奪われた魂
放課後の教室で机を挟んで、おれとオネットに尋問……じゃなくて、友だち同士の語らいを始めた。
「なあ、オネットくん。いつになったらおれを自宅に招待してくれるんだい?」
あれからかれこれ三日も経つ。
こいつが待ってくれと泣いて頼むからしかたなく待っててやってるが、おれさまの堪忍袋の緒もそろそろ限界が近づいている。
「もう少しお待ちください! まだ歓迎の準備が出来ていなくて……ッ!」
「おれひとり迎撃するのに準備期間は三日もあれば十分だろ?」
オネットが顔を真っ青にする。
図星か。
この様子だとおれのことはグゥエンに知られていると思っていいな。
「決してそのようなことはございません! 信じてください!」
「別に隠す必要はねえよ。自宅に賊が侵入しようってのに何もしない奴はいねえわな。だからさ……正直にいいなよ。おまえ、どこまでグゥエンに話した?」
おれが脅すとオネットは蛇ににらまれたカエルのように硬直した。
こいつはもう、おれには逆らえそうにないな。
「……リョウさんがパパに恨みを持っているということだけです。それ以上の話はしておりません。ただ、パパが自宅の警備を強化しているのは事実です」
ふぅん、ホントかねえ。
まあいいや。無抵抗な獲物を狩ってもおもしろくねえしな。
「あ、あの! リョウさんのお怒りはごもっともなのですが、どうにか矛を収めていただけないでしょうか!」
「適当なことをぬかすな。おまえのようなボンボンにおれの何がわかる」
実はおれもいいとこのボンボンなんだけどな。
そこんところは棚に上げるぜ。
ちなみにおれの身の上については一通り説明してはいる。
この様子だと多少は同情してくれてるのかね。
んなわけねえか。
同情して欲しいとも思わんし。
「幸いレポートは無事だったわけですし、どうかここは穏便に……」
「おまえは命を奪いにきた暗殺者を、暗殺に失敗したからという理由で許すのか?」
あのレポートはおれの命の次に大事なものだ。
結果的に無事だったからといって手心は加えない。
「リョウさんは、人と魔族はわかりあえるっていってたじゃないですか! だったら人と人ともわかりあえずはずですよ!」
「理解ってるよ。あいつとは相容れないということはじゅうぶんに理解している。だからキッチリ落とし前をつけさせる」
だが、オネットの言い分にも一理ある。
今さらあいつに復讐したところで、おれに何かの益があるわけでもねえ。
くだらん憎しみの連鎖を生み出すだけだろう。
だからといって無条件で許すつもりもないし……どうすっかねえ。
「ただ、おまえはおれの大事な友だちだ。友だちのよしみで、条件次第では許してやらんでもない」
「あ、ありがとうございます!」
自分で出しておいてなんだが条件って何やねん。
よし、今から考えよう。
「グゥエンが大事にしているモノをひとつ持ってこい。それで勘弁してやるわ」
何も思いつかなかったのでオネットに丸投げした。
まあ、こいつに聞けばなんかあるだろ。
「パパが大事にしているもの……財産かな?」
「カネはいらねえわ。使いどころがねえ」
「変わってますね」
「よくいわれる」
カネなんて国がなければただの紙切れだろ。
今のご時世、いつ国が潰れるかわからんしな。
「パパはいつも貴族にとってもっとも大事なものはプライドだとかいってたけど……」
「ああ、そいつはいいな。あいつが誠心誠意、頭を下げて謝るなら許してやるわ」
「すいません。それはちょっと無理です」
だよな。
グゥエンがおれに頭を下げる姿なんて想像できん。
あいつのいうとおり、貴族はメンツがすべてなところあるしな。
「やっぱおれを自宅に招けよ。グゥエンと直接交渉するわ」
「勘弁してくださいよ! リョウさん、顔を合わせた瞬間パパの腕を折る気でしょ!」
確かにグゥエンの面を見て自制心が働く自信がねえな。
ついでにいうと手癖も悪い。
折りやすそうな骨を見つけたらつい折っちゃうかもしれん。
おれは打撃屋だけど関節技が嫌いというわけではないのだ。
「そういえばパパ、最近は戦勝品の収集にハマってたかな。それじゃダメですか?」
「もうそれでいいわ。でも盗ってこれるのか?」
「その辺はどうにか誤魔化しますよ。大事なコレクションがなくなったらパパ、きっとメチャクチャ怒るだろうから、それでどうにか溜飲を下げてください」
「悪いな。おれはおまえに苦労をかけさせたいわけじゃないんだが……」
「リョウさんって変なところで殊勝ですよね」
正直おれはオネットには何の恨みもねえのよ。
でもおれってば目的のためなら手段を選ばないところがあるから……すべては君のお父上がいけないのだよ。
「戦勝品収集って具体的に何を持ってきてるんだ?」
「最近だと剣ですね。イドグレスですごい斬れ味の剣を手に入れたといって自慢してましたよ。これならどうでしょう?」
「おれはずっとイドグレスにいたから知ってるけど、あそこの剣ってたいていがナマクラだぞ。経済封鎖されちまっているせいで武器も良質の鉄も手に入らないからな」
それでもオーネリアス軍を押し込めるぐらいつええんだから、エルナってつくづく恐ろしい種族だよなあ。
「実際に見せてもらいましたからその斬れ味に間違いはありません。聞くところによると隠し金庫の中に大切に保管されていた代物らしいです。おそらくは魔族の幹部の所有物だったのでしょう」
……なん……だと……ッ!?
「……その剣さ、鞘のところに『RM』というイニシャルが刻んでなかったか?」
オネットが首をかしげるので実際に紙に書いて見せてやる。
アルファベットを知らんとは勉強不足だな。
しょせんは貴族のボンボンか。
「ああ! 確かにありましたよ、こんな文様が! なんでリョウさんがそのことを知ってるんですか?」
「なんでかだって? 知りたいか?」
それはな、
その剣がな、
「おれの所有物だからだよッ!!!」
おれは怒り任せに腕を振り下ろし、オネットの机を叩き割った。
「どうやらグゥエンは命がいらんようだ」
「そそそその剣は、必ずや取り返しますので、どうかお怒りをお鎮めください!」
あ゛?
てめえの助けなんざいらねえよ。
レポートがおれの命の次に大切なモノだとすれば竜鱗の剣はおれの魂だ。
おれの命そのものだ。
それをむざむざ他人に奪われるとは……自分が赦せねえっ!
この一件に関してだけは、他の奴の手はいっさい借りねえ。
てめえの魂は――――てめえの手で取り戻すッ!!!
割れた机はオネットが自腹で弁償した




