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入学

 誠に、誠に遺憾ではあるが……このたびおれ、マサキ・リョウはふたたび学園生活を謳歌することになった次第であります。



 当たり前だがリグネイアに身よりのないおれはイルヴェスサの家に引き取られた。

 つまり戸籍上、イルヴェスサはおれの義父ということになる。

 ふざけんな、おれにゃマリガンさんがいるっつうの。



 ……と、いいたいところだが、残念ながらマリガンさんはただの雇い主であっておれの義父ではない。



 いらぬ迷惑かけるのも何だし、どれだけゴネたところであいつは引き下がるまい。

 なので、ひとまずここは受けておくことにしておいた。

 いつか家庭崩壊を起こしてやる。



 養子になることを受けたイルヴェスサはまるで子供のように喜んだ。

 彼らの家は子宝に恵まれず寂しい思いをしていたので、養子とはいえ子供が出来たのは嬉しいんだとさ。



「刑期を済ませて奴隷身分から解放されたらぜひ家を継いでくれ」だと。



 誰が継ぐか。



 困ったことにこいつのやってることは全部、純粋な善意なんだよなあ。

 おれからすりゃ迷惑なだけなんだが、これでは怒るに怒れないじゃねえか。


 はぁ……偽善者はホント困るわ。



 だが、どうにもおれは人の善意ってやつには弱い。

 結局いわれるがままに籍を入れ、いわれるがままに家庭に入り、いわれるがままに入学の準備を進めて――……そして現在に至るってわけだ。





「リョウ・エト・カルヴァンです。よろしくお願いします」



 おれは不似合いな制服に袖を通し、クラスメイトの前であいさつする。



 ……マジかぁ。



 今さら学園生活っつうのは正直、気乗りがしない。

 奴隷やってたほうがぜんぜん気楽だわ。



 つうかなに、このいかにも偏差値高そうな学校は?



 聖ルチル学園?



 いかにも神学校っぽくてじんましんが出てきそうなんだけど。



 いや、知ってたよ。カルヴァン家が貴族だってことは。

 だからおれも貴族御用達の学園に通うのは当然だってことも。

 でもさあ、実際通ってみるとやっぱ違和感パねえわ。



 おれは最底辺のクズ学校で良かったんだけどなあ。

 嫌だなあ……かつてのおれの同類どもと同じ空気を吸うのは気が滅入るなあ。

 そういうのが嫌だからおれはあえて一般の私立高校に通ってたんだがなあ。



 あ、しまった。つい口を滑らしちゃった。

 おれさま超エリート高に通ってることになってるんだった。



 ……まあいいや。


 どうせつまらん見栄だし、どのみちバレとるわ。

 超エリート高に田中なんていうマンガとゲームざんまいのオタクがいるわけねーっつうの。



 ついでに白状しちゃうけど、おれ実は学校の成績もそんなに良くないよぉ~ん。

 経営学ばっかやっててそっちの勉強はサボってたからねぇ。

 だからこんなお上品で頭良さそうな学園に放り込まれるとほとほとこまっちゃうんだよぉぉ~~ん。



 いや、わりと真面目な話なんだけどなこれ。



 とはいえ、常にポジティブなのがおれのポリシー。

 ここはあえて前向きに考えてみよう。



 ここは魔法大国リグネイア。とうぜん授業でも魔法を勉強する。

 クソ忙しくて自由時間のとれなかったおれが魔法を学ぶいい機会じゃないか。

 そう考えると学園生活も悪くない気がしてきた。



 おれが着席すると、すぐに生徒に囲まれた。

 ふふ、さっそくクラスの人気者か。

 さすがはイケメンでリア充のおれさまだ。



 転校生に興味深々なクラスメイトたち。

 彼らの質問責めにおれは華麗に対応していく。



 リア王はとうぜん話術も抜群。

 そこらのネコどもとは被っている皮の枚数が違う。

 おおかたの生徒に好感触を与えたと思うね。



「リョウさま、その首につけているチョーカーはどこでお買いになられたのですか?」



 その中でも露骨に好意を示してくれているのがこの女。

 名前は確か……シャルロッテだったかな?


 そこそこの美貌とそこそこのスタイルを持つ、そこそこの美少女だ。

 ケバいドレスと少しつり目がちなのが鼻につくかな。

 おれの美の基準でいえば中の上程度だが、学園ではさぞやモテることだろう。



「チョーカー? ……ああ、これは高名な錬金術師であるマリィ・マーマネスさまに造っていただいた特注品だよ」


「マリィ? 聞いたことのない名前ですね」



 ダメじゃんマリィ。

 しょせんは田舎の有名人か。



「い、いずれ有名になるよ。とにかくすごい錬金術師だからね……」



 自分でいっててなんだが、ホントかよ。

 ここはちょっといい方を変えてみよう。



「マジック・ショウの下についている魔法使いといったほうが通りがいいかな?」



 おれがマジックさんの名前を出した瞬間、場がいっきに盛り上がった。



「すごい! 世界最高の魔法使いの弟子が造った作品なのか!」


「そういわれるとその犬みたいな首輪も、なんだかオシャレな気がしてきた!」



 正確には部下だけどな。

 おれは下についているといっただけで一言も弟子なんていってねえからセーフ。

 ちなみに犬みたいな首輪という見解は正しい。

 隷属の首輪だからな。



 なんでおれがこの首輪をつけっぱなしにしているかというと、実はこの首輪には逃亡防止のために、装着者の現在位置を術者に教える機能がついているのだ。

 こいつをつけていればおれがどこにいてもマリィにはわかるって寸法だ。

 石碑の調査結果を報告してもらうためにも、おれの居場所は常に把握しておいてもらわないとな。



「そうなんだ、すごいね。でもさ、元奴隷が手に入れられる代物とは思えないな」



 ……おや? おれの出自を知ってる奴がいるのか。



「いったい、どこから盗んできたんだい?」



 おかっぱ頭でいかにも性悪そうな面をしたもやし野郎がおれに因縁をつけてきた。



「今のは聞き捨てならないな。君の名は?」


「元奴隷風情に名乗る名はないよ。そんなことより質問に答えなよ」



 ああそうかい。

 だったらおれが命名してやろう。



『ネクラくん』なんてどうだ?



 ははっ、さすがはおれ。ナイスなネーミングだ。



「別に盗んだわけじゃない。おれはマリィさんの弟子なんでね」



 あくまで予定だけどな!



「それと君は何か誤解しているようだから改めさせてもらう。おれは決して元奴隷なんかじゃない」



 ――現奴隷だ。


 そこんとこ間違えんなよ。



「ああそう。隠す気はないんだ」


「君がバラしたんだろ」



 ネクラくんはなんでおれの正体を知ってるんだろう。



 いや、そんな不思議がるようなことでもないか。

 イルヴェスサが裁判所相手にもめた話は小さいながらもニュースになっている。

 ちょいと情報通な貴族なら知っていて当然だ。



「で……おれが奴隷だとして、それがどうだっていうんだ?」


「もちろん出て行ってもらう。魔族に飼われていた犬コロは、この神聖な学園にふさわしくないからね」



 おお、おれがイドグレスにいたことも知っているのか。

 勤勉なやっちゃなあ。



「それを決めるのはおれじゃない。学園側に直訴してみたらどうだ?」


「とっくの昔にしてるさ。残念ながら却下されたがね」



 ネクラくんが舌打ちする。



 へぇ……多少没落したとはいえ、カルヴァン家はまだまだ名門なんだな。

 こいつ程度の権力じゃどうにもできんのか。



「だからさ、君のほうから自主的に退学してもらいたいんだ」


「入学初日だぞ。そいつは無理な相談だ」



 出てけっていうのならいくらでも出て行くつもりだったけど、命令されると反発したくなるんだよなあ。

 やっぱおれって生来の天の邪鬼やな。



「これは警告だよ。出て行かないと後悔することになる」



 ここで場の雰囲気が不穏になったことを悟った教師が割って入ってきて、おれたちの会話は終わった。



 やれやれ、どこの学校にもああいう「こまったちゃん」がひとりはいるよな。

 人気者のおれさまにひがんでやがるんだ。



 イヤだねえ、まったく。

 男の嫉妬ほど醜いものはないねえ。

 こりゃ明日辺りなんか仕掛けてきそうだな。

 ネクラくんは根暗だからなあ。





 ――――案の定、おれの予想は的中した。



 翌朝、おれが教室に入ると雰囲気がガラリと変わったことに気づく。



 一瞬で悟った。

 これはあのネクラくんがおれに対するネガティブキャンペーンを行ったなって。



 まあ、別にいいんだけどな。

 あんましリア充っぽくはないが、もともと誰ともつるむ気はなかったし。

 厄介払いができてむしろよかったかもしれん。



 とりあえず勉強できればそれでいい。

 おれは周囲の奇異の目を無視して机に座る。



「!?」



 おれの机にはペンで落書きが書かれていた。



 リグネイア語でハッキリ『グード』という侮蔑の言葉が。



 それを見たおれは、つい――――笑ってしまった。



 善意を向けられるのは苦手だが、悪意を向けられるのは得意だ。

 陰鬱な学園生活だと思っていたが、どうやら少しは楽しめそうだ。


祝、連載100話!

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