60 バルンビルン、決心を固める
私はインターニュの勢いに押されて、その場を離れた。
「ねえ、あれでよかったの……?」
私としてはバルンビルンに対して、心配しかない。
「わからぬ」
「そんな無責任な!」
けど、インターニュの表情はかなり真面目なものだった。
「責任など持てぬ。あいつの生き方はあいつが決めねばならんからな。ただ、一貫してああいう性格の神ではなかった、それをわらわは知っておるだけじゃ。だから、もっと意欲的な神に戻れる可能性は秘めておる」
セルロトは少しあきれているようだった。
「一般的に言って、突然、神が覚醒するなんてことはないですけどね。そんなに世の中、甘くはないですよ」
「それはそうじゃな。じゃが、可能性があることは事実じゃ。わらわはその可能性に賭けるし、それ以上のことなどどうせできんぞ」
俺は無意識のうちにうなずいてしまっていた。
「そうだね。これはバルンビルンが決めることだし」
私が強制的にあの子に何かをするのは違う気がする。
「でも、できれば、昔の王国の彼女とも仲良くしたいな。そうしたら、もっと獣人王国もいいものになる気がするから」
「たしかに、カトラ王国を包摂するものとか継承するものと思われることは悪いことではないのう。まあ、すべてはバルンビルン次第じゃ」
「それじゃ、私は様子だけ探ることにするよ。あの子がやる気になった時に、いつでも手を差し伸べられるようにね」
●
末裔の拘禁はそれから先もしばらく続きそうだった。
獣人王国としても、これは難しいところで、見つかった以上は監視するしかないらしいのだ。
もし、彼らが敵対する国にでも保護されると、獣人王国を攻撃する大義名分に利用されるおそれもある。
なので管理が必要というのは、わからなくはない。
リオーネも「牢獄に入れるのはおかしいので、屋敷に見張りをつけて、じっとしていてもらっています」と言っていた。
私はバルンビルンのところに定期的に顔を出していた。
行くと、たいてい体操座りで膝を抱えていた。
完全に自信を喪失してるな、これ……。
そのバルンビルンに対して、末裔は自分たちを助けてくれと祈りを続けていた。
一日、二日、三日……末裔は朝からずっと祈っていた。
祈るぐらいしか彼らにできることはない。それが人の限界だ。
彼らの身を害するようなことはリオーネがしないだろうけど、そんなことは彼らにはわからないだろうし、不安だろう。
一方、バルンビルンは現実逃避するみたいによく眠っていた。
人間でも憂鬱が激しくなると、とにかく長く眠ってしまうというが、そんな感じなのだろう。
私は直接、声はかけず、その様子を見守るだけにとどめた。
そして、五日目。
目を覚ましたバルンビルンはびくっとした。
「なんニャ……。これはなんニャ……」
末裔たちがバルンビルンを囲むように祈りを捧げていたのだ。
「助けてください……」「バルンビルン様……」「どうか、どうか……」
彼らに神は見えていないだろう。でも、祈る心が強ければ、神に自然と近づくことはできる。
何かがそこにいるような気持ちに彼らはなったのだ。
それは、一言で言って正解だ。
「ああ、なつかしいニャ……」
何か、郷愁を感じているような瞳にバルンビルンはなった。
「大昔はこんなふうに素朴に、だけど熱心に祈られたものニャ……」
決心がバルンビルンの中でついたらしい。
バルンビルンは立ち上がって、くるくると部屋の中でまわった。
すると、部屋が黄金色に発光し始めた。
バルンビルンが小さいながらも奇跡を起こしたのだ。
「おお!」「これは!」「神の力だ!」
末裔たちが叫ぶ。その声を衛兵も聞きつけて、様子を目撃した。
すぐに衛兵たちも連絡に出ていったようだ。これで、後は落ち着くところに落ち着くだろう。
●
その光はしばらく続いて、役人や神官の一部もそれを目撃した。
現象はひとまず神の奇跡と認定され、末裔の待遇がもてなしと言っていいようなものに改善された。末裔の祈りが奇跡の発端と理解されたからだ。
少し、力を取り戻したバルンビルンは見回りに来ていた私に声をかけてきた。
「ここの巫女王のところに連れていってほしいニャ」
「わかったよ。あなたの強い意志に免じて認めてあげる」
私はリオーネの部屋までバルンビルンを案内した。
バルンビルンは眠っているリオーネの心に語りかけた。
「カトラ王国生まれの少女の王よ、どうか王国の末裔を助けてあげてほしいニャ。そうしてくれれば、バルンビルンもまたニューカトラという国を守護することを誓うニャ。本当にお願いニャ、お願いニャ」
これで寛大な措置がとられるのは確実だな。だって、リオーネはほんとに天使みたいな子だから。