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因果応報

 ろくな学もない異世界人のおれが、リグネイアのハイレベルな学園で果たしてやっていけるのだろうか。



 そんなおれの不安はわずか数日で払拭された。



 まずこの聖ルチル学園は神学校ではあるが進学校ではないってこと。

 あくまで貴族御用達というだけで、教えている学問のレベル自体は並だ。

 現代日本の一般的な高校の水準よりずっと低い。

 おれでもついていくことは余裕で可能だ。



 期待していた魔法学のほうも問題はない。

 すでに独学で基礎を勉強していたおかげですんなりと頭に入る。

 この授業だけでも聖ルチル学園に来た甲斐があったというものだ。



 でも、どれだけ学んでも結局魔法は才能によるところが大きいんだよなあ。



 ただ、たとえ魔法が使えなくとも勉強自体は無駄にはならない。

 魔法が使えなくても魔道具を扱う魔導技師にはなれるわけでね。

 今や魔法は生身ではなく道具で使う時代ってわけよ。

 そう考えると魔法使いってちょっと古くさいかなって思えてきた。

 決して魔法が使えない故のひがみではない。



 だから毎週、最低一度はある体育の時間にはうんざりする。



 リグネイアで体育というと魔法の実技演習なわけだが……おれがどれだけがんばっても魔法の魔の字も出ない!



 理論は完璧なのに――なぜだ!?



 いや、まあそれは別にいい。

 昔からずっとやってて失敗し続けていたことだし、クラスのみんなも大半はそうだから。



 ただ一人、くっそイヤミな野郎がいて、おれを煽ってくるんだなあ。



「どうした墜狗グード。この程度の魔法も使えないのか?」



 そう、ネクラくんだ。

 仲間内からはオネットと呼ばれているが、おれは絶対に呼んでやらん。



 このネクラ野郎、なんとクラスで唯一自在に魔法を扱えるのだ。

 畜生、うらやましい!



「実技なんだから君も体で体感したまえ」



 といっていつも炎熱魔法ハルトをおれに向かって飛ばしてくる。



 ――熱ッ! 熱ッ!



 で、教師に止められるまでがテンプレなのだが、あいつも貴族出身なんで教師もあまり強く出られないわけよ。

 だからおれへのいじめも黙認状態。

 学校みたいな閉じた社会は、エルメドラも日本とさして変わらねぇなぁって思う。



 ああ、そうそう。おれへのいじめは当然今も継続中だ。



 げた箱には毎日必ずゴミが入っているし、机の落書きも日に日に増えていく。

 ちょっと目を離すと教科書に落書きされるんで最近はかばんごと持ち歩くことにしている。

 外を歩いていると花瓶が落ちて来ることもしょっちゅうよ。



 クラスメイトの態度も冷たいもんさ。

 最初は同情的な態度をとる奴も多かったけど、おれが奴隷で売国奴だってことが完全に知れ渡っちまって、今じゃ誰も哀れんじゃくれない。

 おれが話しかけてもみんなシカトするわ。

 ネクラくんと一緒にいじめに参加してる奴も多いだろうな。



 最初はおれにお熱だったシャルロッテも、今では汚物を見るような目でおれを見るよ。

 あいさつすると「汚らわしい、近寄らないで」だとさ。

 女の変わり身は早いねえ。





 かくいうおれはというと……特に何か反撃をすることもなく、ただただやられっぱなしになっていた。



 かつてはおれもいじめっ子だった。

 ここは因果応報ということで甘んじて受け入れよう……というのは建前で、実をいうとおれはただ、知りたかっただけなんだ。



 かつておれがいじめていた田中の気持ちを。



 だが……ダメだな。

 何をされてもぜんぜん心が動かん。



 結局おれは、自分の痛みに鈍感なんだなあ。

 いや、鈍感というよりおれは……誰かに痛みを与えられることを望んでいるフシがある。



 痛み。

 それだけが自分への怒りを和らげてくれたから。



 自分の痛みに無頓着だから、他人の痛みも理解できない。

 そこがおれの人間として欠落している部分なんだと思う。



 それでも昔の自分なら、もうちょっと頭にきたとは思うんだが……エルメドラに来てからショッキングなことがありすぎたからな。ちょっと感覚がマヒしてるかもしれない。



 まあ、もうしばらくはいじめられっ子生活を続けてみるよ。

 もしかしたら何か新しい発見があるかもしれない。



 今日もネクラくんに校舎裏に呼び出されている。すぐに行かないとな。

 呼び出しはおれもよくやったから、少しは田中の気持ちがわかるかもしれん。







 校舎裏に着いたおれは、ネクラくんの取り巻き三人に囲まれて暴行を受けた。



 内容は……まあ、極めて普通だ。



 ただ殴ったり蹴ったりするだけ。

 親にバレないよう顔は殴らない。



 正直ぬるい。

 とにかく腕力がないからパンチがぜんぜんきかねえ。

 これならリグネイア軍のリンチのほうがよほどマシだったな。



「どうだい。退学する気になったか?」


「いやぜんぜん」


「やせ我慢はよしたほうがいいぞ」



 それがぜんぜんやせ我慢じゃないんだなあ。

 どうせおまえらの家柄を考えたら無茶はできないんだから、そういう物理的な暴力より精神的なもののほうが効くぞ。



「気は済んだかい?」


「まさか。今日は君の気分が変わるまでそこの木に吊してやろう」



 ああ、それはいいね。

 一度体験してみたかった。

 でもおれのほうがスケールがでかい。

 何しろ校庭で堂々とやってたからな。

 おまえら程度の権力じゃ無理だろうけど。



「あ、その前にひとつ聞かせて。ネクラくんって、なんでそんなにおれのことに詳しいの?」



 せっかくの機会なので、疑問に思っていたことを聞いてみた。

 最初はニュースから拾ってきたのかと思ってたけど、いくらなんでも知りすぎなんだよなあ。



「答えは簡単さ。僕のパパが軍関係者だからだよ」



 なるほど納得。

 確かに単純明快だ。



「当然、君の卑しい本性もよく知ってるよ。だから僕は誇り高き貴族として君にしかるべき制裁を加えようと思ったんだ」



 なんかそういわれると何もかもおれが悪い気がしてきたな。

 ここはおとなしく正義の裁きを受けるべきだろうか。



「それと君、さっきから僕のことをネクラネクラと……貴族相手に無礼だとは思わないのかね?」


「すいません墜狗なもんで。それにおれは君の名前を知らないし」



 ウソだけどな。



「君ごときに名乗るのは甚だ不愉快だが……僕の名はオネット・ロド・マルクマード。大貴族マルクマード家の三男だ、覚えておきたまえ」



 大貴族のくせにおれひとり退学させられねえのかよ。

 ホントはしょっぱい三流貴族だったりするんだろ。

 恥ずかしがらずに白状しなよ。



 ……。



 …………ん? マルクマード?



 どこかで聞いた名前だな。



「なあ、もしかして君の親父ってグゥエンって名前じゃない?」


「その通り。僕のパパはグゥエン・ロド・マルクマード。リグネイア空軍第一遊撃部隊『金色の翼』の隊長さ」



 ああ、そういうことね。

 あいつならおれのことをクソミソにいってそうだものな。

 息子がおれにこんな態度を取るのも納得。



「君の親父さん、今はどこにいるの?」


「今は任務で怪我して、療養のために自宅に戻ってきているけど……そんなこと聞いてどうするんだ?」



 どうする?



 ははっ、どうする気かだって?



 そんなの決まってんだろうがよぉ。



 おれは邪魔くせえ取り巻きどもをぶっ飛ばすとオネットの首に手をかける。



「オネット、今すぐてめえの自宅に案内しな」



 御礼参りの時間じゃああああああああああああああああああああッ!!!



 グゥゥエェェェェン、これからてめえに因果応報って言葉の意味を嫌ってほど叩き込んでやるよぉぉぉぉッ!!!


心が――動いた!

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