもらい、今でも勉強を続けている。
盗賊家業でやっていく自信もあるぜ。
やらねえけどな。
というわけで難なく中庭を抜けて本丸である邸内に侵入する。
ちなみに屋敷内のセキュリティはあらかじめ全部切ってあるので警報は鳴らない。
警備の人間も深夜帯にはいないことは把握済みだ。
ぶっつけ本番で忍び込んだのではなく、入念なリサーチと下準備をした上での、勝算あっての侵入だ。
当然邸内の見取り図も持っている。
グゥエンのコレクションが保管されている宝物庫の位置も完璧に把握している。
三日かそこらで適当に強化したセキュリティなど今のおれの敵ではないのだ。
シスター寮に侵入した頃を思えば、おれも成長したもんだ。
しちゃいけない方向に成長している気もするがあまり気にしてはいけない。
他人様の屋敷をさながら主人のように堂々と闊歩する。
気配を殺し物音ひとつ立てなければコソコソする必要はないからな。
無音歩行はおれの十八番。
おれたち空手家は相手に足を取られないようすり足を徹底する。
すると自然と歩行は無音になる。
空手の技術は盗賊の技術にも転用できるっつうわけよ。
もっとも、音を立てたところで誰かが起きてくるとも思えんがね。
そして予定通り、何事もなくグゥエンの所有する宝物庫の前まで到着した。
宝物庫の鍵はグゥエンが握っていて、さすがに入手はできなかったが問題ない。
おれはピッキングの技術も一流だ。
宝物庫の扉も鍵も市販製品なのはリサーチ済み。
よってこのおれに開けられない道理はない。
まっ、5分もあれば充分だろう。
……と思ったのだが、この扉――鍵がかかってないぞ。
なんつう不用心な。
まあ、あいつの宝物庫は他国から奪った武器や防具がほとんどで、金目のモノなんてほとんどないから開けっぱなしでも特に問題ないのか。
武門の家系の趣味丸出しの下品な宝物庫――――忍び込んで盗もうなんていう物好きは、世界広しといえどおれぐらいのものか。
じゃあ、さっさと用件を済ませて帰るとしますか。
ボロボロの鎧が並ぶ暗い宝物の中を、おれは月明かりを頼りに進んでいく。
こんなガラクタの山の中からお目当ての剣を見つけるのは骨が折れる作業だ。
灯りをつけたいところだが、さすがにそれは目立ちすぎるか。
とりあえず、今日のところは剣を取り返してとっとと帰る。
グゥエンへの制裁はまた後日にしよう。
……さて、どうやって剣を見つけるかな。
最近斬れ味を披露したとのことだし、お気に入りの剣らしいから、目立つところに飾ってあるに決まっているか。
まっ、すぐに見つかるんじゃねえかな。
――……殺気!?
反射的に飛び退くと、さっきおれがいた場所を白銀が通過した。
ッ危ねえなあ! 髪の毛がちょっと切れちまっただろうがよ。
「ようやく来たか。待ちわびたぞ」
鎧の陰から姿を現した熊男は、おれの姿をみとめるといやらしい笑みを浮かべた。
「よう、グゥエン。まさかずっと宝物庫の番をしてたのか?」
「ああ。そろそろおまえが忍び込んでくる頃合いだと思ってな」
バカじゃねえのこの男。
何日宝物庫の中で寝てたんだか。
おれが忍び込んでこなかったらどうするつもりだったんだ。
もっともそういうバカは嫌いではないがな。
「あの日の借りを今ここで返そう。おまえの愛剣を使ってなぁ」
なるほど、そいつは願ったり叶ったりだ。
カモがネギを背負ってやってきたとはまさにこのこと。
おれの魂にきたねえ手垢をつけた報い、ぞんぶんに受けてもらうぜ。
「おれをなめるなァ!」
グゥエンが竜鱗の剣を振り上げおれに斬りかかる。
おれは素早く身を翻し、放たれた一撃をギリギリでかわした。
「素手のときと一緒にしてもらうなよ。おれはこっちが専門なんでな」
確かに、想像以上に鋭い太刀筋だ。
さすがのおれも丸腰ではきつい。
かといってこっちも武装すれば同条件というわけでもない。
なぜかというと――――
「マルクマード家に代々伝わる剣技、その身に刻め!」
剣を構えて突進してきたグゥエンに、壁に飾られていた盾を放り投げてみる。
すると、投げた盾はまるでバターのようにスッパリ二つに割れた。
さすがはおれの愛剣。すさまじい斬れ味だ。
剣を持ってチャンバラごっこなんてしようものなら、おれさまもあの盾のように真っ二つだ。
鍔迫り合い拒否のまさにチート武器。
おれってばこんなヤバいブツを腰に下げてたんだなあ。
さあ、どうすっべか……って悩んでいる暇はねえぞ!
おわわわわっ! きたきたきたきたぁ!
叩きつけるように放たれる斬撃を、おれはコレクションの中に逃げ込むことで回避する。
「攻撃してきたらてめえの大事なコレクションがオシャカになっちまうぜ!」
だがグゥエンは構わずに剣を振るってコレクションごとおれの命を奪いに来た。
そりゃそうだ。おれでもそうするわ。
ああ、くそ! こうなりゃこっちもなりふり構っていられねえ!
そこら辺に転がっている盾やら兜やらをガンガン放り投げてやる。
だが、さすがにこの程度のことではグゥエンは動じない。
放り投げたモノすべてがあっけなくぶった斬られていく。
普通の剣ならとっくの昔に刃こぼれしているぞ。
つうかそれ以前にあんなにスパスパと斬れねえか。
仮にあの剣が量産されたら防具は無用の長物になるな。
「さあ、もう逃げ場はないぞ」
かくしておれは部屋の隅へと追いやられてしまった。
もう投げるものもねえし、いわゆる絶体絶命のピンチってやつだ。
……ふっ。
ふふっ。
こんな状況だけどさ、おれはちょっとだけ嬉しいのよ。
ティルノ遺跡でシグルスさんと出会って、おれは生まれて初めてといっていいほどの圧倒的恐怖を感じ、全身を情けなく震わせた。
だけど、その恐怖の中に好奇心がまるでなかったといったらウソになる。
一度だけ。
生涯でただの一度でいいからシグルスさんと戦ってみたい。
そんな風に思わずにはいられなかった。
今のこの状況は、間接的にとはいえシグルスさんと戦っているといっていいんじゃないかな。
いや、たかだかあのひとの鱗一枚ていどを相手に、自分でもおこがましいとは思うけどさ……それでも嬉しいんだ。
曲がりなりにも、こうしてあのひとと戦えてる自分にさ。
あの剣はシグルスさんだ。
あのひとが見ているなら、これ以上情けない姿を晒すわけにもいかねえか。
「逃げる気なんてさらさらねえよ。丸腰相手に剣を振るう臆病者などおれの敵じゃねえからな」
おれは挑発することでグゥエンの大振りを誘う。
この剣の威力で丁寧に攻めてこられたら万に一つも勝ち目はねえからな。
チャンスは一度。
失敗すれば確実な死が待っている。
だがおれならやれる。
なぜならおれは王だから。
「死ねぇっ!」
上段から叩きつけるように振り下ろされる竜鱗の剣。
その刃は鋭く触れれば万物を平等に切り裂く。
だがそんな破壊の化身にも唯一、触れても切り裂かれない部位がある。
それは――――ッ!
「『柄』だッッ!!!」
おれは相手の突進に併せて間合いを詰め、剣の柄めがけて渾身の正拳を放った。
剣は強靱。
おれの拳なんぞでビクともしない。
だが柄のグリップを握っている人間の指はそうでもない。
「ぐあッ!!!」
グゥエンの顔が苦痛で歪む。
おれの正拳を食らって無事な人間は存在しねえ。
指の骨が何本かへし折れているはずだ。
「オラァ!」
――そしてもう一発!
今度はグゥエンの鼻っ面に思いっきりぶち込んでやる。
技のデパートと呼ばれるおれさまだが、やはり一番はこいつよ。
正拳突き。
これこそれが、おれの必殺技だ。
「王の御前だ。頭が高いぜ」
大きくぶっ飛んでうつ伏せに倒れたグゥエンに、おれは高々と勝利宣言する。
おれはリア王。
このエルメドラという現実を統べる者だ。
たとえシグルスさんの力を借りようが、おまえ如きとは格が違うんだよ!
悪党としての格が違う




